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2026年5月6日水曜日

GWなので、少し長めに ~夫婦財産契約について~

 

1.GWも今日で終わりです。今年のGWは日帰りできる範囲でお城をみにいった以外は、まったりと過ごし、懸案だったカーテンの洗濯および交換など普段疎かになっている家事にもいそしみました。明日から日常に戻るのが怖いです(涙)。

2.夫婦財産契約について

(1) 先日、同業者との食事会で、夫婦財産契約が話題にのぼりました。実は、夫婦財産契約については、ここ10年ほど、租税法の基礎について教える授業の最終回でいつもとりあげていて、気になっている(笑)ので、GWですし、少し長めに書いてみます。
 夫婦財産契約とか、婚前契約(Prenuptial Agreement、“プリナップ”)とか、世間一般ではあまり馴染みがないかもしれませんが、もしかしたら、某日本人メジャーリーガーが結婚に際して結んだというニュースを目にされたことがあるかもしれません。また、アメリカのドラマででてきたりもするので、どちらかというとアメリカのお金持ちが結ぶイメージがあるでしょうか。
 実は、日本の民法にも夫婦財産契約の規定があります。しかも、意外なことに、民法が定める法定財産制の方が、夫婦財産契約がない場合の「補充的なもの」(『新注釈民法(17)』)として位置づけられています(民法755条参照)。そして、このような位置づけは、妻が無能力とされ夫が自己の財産とともに妻の財産についても管理権を持っていた明治民法以来のもの(明治民法793条参照)なのです。
 ちなみに、現行民法は、法定財産制について、同7621項が「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。」と規定し、夫婦別産制を採用しています。

(2)  我が国の夫婦財産契約の特徴は、その締結時期を婚姻届出前に限定しており(民法755条)、しかも、婚姻届出後の変更が原則として認められていないこと(同758条)、また、対抗要件として登記が要求されていること(同756条)でしょうか。登記?と思われる方もいるかもしれませんが、「外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律」や「夫婦財産契約登記規則」というのがあって、夫婦財産契約登記簿というものが存在します。
 もっとも、民法が定める夫婦財産契約の規定は極めて簡素であり、どのような内容の合意が可能で、どのような効果が生ずるかが明確とはいえず、夫婦財産契約はその創設以来利用されることが“稀”といっていいレベルです。内田貴先生は、「もともとヨーロッパからの輸入品で…日本では、そもそもそのような習慣がなかったのと手続きの面倒さもあって、ほとんど利用されていない。」(『民法Ⅳ』)としています。前掲新注釈民法によれば、明治民法下の1898年(明示31年)から1945年(昭和20年)の48年間の夫婦財産契約の登記件数が368件、現行民法下にいたっては、1946年(昭和21年)から2016年(平成28年)までの登記件数でも246件です。さらに、法務省の「登記統計」で令和に入ってからの登記件数を調べてみると、令和元年18件、令和2年22件、令和3年21件、令和4年39件、令和5年23件、令和6年19件となっていました。

(3)  それでは、登記された夫婦財産契約は、どのような内容なのでしょうか。『夫婦財産契約の理論と実務』(山田俊一著)には、登記された夫婦財産契約について調査された結果が記載されていて、大変、興味深いです。
 詳しくは同書をご覧いただければと思いますが、戦後の夫婦財産契約122例について調べたところ、まず、財産制の選択については、婚姻前から有する財産を特有財産と明記する例(法定財産制と同様)は73例あり、他方、婚姻後に夫婦のそれぞれの労働や特有財産の果実を原資として新たに取得する財産について、取得した各人の特有財産とする例(こちらも法定財産制と同様にみえます)が36例、夫婦の共有財産とする例が38例、取得した者の名義を問わずにいずれか一方の財産とする例が6例(妻5例、夫1例)などと紹介されています。また、共有財産の持ち分について定める例は、15例(いずれも持ち分50%)、離婚に際して、財産の帰属や離婚後の扶養などを約定するものは21例、相続に関する条項は17例(再婚カップルが多い)。そのほか、婚姻費用の負担、債務の負担、準拠法、裁判管轄、契約変更などの条項が紹介されています。
 このうち、離婚に関するものについては、同書の冒頭で紹介されている「財産分与額10億円事件」(東地判平成15.9.26判例集未登載)が、婚姻前に作成された「誓約書」について、その成立を認めた上で、「将来、離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから、公序良俗に反し、無効と解すべきである。」と判示していることを勘案すると、その内容いかんによっては、無効と判断される可能性があることに留意が必要とされています。また、相続に関するものについても、相続契約は認められないとするのが通説とされていることに留意が必要とされています。このように、我が国の夫婦財産契約は、どのような内容の合意が可能で、どのような効果が生ずるかが明確とは言いがたい状況です。

