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2020年8月16日日曜日

先例主義と国民性

1. 昨日は、終戦記念日でしたね。
 夜、NHKで、ドラマに続いて放映されたNHKスペシャル「忘れられた戦後補償」を拝見し、色々と考えさせられました。
 日本では、旧軍人、軍属やその遺族には手厚い恩給がありますが、民間被害者の補償はなされてないといいます。ちなみに、同じ第二次大戦の敗戦国であるドイツやイタリアでは、民間被害者も補償の対象であるといいます。民間被害者への補償について、(戦前はそのような法制があったようですが)旧大蔵省や厚生省の担当者が、日本国憲法の保障外にある、国家総動員体制の下受忍すべきであるという趣旨の述懐をしているのに、既視感というか、ひっかかりを覚えました。

2. 今年は、コロナ禍が世を席巻しています。
 政府や自治体からは、様々な要請がなされますが、これらは、法的根拠がないか、あっても、その法的拘束力が明確ではありません。そして、補償についてもまた法的根拠が明確とは言い難いように思われます。

3.(1) 現在夏休みですが、コロナの影響で、私の担当する大学院の前期授業(租税法基礎研究)は、途中からZOOMで行うこととなりました。最初は違和感がありましたが、郷に入っては郷に従えといいましょうか、とりあえずは、慣れるしかない…。

(2)  私は、恥ずかしながら、遙か昔、大学で法学を専攻しはじめた当初、どうにも法学になじめませんでした。そんな私が、大学院で法の基礎を教えるなんて…人生とはわからないものです。
 なぜどうも法学になじめなかったのか…それは、不勉強が一番の理由だと思われます。あとは、社会的経験不足とか…。ただ、思い出すことがあります…。あるとき、先輩が、「論点は条文のスキマだ」といっているのが、妙に、耳に残りました。その後、だんだんと、法学って、(中心は)法解釈なんだと、腹に落ちていくような気がしたのです(苦笑…いつも、変なところで、つかえてしまうのです…汗)。

(3)  時が経ち、司法試験の勉強をはじめ、実務につくと、自然と、法的三段論法にいそしむようになります。すなわち、事実に法規範(条文)をあてはめて結論を導きます。でも、事案によっては、うまくあてはめることができません。これが学部で論点とよばれているところといえるでしょうか…。裁判では、場合によって、自ら規範を定立します。もっとも、日本は、大陸法系であり、判例には事実的拘束力しかないとされています。

(4)  ところで、以前、ローエイシア東京大会2017の基調講演について、このブログでふれたことがあります。谷口安平教授は、アメリカの証拠法の大家であるウイグモア博士が若き日に慶應義塾大学に招聘され、失われゆく江戸時代の紛争解決事情について研究していたという話をされたのですが、その中で、国民性というのは案外かわらないというような趣旨の発言をされていた記憶があります。

(5)  昨年、名古屋大学の神保文夫教授をうかがう機会がありました(ご親切にも、古文書の読解について手ほどきを受けました。)。うかがう前に、『法文化のなかの創造性』(創文社)という本の「幕府法曹と法の創造」を読んでいたところ、ウイグモア博士の話がでてきました。ウイグモア博士は、日本の徳川時代の法の特徴の一つとして、「判例法の発達」ということを指摘し、「それは1400年代以後のイギリスにおける判例法の発展とよく似ている」といっているそうです。孫引きで恐縮ですが、「世界の重要な法系のうち、判例によって法を発展させたのはユダヤ、マホメット、ローマ、イギリス、日本の5つしかない、しかもその中で、法律学者ではなく、official justice、すなわち、官吏たる裁判官によって法が発達したのは、イギリスと日本だけであって、これは非常に興味深いことである」と述べていたというのです。ちょっと、びっくりしないでしょうか。江戸時代の法や裁判というと、ドラマの影響もあり、大岡裁きなどが思い浮かびます。しかし、実は、行政的先例などを非常に詳細に調査、比較衡量し、「妥当と考えられる結論を機能的に導くことによって、法的安定性・公平性を維持するとともに、必要に応じてそれを修正しつつ、新たな規範を形成していった」というのです。
 神保教授は、「明治になって、日本は西洋の近代法を継受することになりますが、こういった江戸時代における法実務ないし実務法学の発達という素地があったからこそ、急速に取り入れた近代法をともかくも受け入れ、対応することが可能であったと思います。」としています。
 そして、「フランス法やドイツ法といった成文法主義、法典主義を基本とする大陸法系の西洋近代法を日本は継受しわけですけれども、それにもかかわらず実務の運用においては判例が英米法以上に重視されているというのが本当であるとするならば、それにはもちろんさまざまな要因や背景があることだろうとは思いますが、先例を覆すことは容易にはできない、あるいは先例に従っていれば安心だというような意識がもしあるとすれば、これはひょっとすると江戸時代以来のわが国の法実務の伝統というといえるのかも知れません。」と締めくくっておられます。「判例は実務を支配する」というのは、よくいわれることですが、実務に身をおくと、確かに、強く実感するところです。

(6) 国民性というのは、時代を経ても、案外かわらないのかもしれません(当然と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが…)。


2014年12月11日木曜日

非嫡出子(婚外子)の相続分を嫡出子の半分としていた旧民法900条の規定の2000年5月時点での合憲性


1. 師走に入ったと思ったら、あっという間に10日が過ぎていました…。
ブログをはじめたのが、今年の7月。1週間に1回くらい書きたいなあ…と思いつつ、なかなか実行できていません(汗)。
 ところで、街は、すっかり、クリスマスの装いですね。
 先週末訪れた名古屋・栄のラシック1階に飾られているクリスマスツリーがきれいだったので、写真をアップします(↓)。
 写真で伝わるかわかりませんが、このツリー、本物の木で、ものすごい大きさです。地下鉄漫才ではありませんが(古い?)、どこからどうやって運んで、搬入し、立てたのかしら…と気になってしまいました(苦笑)。

