2018年5月29日火曜日

大阪地判平成30年5月9日と横目調査について


1. 久しぶりに、法律の話題を…。
 

2.(1)  今月初旬に、日経新聞で、「競馬脱税の市職員有罪 国税調査、違法性残る」と題する記事をみました。
 

(2) 今回のケースの被告人Xは、有名な外れ馬券のケース(最判平成27310日など)の被告人ように、長期間にわたり数回かつ頻繁に網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を上げていたというわけではないようです。
 インターネットの新聞記事の情報も総合すると、X(市職員で、なんと、税務担当の部署に所属していたようです。)は、日本中央競馬会(JRA)が指定する5レースで1着馬を全て当てる「WIN5」で、2回にわたり予想を的中させ、平成24と平成26年に、それぞれ、約5600万円、約2億3200万円の払戻金を得たにもかかわらず、これらを所得として申告していなかったようです。 

(3)  ということで、今回のケースで特に問題となったのは、いわゆる「横目調査」の違法性です。
 競馬で予想を的中させて払戻しを得た人のほとんどは、必要な申告をしておらず、税務当局もこのような無申告のすべてを把握し、反則調査をしているわけではない実態があるといいます。なのに、税務当局は、どうして、Xについて、当たり馬券による多額の払戻金を得ながら申告していないと、知ることができたのでしょうか。
 日経の記事によれば、Xは、「国税局が別事件の調査にかこつけて網羅的に口座を調べた結果、発覚した」とし、調査の必要のない口座を調べる「横目」と呼ばれる手法はプライバシーを侵害し違法だと主張したようです。

(4) 残念ながら、判決文は入手できていないのですが、日経の記事によると、大阪地裁(大地判平成30年5月9日)は、「調査対象の範囲の絞り込みが不十分だった疑いは否定できない」としつつも、「銀行側の了解、協力を得ており、違法の程度は重大とまでは言えない」としてXの主張を退けました。

(5)  Xは起訴内容を認めているとのことですので、「脱税したのは事実なのに、捜査の端緒に難癖をつけるなんて、お門違いの文句だ!税務調査ないし犯則調査の際に多額の入金がある預金口座を網羅的にチェックするのは当り前じゃないか。」と思われる方は少なくないかもしれません。ですが、この問題は意外に奥が深いようにも思います。
 刑事手続においては、証拠裁判主義(刑事訴訟法317条)がとられているところ、明文はありませんが、違法収集証拠排除法則、すなわち、司法の廉潔性ないし違法捜査の抑制の見地から、手続違反の程度・状況等や証拠や事件の重大性等を勘案した上で、違法に収集された証拠の証拠能力を否定すべきとする法則が、一般に採用されています。日本国憲法をみてみると、その人権カタログにおいて、刑事手続に関連するものの多さに驚かされます。刑事手続においては、手続の違法性について、極めて厳格にこれを考える傾向にあるといえます。判例も、「令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定される。」と判示しています。
 この点、税務当局が行う調査には、税務調査のほか犯則調査がありますが、犯則調査については、犯罪事実が認められれば検察庁に告発して刑事手続移行するのですから、刑事手続と同様の手続の厳格さが認められてしかるべきです。また、税務調査で得られた資料や情報を犯則調査において利用することを安易に認めれば、憲法や刑事訴訟法が要請するところの潜脱になりかねません。
 国税局の査察部(いわゆるマルサ)のフロアには、「関係者以外立入禁止」の立て札がたっていますが、これは、税務調査で得られた情報が犯則調査の端緒に用いられることのないように…という配慮からたっているのでしょうか。それとも、犯則調査の内偵を他部署に知られることなく隠密裏にすすめることができるように…という配慮からでしょうか。もしや、前者の配慮はまったくなされていないのではないか…、これは杞憂でしょうか。

(6)  なお、横目調査については、反則調査ではなく、税務調査において、その違法性が争われたことはあります。
 たとえば、京都地判昭54年2月23日は、「税務署長が更正処分をなす場合には税務調査が必要である(略)が、右調査の端緒となるべき資料の収集方法自体を規制する規定は存在せず、調査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量により社会通念上相当な限度において権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。従つて、仮に税務調査の端緒が他の税務機関の入手した資料によつたとしても、そのために法定された税務調査を全くなさなかつたり、右調査を回避するために当該資料を入手したと認めうる等の特別の事情がない限り、これを違法というべきではない。」と判示しています。