(4) しかも、法定財産制と異なる内容の夫婦財産契約を締結しても、その効力は限定的と思わざるを得ない判例(東京地判昭63.5.16判時1281・87、控訴審は東高判平成2.12.12税資181・867、上告審最判3.12.3税資187・231)があります。この事案において、X(弁護士)は、夫婦財産契約を締結して、Xの得た収入の2分の1を自らの所得とし、残りの2分の1を妻の所得として確定申告したところ、処分行政庁がその収入の全てをXのものとする処分をしたため、その取消を求めて出訴しました。というのも、Xが締結した夫婦財産契約には、「夫及び妻がその婚姻届出の日以後に得る財産は、……夫及び妻の共有持分を2分の1とする共有財産とする。」という条項があり、Xは、この条項について、夫又は妻の一方が得る所得そのものが原始的に夫婦の共有に属することを意図したものであって、私的自治の原則により、当事者の意図したとおりの効果が発生せしめられるべきであり、かつ、これが登記されていることにより、国及び第三者に対抗しうるものであると主張したのです(Xの主張が認められると、いわゆる二分二乗制度が採用されたのと同等の効果を得ることができます)。第一審は、「ある収入が誰に帰属するかという問題は、単に夫及び妻の合意のみによって決定されるものではなく…略…ある収入が所得税法上誰の所得に属するかは、このように、当該収入に係る権利が発生した段階において、その権利が相手方との関係で誰に帰属するかということによって決定されるものというべきであるから、夫又は妻の一方が得る所得そのものを原始的に夫及び妻の共有とする夫婦間の合意はその意図した効果を生ずることができないものというべきである。なお、このように、夫婦間の右合意がその意図した効果を生じないものである以上、夫婦財産契約が登記されているかどうかによって右結論が左右されるものでないことは明らかである。」と判示して、Xの請求をしりぞけました。控訴審も、「ある収入が所得税法上誰の所得に属すかは、当該収入に係る権利が発生した段階において、その権利が実体法上相手方との関係で誰に帰属するかということによって決定されるものというべきであり、所得税法は課税単位を個人とし、その者の稼得した所得について所得税を課することとしているのである。X主張の夫婦財産契約がこれからの原則を変更する効果を有するものでないことは明らかであり、Xが右契約によって夫又は妻が得る所得税法上の所得までも原始的に夫又は妻の共有に属することを意図したとしても、その効果が生じないことはいうまでもない。」と判示して控訴を棄却しています(上告棄却で確定)。まあ、現行所得税法は個人単位主義を採用しているから当然かなとも思える判示ではありますが、その判示するように、Xが得た収入はX一旦帰属した後に夫婦財産契約に基づき妻に分割されたとなると、贈与税が課され得るという指摘もあります(岩崎政明『ハイポ・セティカル・スタディ租税法』)。そうすると、ますます、夫婦財産契約を締結する意義に疑問が生じますね。
 なお、夫婦財産契約についてではないのですが、上記判例は、課税単位について争われた最大判S36.9.6民集15・8・2047とあわせて理解したいところです。この事案は昭和32年の所得税確定申告に関するものなのでかなり古いのですが、Xが(夫婦財産契約は締結されていないものの)収入の2分の1を自らの所得とし、残りの2分の1は専業主婦である妻の家事労働等の協力により得られたから妻の所得として確定申告したところ、処分行政庁がその収入の全てをXのものとする処分をしたため、処分行政庁の認定は所得税法の解釈として形式上正当であるとしても、憲法24条、30条に違反するとして出訴したという事案です。最高裁は、「民法には、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等の権利が規定されており、右夫婦相互の協力、寄与に対しては、これらの権利を行使することにより、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配慮がなされているということができる」などとして、「本件に適用された所得税法が、生計を一にする夫婦の所得の計算について、民法7621項によるいわゆる別産主義に依拠しているものであるとしても、同条項が憲法24条に違反するものといえないと判示しました。この判示については、「別産制上は、妻が専業主婦の場合、いかに内助の功があっても、自己の財産形成が行われず、実質的な夫婦の平等は得られない。しかし、このような妻の実質的な不利益については、婚姻が円満に継続する限り、夫婦間の財産の帰属の問題は生ぜず、婚姻解消の際に問題となるのである。そこで、離婚の場合には、夫婦の協力により得た財産は財産分与請求権(民法768条)あるいは死別の場合の配偶者相続権(民法890条)の行使により解決すればよい」と説明されています(遠藤みち『両性の平等をめぐる家族法・税・社会保障―戦後70年の軌跡を踏まえて』)長くなってしまうので、ここまでにしますが、民法の親族法も相続法も、明治時代に近代国家の仲間入りをするために外国の法制度を参考に急いで立法され、しかも、戦後、個人の尊厳と男女の本質的平等を基礎とする日本国憲法の下、大きく改められ、また、租税法についても、シャウプ勧告を受けて、たとえば、所得税法では世帯単位主義から個人単位主義に変更されるなど、激動の時代を経ているのであり、民法の諸制度相互において、あるいは、民法と租税法との間において、統一的に把握できるのか、一生懸命に考えても、頭が痛くなるところです。たとえば、明治民法には規定がなかった現行民法の財産分与制度について、民法の法定財産制である別産制のもと、どうして、離婚時に専業主婦であった妻が原則として2分の1の財産分与を請求できるのでしょうか(GHQ夫婦財産2分論を主張したそうですが明文化されず、でも、少なくとも私が実務に就いたときにはそれが実務であったところ、今般、令和6年民法改正(令和841日施行)で、財産分与について、「婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。」(民法7683項)という文言が加わりました)。潜在的共有制論では限界があるとの指摘もありますね。さらには、なぜ、財産分与に際して、分与者に譲渡所得税がかかるのでしょうか。内田貴先生は、「共有物の分割には譲渡所得税は課せられないから、少なくとも清算部分については課税は不当との議論は可能であろう。」(『民法』)としています。話がそれてしまいました。