 
ラシックのクリスマスツリー


2. 先日の日本経済新聞に、平成26年12月2日最高裁第三小法廷が、非嫡出子の相続分を嫡出子の半分としていた旧民法900条の規定は2000年(平成12年)5月当時には違憲でなかった(合憲である)旨、判示した(以下、「平成26年12月の事案」といいます。)との記事がでていました。

 
3. 非嫡出子の相続分の問題といえば、新聞等で大きく報道されていましたが、昨年(平成25年)9月4日、漸く、最高裁大法廷が、旧民法900条4号ただし書の規定のうち、嫡出子の相続分を非嫡出子の半分としている部分(以下、「本件規定」といいます。)は、憲法14条1項に違反し無効であるとの決定(以下、「平成25年最高裁決定」といいます。)をだしました。
 本件規定の合憲性については、平成7年7月5日に最高裁大法廷が合憲である旨の決定をだしたものの、その後も度々争われ、最高裁小法廷は、繰り返し、これを合憲としてきたのでした
 しかしながら、平成10年にはドイツが、平成13年にはフランスが、嫡出子と非嫡出子の相続分に関する差別撤廃したため、欧米諸国でそのような差別を残している国はなくなりました。日本は、国連自由権規約委員会児童の権利委員会から、本件規定に関し、懸念の表明法改正の勧告等を受けていたといいます。
 このような外圧に屈したというわけではないでしょうが、最高裁は、遂に重い腰を上げ、平成25年最高裁決定において、「家族という共同体の中における個人の尊重より明確に認識されてきたことは明らかであると言える。そして、法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても、上記のような認識の変化に伴い、…父母が婚姻関係になかったという、子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず子を個人として尊重し、その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。」とした上で、「本件規定は、遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたというべきである。」と判示したのです。

 
4. ここで、どうして、「平成13年7月当時」(2001年7月当時)なの?と、疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。
 平成13年7月というのは、平成25年最高裁決定において問題となった相続が発生したときなのです。
 そもそも、最高裁は、具体的な争訟と関係なく、「この法律は、違憲だから無効です。」というような判断はできないと解されています。このように、具体的争訟に付随してのみ違憲審査権(憲法81条)を行使できるという制度を、付随的審査制といいます。そして、その論理的帰結として、最高裁の違憲判断は、当該争訟限りのものであると解されています。つまり、国会等の手続を経ずに当該法律を一般的に無効とするような効力は有しないと解されています(個別的効力説)。もっとも、最高裁の違憲判断が当該争訟限りのものであるといっても、最高裁の判決や決定は、その結論を導く上で意味のある法的理由付け(レイシオ・デシデンダイratio decidendi)の部分については、その後、同じ争点に関しては先例として事実上の拘束力を有すると解されています。このように最高裁の判決や決定が、先例として事実上の拘束力を有することにより、同種の事件は原則として同一の解決が得られることになり、法的安定性が維持されるのです。
 しかしながら、平成25年最高裁決定は、判決理由中で、わざわざ「先例としての事実上の拘束性について」という項を設け、「本件規定は、本決定により遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断される以上、本決定の先例としての事実上の拘束性により、上記当時以降は無効であることとなり、また、本件規定に基づいてされた裁判や合意の効力等も否定されることになろう。」としつつも、「本決定の違憲判断は、Aの相続の開始時(筆者注:平成13年7月から本決定までの間に開始された他の相続につき、本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判、遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。」と判示して、先例としての事実上の拘束性限定しています。このように平成25年最高裁決定がその先例としての事実上の拘束性を限定することについて、金築誠志判事は、補足意見にて、「先例としての事実上の拘束性は、…法的安定性の実現を図るものであるところ、拘束性を認めることが、かえって法的安定性を害するときは、その役割を後退させるべきであろう。」等と述べておられます。
 

5. 冒頭の平成26年12月の事案は、未だ最高裁のデータベースに入っておらず、その判決文を読んだわけではありませんが、報道によると、平成13年7月(2001年7月)よりも前の2000年(平成12年)5月当時本件規定の合憲性が問題となっており、平成25年最高裁決定の先例としての事実上の拘束性の対象となるものではありません。
 しかしながら、前述のように、最高裁が、平成25年最高裁決定の先例としての事実上の拘束性を限定し、遡及効を制限していることを勘案すると、それ以前の時点における本件規定の違憲性を認めることは難しいのではないかと思われます。
 平成25年最高裁決定は、本件規定の合理性を失せることとなった「種々の事柄の変遷等」の中に「決定的な理由」はなかったとしています。とすれば、もし、平成26年12月の事案が平成25年9月の事案より先に最高裁に判断されていれば、先例としての事実上の拘束力の起算点は2000年5月になっていたかもしれない…とも思わますが、これをいいだせばキリがないのであり、致し方ないのかなと思います。
 

6. なお、本件規定は、昨年(平成25年)12月に改正され、民法900条第4号ただし書にあった「嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とし、」という部分は削除されています。改正法は平成25年9月5日(平成25年最高裁決定の翌日)以後に開始した相続について適用されます。
 他方、平成13年7月1日から平成25年9月4日までの間の相続については、上記の平成25年最高裁決定中の「先例としての事実上の拘束性について」にしたがうことになります。すなわち、この間の相続においては、原則として、本件規定は違憲無効として扱われますが、既に遺産分割協議や裁判が終了しているなど、「確定的なものとなった法律関係」に対して影響を与えることはありません。
 

* 本件規定の改正に係る法務省のHP