2015年11月14日土曜日

徳川美術館の開館80周年記念特別展「全点一挙公開国宝源氏物語絵巻」



1.  日付が変わって、昨日になってしまいましたが、徳川美術館開館八十周年記念特別展として、「全点一挙公開国宝源氏物語絵巻」を開催するということで、式典&内覧会にいってきました。
 

2.  「源氏物語」は、紫式部が発表間もない頃から絵画化されていたとみられるものの現在まで伝わってはいないようで、今回の特別展で展示される源氏物語絵巻が、現存最古のものだとのこと。それも、54帖分すべてが残っているわけではなく、尾張・徳川家に伝来し、徳川美術館が所蔵する915段分の詞書と絵(および絵が失われ詞書のみが残る絵合1段)と、阿波・蜂須賀家に伝来し、五島美術館が所蔵する34分のみが、900の時を経て、現在にまで伝わっているのだそうです(徳川美術館のパンフレットより。ただし、諸家に分蔵される詞書の数行の断簡等はあるそうです)。
 今回の特別展では、「全点一挙公開」とあるように、徳川美術館および五島美術館所蔵の絵巻のほか、東京国立博物館や個人所蔵の断簡もみられます。
 

3.  国宝源氏物語絵巻の原本を拝見するのは、今回が初めてでした。なにしろ900年ですから、経年による変化劣化は著しいものがあると思われますが、緑色や赤色が、比較的鮮やかに残っているところもあります。平安の色彩を復元した模写は、着物の柄や御簾に透ける様まで緻密に描かれていて、それらをみてから原本をみると、描かれた往時の様を想像できたりもします。
 また、NHKニュースでも、取り上げられていましたが、特別展に先立ち行われた修復を通して下絵が発見されたところ、その過程もわかる展示となっていて、大変、興味深かったです。
「全点一挙公開国宝源氏物語絵巻」のパンフレット
  

4.  源氏物語「絵巻」なので、横長長大なはず…と思われるかもしれませんが、現在は、裁断されています。
 式典では、徳川美術館の館長でいらっしゃる徳川義崇氏(尾張徳川家第22代当主)が、19代当主の徳川義親氏が裁断を敢行した際のエピソードなどを披露してくださいました。また、徳川美術館は、尾張徳川家の大名道具を基としていますから、これからも、大名の暮らしを感じることのできるような美術館を目指していきたいという趣旨のことをおっしゃっておられました。
 特別展は、126日までやっているそうです。
 
徳川美術館&蓬左文庫の開館80周年記念式典
 

2015年11月10日火曜日

四日市 ~かつての公害訴訟と共同不法行為論~



1.   名古屋は、今日、小春日和のとても気持ちの良い一日でした。でも、さすがに11月、とっぷりと日が暮れるのは、はやいです。
 

2.(1)  昨日は、所用があり、四日市を訪れました。
  近鉄の四日市駅からJR四日市駅方面に向かって走る中央通り、本当に立派ですね。
                  
ランチによった近鉄百貨店からの眺め

 
(2) 四日市と言えば、石油コンビナートが有名です。

      
こちらも近鉄百貨店からの眺め。煙突と煙がみえます。

石油コンビナートといえば…。四日市の繁栄の基礎ともなり、また、かつては、四日市ぜんそくを引き起こしたこともありました。
 四日市公害訴訟(津地判四日市支昭和47.7.24を含む四大公害訴訟は、昭和42年から44年にかけて、健康被害を受けた住民が加害企業に対し、相次いで提起したもので、いずれも、民法の不法行為の領域の理論の発展を促したといいます(大塚直「7 四大公害訴訟判決」法学教室349・20)。
 特に、四日市公害訴訟は、「共同不法行為論」で有名です。「共同不法行為」って、不法行為論の論点の一つで、特に、関連共同性をめぐる議論については、受験時代、頭を悩ませた記憶があります。かつての通説は、客観的関連共同性説とよばれ、判例もこの立場であるとされています。この説では、関連共同性について、客観的共同関係があればよいとします。これに対し、有力にとなえられたのが、主観的関連共同性説。関連共同性について、客観的共同関係では足りないと、要件を重くしつつ、各人の行為と損害との間の因果関係は不要で、共同行為と損害の間に因果関係が認められればよいとします。さらに、強い関連共同性、弱い関連共同性と、類型化する説もあらわれました。
 四日市公害訴訟判決は、以下のように述べます。