(5) 最後に、夫婦財産契約の準拠法について。国際的な要素のあるカップルが夫婦財産契約を締結する場合(たとえば、どちらかが外国籍である場合とか、日本人同士のカップルでも長年外国に居住している場合など)には、準拠法の問題がでてきます。
 この点、「
夫婦財産契約を締結しうるか否か、締結できるとした場合の締結時期、内容および効力の問題、さらには契約変更の可否・その方法等の問題は、すべて夫婦財産制の準拠法による。」(『注釈国際私法第2巻』)とされるところ、夫婦財産制について定める法の適用に関する通則法26条は、同条1項で、前条、すなわち、婚姻の効力について属人法主義を定める25条(夫婦の同一本国法、それがなければ、夫婦の同一常居所地法、それもなければ、夫婦に最も密接に関係する地の法)を準用しており、また、同条2項は「前項の規定にかかわらず、夫婦が、その署名した書面で日付を記載したものにより、次に掲げる法のうちいずれの法によるべきかを定めたときは、夫婦財産制は、その法による。この場合において、その定めは、将来に向かってのみその効力を生ずる。」と規定し、量的制限の付された当事者自治を認めています(ちなみに、「次に掲げる法」は、一号が夫婦の一方が国籍を有する国の法、二号が夫婦の一方の常居所地法、三号が不動産に関する夫婦財産制については、その不動産の所在地法」)。
 要するに、夫婦財産制は身分法と財産法が交錯する要域ですが、国際的には夫婦財産契約について当事者自治を認める立法例が増えているところ、262項により、選択肢は限定されているものの準拠法を選択することができるということです。 

3. もうひとつ…。
 メ~テレ(名古屋テレビ放送株式会社)さんより、相続放棄についての取材を受け、2026年4月19日付のオンラインニュース「権利や借金など受け継がない『相続放棄』熟慮期間経過後と思われても認めてもらえる可能性が」として配信されましたので、ご報告しておきます(記事保持期間は13カ月)。

2018年12月27日木曜日

三井哲夫教授を偲んで


1. クリスマスも終わり、明日は、いよいよ、仕事納め。

毎年載せているので、今年のクリスマスの写真をアップしておきます(↓)。
今年のツリーは、
青いオーナメントのバージョンにしました。
 

2.(1) 丁度、2年くらい前に、「大学院の思い出」と題してブログを綴ったことがあります。その際にも触れましたが、大学院での私の指導教授は、三井哲夫教授でした。
 今月に入り、三井先生の奥様から、三井先生が亡くなられたとのお知らせをいただきました。
 大学院を卒業してからは、ご無沙汰ばかりをしておりました。三井先生からの年賀状に、「一度、遊びにいらっしゃい。」と書かれていたこともあったのに、結局、連絡をとらずじまいに、三井先生は逝かれました。本当に忸怩たる思いです。

(2)  三井先生をはじめ、当時の大学院での指導は、概して、放任主義だったのではないかと思います。私は、心配性で、三井先生の研究室を、定期的にたずねていましたが、三井先生は、私が持参した修論の原稿にはあまり目を通すことはなく、いつも、ニコニコと雑談していらした記憶です。
 あるとき、三井先生の研究室をたずねると、『かわいそうなチェロ』(近代文藝社)という三井先生の随想集をいただきました。その随想集にもあるように、三井先生は、チェロや、絵画など、高尚な趣味を嗜まれており、研究室での雑談には、いつも、エスプリを感じました。また、三井先生は、フランス語に堪能で、国際私法の授業でも、しばしば、フランス語を用いられていました。それだけでなく、「古代文字の研究は、ヒエログリフか楔形文字のどちらかになると思うんだが、私は、楔形文字なんだ。」とおっしゃられたことがあり、そういうものかとびっくりしたこともあります。
 その当時、私は、司法試験を受けたり、弁護士になることは、微塵も考えていませんでした。三井先生が要件事実の大家でらっしゃることは知っていましたが、三井先生とは、要件事実どころか、国際私法の話もあまりしなかった記憶です。
 弁護士になった後、特に、要件事実について、いつか、三井先生のお話をうかがいたいと思っていたのですが、とうとう、その機会はなくなってしまいました。
 三井先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

2015年4月13日月曜日

かわいすぎる!?…羊神社


1. 事務所のホームページに、「事務所通信第5号」(平成27410日号)をアップしました(↓)。
 http://www.hisaya-ave.com/tsushin5p1.html
 今回は、2月に参加した「インドネシア視察旅行」をメインに、「ワンポイント法務」として、「国際私法の基礎~準拠法選択の基本的枠組~」を載せています。
 国際私法は、むか~し(笑)、大学院で専攻していました。
 国際私法って、法学部の科目の中でも、独特の考え方だなあ…というのが、国際私法の勉強を始めたころの感想です。なので、同業者と話をしていても、「?」と思うことがあるくらい…。
 特に「反致」からはじまり、「転致」「間接反致」「二重反致」等とくると、頭の体操のよう…。大学院の指導教授のお話を聞いていて、19世紀のドイツやフランスの有閑階級から生まれたのでは…というイメージをもった記憶があります。
 今回は、そんな頭の体操には深入りすることなく、国際私法の幹となる部分のみをお伝えしようとつとめてみました…。ご覧いただけたら幸いです。
  
2. ところで、昨日、偶然、「羊神社」のそばを通りかかりました(実は、近くのラーメン屋さんに行った際みつけました…)。名古屋に来てだいぶになりますが、今まで、聞いたことなかったです(有名なのかもしれませんが…)。
 羊神社に掲げられていた「羊神社由緒」によれば、御祭神は、「天照大神」と「火の迦具土神」で、平安時代の醍醐天皇の御代(901から930年)にまとめられた延喜式神名帳に「尾張の国山田郡羊神社」と記されている古社だそうです。羊神社のある北区辻町というのは、「ひつじ」の「ひ」をとって名付けられたのだそうな…。昔から氏子区域には極めて火災が少なく、名古屋大空襲でも、多くの焼夷弾を受けたけれど、ほとんど火災に至らなかったといいます…。確かに、神社周辺には、どのくらいかはわかりませんが、古いお家が多かったです。
 境内には、たくさんのヒツジさんがいて、かわいい!(笑)
 今年は未年。写真をいくつかアップします。
    
羊神社の外観

 
手水舎

 

狛羊?親子ですね…


 
羊のレリーフ

 
お賽銭箱の傍らにも…


2015年1月26日月曜日

日本人の子供に初めてハーグ条約が適用されたとされるケース(英国の裁判所が日本への返還を命じた)で、日本に帰国後、大阪家裁の調停で、(子供が)母親の暮らす英国に戻る結果となったという記事を読んで


1. 年が明けて、バタバタとしてブログを更新できずにいたら、あっという間に、1月も残すところあと数日…(汗)。
 事務所のホームページには、何とか、「事務所通信第4号」(平成27115日号)を掲載しました…
 今回は、先月上海市静安地区の弁護士との共同セミナーで発表したテーマ「国際的二重課税回避の基本的枠組み」をメインに、投資信託の共同相続に係る近時の判例(最判平26.2.25、最判平26.12.12も、とりあげています。
 今回は、どちらも、ちょっぴりマニアックだったでしょうか。特に、前者については、枝葉にはこだわらず、何とか幹をお見せしようと頑張ってみました…。それでも、力及ばず、どうにも読みにくいかもしれませんが、新しい分野に興味を持っていただくきっかけとしただければ、大変、嬉しいです(逆に、少しでも関わりのある方には、新味のない記載となっていることと思います)。