 「共同不法行為が成立するには、各人の行為がそれぞれ不法行為の要件をそなえていることおよび行為者の間に関連共同性があることが必要である」「ところで、右因果関係については、各人の行為がそれだけでは結果を発生させない場合においても他の行為と合して結果を発生させ、かつ、当該行為がなかったならば、結果が発生しなかったであろうと認められればたり当該行為のみで結果が発生しうることを要しないと解すべきである」。
 四大公害訴訟は、この後、日本が、「公害対策立法先進国」になる原動力になったといわれています(前掲大塚)。
 また、損害賠償が認められても、企業が操業をやめなければ、被害はおさまりません。その後の公害訴訟においては、論点が、損害賠償から差止めへと移っていきました(大村敦志「四日市ぜんそく事件()」法学教室353・65)。

 

(3) ところで、私は、四日市というと、萩尾望都さんの「かたっぽのふるぐつ」も思い浮かびます。作品中では、「Y市」とされていて、四日市という具体名はでてこないのですが…。
 特に、ぜんそくで急死したクラスメート渡辺悠君について、担任の先生が、「渡辺は公害に勝てなかったなあ」というと、小学生の主人公が、「先生!ユウはかんぷまさつじゃ公害に勝てないって言ってました。…あれは毒だもの。亜硫酸ガスにはプロレスラーだって勝てない。負ける。」と言い返すシーン。当時の少女漫画では異色で、鮮烈な印象が残っています。
 前述の四日市公害訴訟判決は、とても長いのですが、最後の損害論において、慰謝料の算定で考慮した点として述べられるくだりに、急死された原告の方の話がでてきます…。つい、印象が重なります…。

 
3. 四日市には、昨年、大雨の中、お昼を食べに行ったこともあります。
「浜松茂」さん、素晴らしかったです♪
    
渡り廊下。強く降りしきる雨もまた一興。

7月だったので、アユを焼いてくださいました。
 

2015年10月31日土曜日

ハロウイーンと万聖節


1.   10月も最後の日になりました。
 今夜は、ハロウイーンですね。
 以前にも書いたように思いますが、ハロウイーンに、仮装したり、お菓子をもらいにまわったりという習慣は、私の小さいとき、少なくとも、身の回りにはありませんでした。今や、バレンタインも凌ぐ国民的行事に成長しつつあるとか…。
 ハロウイーンは、ケルトに起源があるお祭りといいます。昨日の日経夕刊によれば、「10月31日は古代ケルト文化における大晦日で、霊界との境界が開いて魔物が出現しやすくなるとされ、そこで人間みずから幽霊や異形に変身仮装する習わしが生まれたようだ。」(松井今朝子さん記)とあります。北半球では、丁度、収穫が終わり、夜の闇が深く長くなる頃。霊界との境界が開くという感覚が、何となく馴染むような気がするのは、気のせいでしょうか…。
 ところで、
”Halloween”という単語は、”All Hallow Evening”を語源としているそうです。
 カソリックの暦では、111日は、万聖節(All Saints’ Day)。Hallowというのは、聖人の意。そして、1031日夜は、その前夜(eve)というわけです。
 
そもそも、カソリックでは、11月は「死者の月」とされ、万聖節の翌日112日は、「死者の日」です。私が通っていたミッションスクールでは、毎年11月初めに、「死者ミサ」がとりおこなわれていました。もっとも、お恥ずかしながら、たいした記憶は残っていません。ただ、ハロウィーンの説明を万聖節と絡めて受けたのでしょうか…つい最近まで、二つを混同して覚えていました。
 

2.  ハロウイーンにかぼちゃ(Jack-o’ lantern)を飾るのは、アメリカの習慣で、スコットランドでは、カブを飾っていたそうです。
 また、ハロウイーンにカボチャを食べる習慣はないそうですが、今夜は、何となく(笑)、カボチャのスープをつくっていただきました。

 
左上は、母からもらったアレンジメント。
右上は、ダイソーのランタン。お気に入りです




2015年10月9日金曜日

「日本酒」の「地理的表示」について


1.  10月に入り、秋空が広がり、街には、金木犀の香りが漂う季節になりました。
 毎年、この季節になると、漂う甘い香りから、こんなところにも金木犀があったんだ…と感心するのですが、そこで、いつも思い出す話…。金木犀は、雌雄異株なのに、中国から日本に入ってくるときに、どちらか一方しか入ってこなかったのだとか…。そのため、日本では、金木犀が実を結ぶことはなく、日本中の金木犀は、すべて、挿し木により増えたのだといいます…。

 

2. 「日本酒」の「地理的表示」について

(1)中国産日本酒
 ところで、二週間ほど前、Mr.サンデーで、中国産日本酒について放送していました。その生産工場の規模と質に、驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 私は、偶々、この夏、「知財ネット」のジャパンコンテンツ調査研究チームのメンバーとして、愛知・名古屋の日本酒と味噌の伝統的醸造法等について調べ、「地理的表示」保護制度等と絡めて、「知財ぷりずむ」という雑誌に寄稿したので、思わず、関心を持ってみてしまいました。(寄稿した記事は、「知財ネット」のウェブサイトにでています↓)
 http://www.iplaw-net.com/doc/2015/chizaiprism_201508_2.pdf
 取材を受けていらした中国の生産者の方は、日本の酒蔵を視察する等して、日本の醸造方法に敬意を払っていらっしゃるように見受けられました。
 とはいえ、海外の日本レストランで、件の中国産日本酒を飲んでいらっしゃった方々は、中国産ではなく、日本産だと思っていたとのこと。この点は、問題なしとはいえないのではないでしょうか…(Made in Chinaとの表示はあるようですが…)

 やはり、遅まきながらも、「日本酒」というブランドを、「地理的表示」等で、保護することが必要なのではないかと思ってしまいます。

(2) 「地理的表示」とは
 「地理的表示」として有名なのは、フランスの「
AOC」や、イタリアの「DOC」でしょうか。フランスワインのAOCAppellation d'Origine Contorolee)では、地方⇒地区⇒村⇒畑といった風に単位が狭まっていき、AOCが狭い単位の方が、狭い単位で獲れた葡萄しか使用できませんので、一般的には高級ワインとなります(例えば、ボルドー地方>メドック地区>ポイヤック村という順に、狭くなっていきます)。
 フランスやイタリアでは、19世紀中頃には、原産地の名を冠したワインやチーズが生産されるようになり、1883年に締結された「工業所有権の保護に関するパリ条約」等により、世界的に、原産地の虚偽表示が取り締まられるようになっていきました。
 更に、世界貿易機関(WTO)の設立協定の一部である
1994年のTRIPS協定Agreement on Trade-Related Aspect of Intellectual Property Right、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)においては、「地理的表示」(GIGeographical Indicationは、著作権、商標、特許等と並んで、知的財産権の一つとして取り扱われています。
 なお、EUにおいては、EU連合の成立にあわせ、EU全体に適用される仕組み(PDO/PGI)が導入されています(フランスのAOCは、EU制度のPDOと同内容のものとされ、両制度は併存しています。詳しくは、「地理的表示の保護制度についてーEUの地理的表示保護制度と我が国への制度の導入ー」等をご覧ください)。

(3) 日本の酒類に関する「地理的表示」
 
TRIPS協定では、ワイン(ぶどう酒)蒸留酒について、一定の義務付けがあり、日本でも、酒類については、いち早く、地理的表示保護制度が導入されました(平成6年に同制度が導入され、平成17年には、TRIPS協定で義務付けられていない清酒についても、同制度が導入されています。「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」881項に基づく「地理的表示に関する表示基準」参照)。
 もっとも、現在、指定されているのは、ワイン1件(山梨)、単式蒸留しょうちゅう4件(壱岐、球磨、琉球、薩摩)、清酒1件(白山)のみ(国税庁告示「地理的表示に関する表示基準第2項に規定する国税庁長官が指定するぶどう酒、蒸留酒又は清酒の産地を定める件」参照)。これらの産地を表示する「地理的表示」は、当該産地について定められた方法で製造されたワイン、単式蒸留しょうちゅう、清酒でなければ使用できません。が、正直言って、未だ、日本の酒類業界において、「地理的表示」が浸透しているとはいいがたいのではないでしょうか。たとえば、愛知・名古屋の酒といっても、愛知・名古屋の原料(酒米)のみを使用しているわけではないでしょうし、製造方法も必ずしも産地特有とまではいえないことも多いでしょうから、特定の日本酒の産地が地理的表示として指定を受けるのは、意外に、ハードルが高いのかもしれません。

(4) 「日本酒」の「地理的表示」
 国税庁は、日本国内の特定の産地の日本酒を保護するだけではなく、「日本酒」自体を「地理的表示」として保護する意向のようです。

 平成27917日付の国税庁の資料によれば、「国際的にみれば国も一つの地域であり」「国レベルの地理的表示として、『日本酒』を指定することを検討中」であるとしています。その場合、「国産米原料とし、かつ、日本国内製造された清酒」を地理的表示「日本酒」の対象と考えているようです。
 「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」は、国内法ですが、「国際交渉を通じて、外国に対しても、日本酒に該当しないのに日本酒と表示している商品の取り締まりを求めることが可能」等としています(TRIPS協定における地理的表示制度は、世界貿易機関(WTO)の多数国間通報登録制度の成立を前提としており、当該制度が成立していない現状では、世界貿易機関の加盟国との交渉等を通じて、外国の地理的表示の確認を行っていくとのことです。)。

 

2015年9月29日火曜日

仲秋の名月



1.   この間の週末、927日(日)は、仲秋の名月でしたね
 久屋大通公園を、「なんて綺麗なお月さま♪」と思いながら通り抜けようとしたら、テレビ塔に長蛇の列が…。
 思わず並んでしまいました(笑)。最終日となったCity Light Fantasia」という催しをやっていたのです。
 どんな催しかといいますと、「透明なものに映像を投影する技術を用いて、日本初となる、展望台のガラス窓への映像投影を実現。」とのこと。
 確かに、テレビ塔からみえる夜景に、プロジェクションマッピングが重なって、花火があがったり、銀河鉄道みたいな列車が走ったり…。仲秋の名月とともに、特別な夜景を楽しみました。
     

こちらは、天井に映し出されるタイプ。
                  
テレビ塔からの夜景だけでも、キレイです♪


帰る頃には、曇ってきてしまいました。

 

2. 昨日の帰途には、ちょうど上り始めたそれはそれは大きなお月さまにびっくり!!模様もくっきり見えます。 
 実は、昨日が満月(しかも、「スーパームーン」)なんですね。
 仲秋の名月が、満月でないことは、そう珍しいことではないこととか…。
 旧暦って、不思議です。

 先日の新聞には、「旧暦2033年問題」というトピックスがとりあげられていました。国立天文台の解説(↓)を読んでも、いまいち、ピンときません(汗)。
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/topics/html/topics2014.html

 

2015年9月14日月曜日

ハーグ条約に関する日豪合同あっせん人研修 ~Mediation-Training for Japanese-Australian family disputes~


1. ハーグ条約に係る研修と外務省の役割

 先週1週間201597日(月)~11日(金))、横浜で行われたハーグ条約に関する研修に参加してきました。
 ハーグ条約国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(The Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction)については、以前にも、このブログで触れたことがあります。
http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2014/11/261119.html
http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2015/01/blog-post_26.html

 今回行われた研修は、講師ドイツ人オーストラリア人日本人を参加者として、日本・オーストラリア間の家族の紛争(含 ハーグ条約の案件)に係るあっせんについて学ぼうというもの。
 ハーグ条約は、「子の任意の返還を確保し、又は問題の友好的な解決をもたらすこと」(to secure the voluntary return of the child or to bring about an amicable resolution of the issues)を中央当局(ハーグ条約実施法3条で、日本における中央当局は、外務大臣とされています。)の役割の一つとしています(ハーグ条約7c)。
 これを受け、ハーグ条約実施法
9条も、「外務大臣は、…合意により実現するため、これらの者の間の協議あっせんその他の必要な措置をとることができる」と定めています。
 今回の研修も、外務省が関与して行われています。
 



2.話合いによる解決、調停とADR(裁判外紛争解決手続)

 ハーグ条約の返還事案では、子を連れ去った親(Taking parent)と連れ去られた親(Left behind parent)との間で、深刻な対立が予想され得ます。ですが、本来、その解決には双方の協力が必要です。また、ハーグ条約は、ひとまず、子の常居所地国へ返還しましょうという考え方であり、また、子が所在する国の裁判所は、原則として、親権や監護について判断できません。でも、話合いならば、これらも含めた柔軟な解決がはかれます。また、話し合いにより合意した約束の方が、よく守られる傾向にあるといいます。

 日本において、話し合いによる解決として、真っ先に思い浮かぶのは、調停(conciliationかもしれません。
 ハーグ条約に係る子の返還申立事件は、特別の非訟事件とされますが、裁判所は、当事者の同意を得て、いつでも、子の返還申立事件を家事調停に付することができます(実施法114条)。調停では、裁判官と2名の調停委員によって構成される調停者委員会が,当事者双方の意見の調整等を行います。調停の場合,子は常居所地国に帰国するのか否かのみならず,婚姻費用、養育費等の負担や面会交流等についても、話し合うことができます。

 このように裁判所が関与する調停のほかに、裁判所外で紛争に係る協議をあっせんする手続、すなわち、ADR(Alternative Dispute Resolution、裁判外紛争解決手続もあります。
 外務省が委託しているADR機関6つ東京三会(第一東京弁護士会の仲裁センター、第二東京弁護士会の仲裁センター、東京弁護士会の紛争解決センター)、大阪の公益社団法人総合紛争解決センター、沖縄弁護士会の紛争解決センター、そして、私の所属する愛知県弁護士会の紛争解決センターです。外務省の援助決定を受ければ、原則として、ADRを利用するための費用を外務省が負担します(詳細は事前にご確認ください)。また、ADRは、調停とは異なり、合意書を作成しただけでは、執行力はありません(事後的に仲裁手続等に移行することは可能です)が、インターネットテレビ会議システムを利用できる等の違いもあります(こちらも、詳細は事前にご確認ください)。
 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/ha/page22_001072.html
 というわけで、研修には、家事調停官のほか、東京、大阪、沖縄、そして、愛知の弁護士の参加がありました。
 
3.研修では、ハーグ条約案件に係るmediationのあり方、オーストラリアと日本の家族法や文化の違い等を学んだほか、何回かのロールプレイ(role play session)が行われ、更に、オーストラリアと日本の間の二国間調停(co-mediation)の可能性等についても、協議されました。
 講師(Mr.Eberhard Carl & Ms.Sybille Kiesewetter)も、オーストラリア・日本の参加者も、素晴らしい方々ばかりで、活発な議論がなされ、時には、夕食後にロールプレイや議論がなされることも…。文化の違いやあっせんの難しさに改めて気づくこともありましたが、大変勉強になり、本当に貴重な経験となりました。
  

 



⇒ <後記>
     「ハーグ条約の基礎」事務所通信第7号に載せました。
   http://www.hisaya-ave.com/tsushin7-7.html
   PDF版はこちら。
   http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf



 

2015年9月5日土曜日

信長公生誕の地?勝幡城址。


1.  9月に入り、随分、過ごしやすくなったような気がします。
日の入りも、随分早くなってきました。
 

2.  先日、勝幡城址に立ち寄りました。
 かの織田信長は、勝幡城で生まれたという説もあるみたいですね(最近は、有力だとか…)
 石碑は、稲沢市にありますが、実際のお城は、稲沢市と愛西市にまたがっていたようです。
 私の使っているナビには入っていなくて、石碑にたどりつくまで、多少、うろうろしてしまいました(汗)。
 「愛知の城」(山田柾之著)では、「永正元年(1504年)ごろ、信長の祖父に当たる織田信定が築城した。信定の子・信秀は清洲城の三奉行の一人として勇名をはせ、後に那古野城を今川氏豊から奪取して居城とし、さらに古渡城や末森城を築き、勢いに乗じて西三河にまで進出した。」とあります。
 古渡城址については、以前、このブログで触れました。
 近年、信長の生誕地として、那古野城説よりも、勝幡城説の方が有力になったのは、信長が生まれたとされる天文3年(1534年)頃、信秀は未だ那古屋城を奪取していなかったとの論文が発表されたからのようです。
 信秀は、当初、清洲よりも西の地域を勢力圏としていたんですね。
 

勝幡城址。石碑の後ろの黄色い看板には、
「信長生誕」と書いてあります。