「事務所通信第4号」はこちら(↓)


 
2.(1) ところで、今日は、以前とりあげたハーグ条約(「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」)について、少し、補足してみたいと思います。
 昨年末になってしまいましたが、日本経済新聞(平成26年12月24日朝刊)において、日本人の子供に初めて同条約が適用されたケースについて、以下のように書かれていました。
「日本人の子供初めて同条約が適用されたのは今年7月。日本人の父親が英国の裁判所に申し立て、日本人の母親と一緒に渡英した子供(当時7)に日本への返還命令が出された。日本に帰国後大阪家裁調停を行い、母親の暮らす英国に戻る結果となった。」(太字は筆者)
 これ以外の情報は得ておりませんので、詳しいことはわかりませんが、この結果は、ハーグ条約の特徴をよく示しているのではないかと思います。
 

     以前も触れました通り、ハーグ条約の大きな特徴として、返還事由が認められる限り、子の常居所地国に返還すること原則としていることがあげられます。これは、「一旦生じた不法な状態(監護権の侵害)を原状回復させた上で,子がそれまで生活を送っていた国の司法の場で,子の生活環境の関連情報両親双方の主張を十分に考慮した上で,子の監護についての判断を行うのが望ましいと考えられているから」(外務省のHPより。太字は筆者。)等と説明されています。つまり、子を連れ去られた親(Left Behind Parent, LBP)への返還を直接的に目的としているのではなくひとまず、子の常居所地国へ返還し、子の常居所地国で、親権や監護権について判断しましょうという考え方に基づいているということです。 
 なので、上記の通り、英国の裁判所で日本人の子供に初めてハーグ条約が適用されて日本への返還が命じられたケースでも、子の常居所地国たる日本において調停手続が行われ、結局、母親の暮らす英国に戻ることになったというわけです。

 
以前のブログ(↓)


 
(2) また、上記のケースは、親子とも日本人、子の常居所地国も日本ということのようですが、子の常居所地国法と、親や子の本国法が異なる場合、必ずしも、子の常居所地国の法律に基づいて、親権や監護権等が判断されるとは限りません
 法律の専門家でないと、例えば、日本の裁判所においては、日本の法律しか適用されないと思われている方がいらっしゃるかもしれません。
 しかしながら、日本ならば「法の適用に関する通則法」という法律があって、同法32条は、
「親子間の法律関係は、子の本国法が父又は母の本国法(父母の一方が死亡し、又は知れない場合にあっては、他の一方の本国法)と同一である場合には子の本国法により、その他の場合には子の常居所地法による」
と規定しています。本条により、例えば、父が日本人、母と子がA国人なら、「親子間の法律関係」には、原則として、A国法が適用されることになります。本条の「親子間の法律関係」とは、親権や監護権の帰属、内容、喪失等といった問題を指し、離婚に伴う子の親権の帰属等についても、原則として、本条の定める法律が適用されます。

 このように、国際的要素を含む私的法律関係に、どこの国の法律を適用するかを決定する(準拠法を決定する)法律を、一般に、「国際私法」とよんでいます。
 この「国際私法」が世界中で統一されていれば、どこの国で裁判が行われても、同じ国の法律が準拠法となり安心ですが、残念ながら、「国際私法」は、原則として、各国の国内法にとどまっているというのが現状です(それこそ、ハーグ国際私法会議(*)で、その国際的な統一についての努力が続けられています)。
 つまり、子が常居所地国へ返還された後、子の常居所地国の司法において親権や監護権についての判断をあおぐ際、もし、子の常居所地国法と、親や子の本国法が異なっている場合には、必ずしも、適用される法律が子の常居所地国法になるとは限りません。どの国の法律が適用されるかは、原則として、子の常居所地国の国際私法により決められる…というわけです。
 

*ハーグ国際私法会議(Hague Conference on Private International Law

1893年以来、オランダのハーグに本拠を置いて、国際私法の世界的な統一のための条約の作成作業を続けている国際機関。今回とりあげているハーグ条約(「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」)も、ハーグ国際私法会議で採択された条約の一つです。
 

⇒ <後記>
     「ハーグ条約の基礎」事務所通信第7号に載せました。
   http://www.hisaya-ave.com/tsushin7-7.html
   PDF版はこちら。
   http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf