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2021年3月28日日曜日

札幌地裁令和3年3月17日判決を読んで

 

1.今年は、二葉館前の「早咲き桜みち」が漸く開花したと思ったら、ほどなく、ソメイヨシノの開花宣言もでて、今日の雨で散ってしまわないかと心配しています。
 やっと、首都圏13の緊急事態宣言が321で解除されたのに、東京の今日の感染者は日曜日としては1ヶ月ぶりに300超だとか…。変異ウイルスの動向も気になります。

 

327日(土)の
久屋大通公園の桜

2.札幌地裁令和3年3月17日判決について

(1) 今月、札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは「違憲」とする判断を示したというニュースに接しました(札幌地裁令和3317日判決)。
 そこで、インターネットで公開されている判決文を読んでみました。

(2) 本件は、Xらが、同性の者同士の婚姻を認めていない民法及び戸籍法の規定は、憲法13条、141項及び24に反するにもかかわらず、国が必要な立法措置を講じていないことが、国家賠償法11項の適用上違法であると主張し、慰謝料100万円等を求めた事案です
 本判決によると、民法7391項、同741など、民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定(以下、総称して「本件規定」)は全体として異性婚のみを認めており、同性婚を認める規定を設けていないところ、本件の争点は、
①本件規定は憲法13条、141項または24に違反するものであるか
②本件規定を改廃しないことが国家賠償法11の適用上違法であるか
というものです。

(3) まず、本判決では、性的指向について、「人が情緒的、感情的、性的な意味で、人に対して魅力を感じることであり、このような恋愛・性愛の対象が異性に対して向くことが異性愛、同性に対して向くことが同性愛である」とし、性的指向が決定される原因は解明されておらず、自己の意思や精神医学的な療法によって性的指向が変わることはないとします。 

(4) 争点①のうち、憲法13条、24条違反について
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものであるとし、憲法242項(「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」という条文)は、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ね、その裁量権の限界を画したものであり、同条1項(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という条文)は婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由且つ平等な意思決定にゆだれられるという趣旨を明らかにしたものと解され、配偶者の相続権や夫婦間の子が嫡出子になることなどの重要な効果が与えられている婚姻をするについての自由は、同条項の趣旨に照らし、十分に尊重に値する(最大判平成27.12.16再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決)ということを確認しています。

  もっとも、本判決は、憲法241項は「両性の合意」、「夫婦」、憲法241項は「両性の本質的平等」という文言を用いているから、文理解釈によれば、異性婚について規定していると解することができるとし、したがって、婚姻をするについての自由が同性間にも及ぶのかについて検討する必要があるとします。

  そして、同性愛は明治民法下では認められておらず、昭和22年民法改正の際にも同様に解されていたというような事実経過や制定経緯に加え、既述の通り憲法241項の「婚姻」とは異性婚をいい、婚姻をするについての自由も異性婚について及ぶものと解するのが相当だから、本件規定が同性婚を認めていないことは、憲法241項及び2項に違反すると解することはできないとしています。また、憲法242項によって、婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解することはできず、包括的な人権規定である憲法13条によって、同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのも困難であり、同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできないとします。

(5)  争点①のうち、憲法141項違反について
 本判決は、憲法141項の法の下の平等は、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱を禁止する趣旨であること、立法府は、同性間の婚姻及び家族に関する事項を定めるについて広範な立法裁量を有していることを確認します。
 その上で、婚姻によって生じる法的効果について、「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為である」とし、本件規定は、異性婚についてのみ定めていて、同性愛者のカップルは、婚姻を欲しても婚姻によって生じる法的効果を享受できないから、異性愛者と同性愛者との間には、区別取扱いがあるとし、この本件区別取扱いが合理的根拠に基づくものであり、立法府の広範な裁量に照らしてその裁量の範囲内にあるかを検討しています。その検討にあたっては、性的指向は、自らの意思に関わらず決定される個人の性質で、性別、人種などと同様であるから、そのような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するか否かの検討は、その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱いであるか否かの観点から慎重にされなければならないとします。
 そして、婚姻によって生じる法的効果を享受することは法的利益であり、その法的利益は、同性愛者であっても、異性愛者であっても、等しく享受し得るものであるから、本件区別取扱いは、そのような利益について区別取扱いをするものとみることができるとします。また、同性愛が精神疾患であることを前提として同性婚を否定した科学的、医学的根拠は失われたとします。そして、本件規定は、夫婦が子を産み育てながら共同生活をおくるという関係に対して法的保護を与えることが重要な目的とされているとした上で、本件規定の目的は正当であるが、そのことは、同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果の一切を享受し得ないものとする理由になるとは解されないとします。
 このような検討を踏まえ、本判決は、本件規定の目的は正当であるとしつつ、本件規定が同性愛者に対して婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えており、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ないとして、本件規定は憲法141項に違反すると判示しました。

(4) 争点②について
 こちらについては、既述の通り本件規定は憲法141項に違反するとしつつも、同性愛を精神疾患とする知見は昭和55年頃に米国で否定され、平成4年頃には世界保健機関によっても否定されたものであり、諸外国において同性婚制度の導入の広がりがみられたのはオランダが2000年(平成12年)に導入して以降であり、わが国における地方公共団体による登録パートナーシップ制度の広がりがみられたのは更に遅く、東京都渋谷区が平成2710月に導入して以降であること等を指摘した上で、これを国家賠償法11項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利内容を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできないとして、本件規定を改廃していないことは国家賠償法11項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示しています。
 その結果、Xらの請求はいずれも棄却され、Xらの敗訴となっています。

(3) 以上、判決文を少々長めに要約してみました。
 SNSなどをみていると、本判決には、賛否両論があるようです。

 憲法論からすると、私が受験生だった頃は、二重の基準論とそれに対する批判までフォローする感じだったのですが、正直にいうと、受験時代の浅い知識からは、その根拠をみると、人権カタログにおける人権の序列や司法の判断能力の限界を正面から認めているようであり、その辺りが根本的に腑に落ちなかったように思います。
 二重の基準論は、憲法141項において区別の合理性を判断する基準にもとりいれられていると考えられます。もっとも、最高裁は、区別の合理性の一般的な審査基準については特に判示することなく、具体的事件ごとに区別の合理性を審査するという態度をとっているとされます(憲法訴訟としても、租税訴訟としても、著名な最大判昭和60327日(大島訴訟、サラリーマン税金訴訟)の最高裁判例解説参照)。大島訴訟では、「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ない」などとして、「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができ」ないとしています。大島訴訟で用いられた判断基準は、これにあてはめて違憲になることがあるのかなと思うほど緩やかな基準です。しかも、戸波江二教授は、「判例は、租税事件については、それが租税事件であることを理由にすべて大島訴訟判決を先例とし、人権の種類や規制の態様の如何にかかわらず、一律にゆるやかな立法裁量論で処理しようとしているように見える」とされており(法学教室154-39)、これでは、租税訴訟で憲法問題の勝負になってしまったら敗訴覚悟という感じになっちゃいますね。
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項について立法府の広範な立法裁量を前提としつつ、性別、人種などと同様に、性的指向という自らの意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いであることに着目して、「その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱であるか否か」で判断するという基準を用いています。ここだけみると厳格な基準に近く、当てはめ部分では立法目的を正当か否かで判断しているようですが、折衷的な基準になっているのでしょうか。


 家族に関する事項が、国の伝統、国民感情、社会状況、時代などによって影響を受けるというのは、実感するところです。
 私は、平成28年(2016年)7に、ロンドンで開催された国際家族法会議に参加したことがあるのですが、その際、家族法というのは、国々によって、それぞれの文化的、歴史的背景があり、テーマによっては、緊張が走るような論争になり得るとの感想も持ちました。また、同性婚については、近年、日本よりも欧米で積極的にこれを認めてきたという動きがあるのに対し、事実上の婚姻については、むしろ、日本で、戦前から「内縁」としてこれを保護しようとしてきた比較的長い歴史があるのだなとの感想を持った記憶があります(もっとも、本判決も指摘するとおり、日本では、現在のおいてもまだ法律婚を尊重する意識が浸透しており、法的にも、内縁では相続ができず子の嫡出性が認められないなど、厳然たる差が残っています。)。

 ※ロンドン訪問をとりあげた弊事務所通信

なので、外国で認められているから日本でも…と短絡的にはいえないことだと思いますが、札幌地裁の判決は、賛否両論はあるものの、とても丁寧な説示であり、その上級審の判断や他の同様の争点を有する訴訟の行方が注目されます。

2020年10月26日月曜日

法的三段論法と違憲の主張、法人税法34条2項「不相当に高額」とその委任を受けた令70条

1. 10月もあと数日。秋が深まってきました。
 ヨーロッパでは第2波が深刻なようです。日本では、これから冬を迎えますが、どうなっていくのでしょうか。いずれにしても、スッキリとした終息の見通しは、たたないと言わざるを得ません。今年に入ってから大きく価値観がかわり、すべてではないにせよ、それが定着していくように思われます。
 マスクをしていなくても気兼ねしなくてすむような日は、果たして、くるのでしょうか。

事務所近くの久屋大通公園がリニューアルして
芝生になりました。


芝生でくつろぐにはよい季節で
夜もきれいです。


 

2.法的三段論法と違憲の主張 

(1)  最近、なかなかブログを更新できていませんが、常日頃考えていることの一つを、アップしてみます。

(2) 大学院で教えていて気付いたことの一つに、法的三段論法を意識するというのがあります。
 これは、自ら振り返ると、あまり教えられた記憶がありません。もしかしたら、法学を勉強していると、自然と身につく側面があるのかもしれませんね。 

(3)  判決文を読むときでいえば、規範定立部分とあてはめ部分を意識することが大切です(木山泰嗣先生の『税務案例がよめるようになる』にもそのような記載があります。)。法的三段論法では、事実に法規範(条文)をあてはめて結論を導きます。でも法学の対象となるような事案では、条文をそのまま当該事実にあてはめて結論を得ることが出来ないので、解釈が必要になり、裁判所が規範を定立したりします。この規範を定立している部分が、まずは、重要です。もし、その後、同じような争点で訴訟に発展したとき、この規範により結論が導かれると予想されますからね。

(4)  著名な武富士事件を例にすると…。
 租税判例の多くは、納税者(原告X)が課税処分の取消を求めて争います。課税処分を取消してもらうためには、課税処分が違法であることが必要です。そして、課税処分が課税要件を欠いていると主張立証できれば、当該課税処分は違法であるといえるでしょう。
 武富士事件では、贈与税決定処分等の取消を求めたものです。
 Xは、贈与を受けた当時、香港に赴任していたものの、日本国内の滞在日数もそれなりにありました(香港約65.8%、国内約26.2%です。それだけでなく、この滞在日数は、公認会計士から贈与に関する具体的な提案を受け、租税回避目的で調整した結果でした。)。ところが、当時の相続税法では、受贈者が贈与を受けたときに、国内に「住所」を有することが、課税要件となっていました。そこで、贈与税決定処分等が取消されるか否かは、
Xの「住所」が日本にあるか否かによることとなったわけです。
 Xのように、香港と日本を行き来している者の「住所」は、どのように判断すればよいでしょうか。相続税法の条文は、「住所」と記載するのみで、その定義規定は用意されていませんでした。
 最高裁(平成23218日判決)は、「ここにいう住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である」と判示しています。このように、最高裁が、「住所」をどのように判断するか述べている部分が、規範を定立しているところです。最高裁が、「『住所』はこのように判断する」といってるのですから、もし、その後、「住所」が争点となる同種事案が生じれば、この規範に基づき、「住所」がどこにあるか判断されるのではないかという予想がたちます(武富士事件のような租税回避事案については、これを封じるための法改正がありましたが…)。
 規範定立部分に続く「これを本件についてみるに、前記事実関係等によれば、…」というところは、この規範に事実をあてはめている部分です。このあてはめ部分も、どういう事実だと、その規範にあてはめてどのような結論がでるのかということがわかりますから、勿論、重要です。

(5)  租税判例では、納税者から違憲の主張がでることもあります。
 例えば、このブログでもとりあげたことのある残波事件(第一審は東地判平成28422日)
 残波事件は、X社が、その役員4名に支給した役員報酬(役員給与)とその代表取締役を退任した者に支給した退職給与について、「不相当に高額な部分の金額」があるとしてなされた本件各更正処分等の取消を求めたものです。
 この事案において、
X社は、「本件各更正処分等は、憲法84条に反するものである」という主張もだしていました。
 前述のように、課税処分を取消してもらうためには、課税処分が違法であることが必要です。この点、もし、その処分に適用された大前提たる条文が憲法に違反していたら、当該条文は原則として無効となりますから、課税処分も違法といえるでしょう。
 私は、違憲の主張は、ゼロの割り算に似てるな…などと思ってしまいます(変ですかね…)。

(6)  ところで、法人税法342項の「不相当に高額」については、私が以前書いた論文「租税訴訟における規範的要件の要件事実 -法人税法1321項の不当性要件を中心に-」で指摘だけした疑問点(「税法学」58284頁脚注7)があります。長くなりますが、以下に、敷衍してみたいと思います。

(7) 残波事件で問題となった法人税法342項は、以下の通り、規定します(太字下線筆者)。

内国法人がその役員に対して支給する給与(…略…)の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。


 「不相当に高額」といわれても、当該法人の給与が具体的にいくらを超えるとそうなるか、俄には、わかりませんね。

 「不相当に高額」は、講学上、不確定概念といわれています。

 昨年、私が上記論文で書いた同族会社行為計算否認規定(法人税法1321項)の「不当に」という要件も、不確定概念であるといわれています。
 不確定概念は、憲法84条の租税法律主義から導かれる課税要件明確主義に反しないかが問題となりますが、金子先生は、不確定概念を用いることは、ある程度は不可避であり、また必要であるとしていますね。
 もっとも、法人税法1321項と違って、法人税法342項は、「不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」としているように、「不相当に高額な部分の金額」をどのように判断するかについて、法人税法施行令第70条に委任しています。
 この点、会社法改正に伴う平成18年法人税法改正の前の事案ですが、丸中縫工事件の最高裁(平成9325日判決)は、「法人税法341項の規定の趣旨、目的及び法人税法施行令691号の規定内容に照らせば、法人税法341項所定の『不相当に高額な部分の金額』の概念が、不明確で漠然としているということはできない」と判示しています。
 

(7) それでは、現行の法人税法342項の委任を受けた法人税法施行令第70条はどのように規定しているのでしょうか。
 令70条1号イ(いわゆる実質基準)は以下のように規定します。

(過大な役員給与の額)

70条 法第34条第2項(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は、次に掲げる金額の合計額とする。

一 次に掲げる金額のうちいずれか多い金額

イ 内国法人が各事業年度においてその役員に対して支給した給与(法第342項に規定する給与のうち、退職給与以外のものをいう。以下この号において同じ。)の額(第三号に掲げる金額に相当する金額を除く。)が、当該役員の職務の内容、その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(その役員の数が二以上である場合には、これらの役員に係る当該超える部分の金額の合計額)

(以下、省略)


このように

法人税法
342項「不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」
   ↓
法人税法施行令第701イ「当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合」

と言い換えられています。

 このように、「不相当に高額な部分の金額」を「相当であると認められる金額を超える」と言い換えて規定したことには疑問が生じないわけでもありません(法人税法施行令第702の「その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」も同じ議論になります)。
 というのも、「不相当に高額」というのは、「高額」であるだけでは足りず、「不相当に」「高額」である必要があるようにも、思えるからです。これって法律による委任の範囲を超えていないのでしょうか…?
 この点、丸中縫工事件の第一審(名古屋地判平成6615日)は、Xの法人税法341項は憲法84条の課税要件明確主義に反するという主張や合憲限定解釈が必要であるという主張をしりぞけた上で、「令691号に規定される『相当であると認められる金額を超える部分の金額』については、当該役員の職務の内容当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らして定まる客観的相当額ある役員の役務の対価として相当と認められる金額は一定額に限られるものではないから、ここにいう額は、その性質上、相当と認められる金額中の最高額を意味することになる。)を超える部分の金額が、これに当たるというべきである」と判示しています。
 このように、相当と認められる金額中の最高額を超える金額は、不相当に高額な部分の金額であると解釈すれば、法律による委任の範囲を超えないでしょうかね…。
 Xの合憲限定解釈の主張は、「法341項の『不相当に高額な部分の金額』は『明白かつ著しく高額な金額』と解釈されるべきである」というものなのですが、「明白かつ著しく」とまではいいませんが、第一審裁判所が判示したように、相当と認められる範囲の最高額を超えると、すぐに、「不相当に高額」となってしまうのでしょうか。ここは日本語の問題、あるいは、社会通念によるのかもしれませんが、正直、疑問なしとはいえないように思います。
 ちなみに、処分行政庁(被告Y)は、「報酬が法人の役員の職務の内容等から見て対価として相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分が高額部分となるのであるが、不相当に高額であるか否かは、右規定に掲げられた諸々の事情等に照せば自ずから明らかとなるべきものである。…具体的には、通達回答方式によって抽出した類似法人の役員報酬支給状況の検討によって相当性の判断の基準となる具体的・客観的数値(平均値)を求めるとともに、当該法人における役員の職務の内容、当該法人の収益の状況及び使用人に対する給料の支給状況という事情の中に当該法人の固有のものとして特別に考慮すべき事情があるか否かを検討して右平均値を増減することによりなずべきである。」と主張していましたが、さすがに、第一審裁判所は、「特別事情がなければ平均値が相当な報酬額の上限であるという判断方法も採用することはできない」と判示していますね。

2015年12月21日月曜日

2つの平成27年12月16日付最高裁判決について


1. 夫婦同氏(夫婦同姓)および女性の再婚禁止期間を定める民法の規定(それぞれ、民法750条、同7731項)が憲法に違反していることを主張し、法改正を怠った立法不作為の違法を理由に、国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案で、先日(平成271216日)、2つの最高裁判所大法廷判決がだされ、新聞やテレビで大きく報道されていました。
 本日は、その話題を…。
 

2. 「補足意見」「意見」「反対意見」と2つの判決について

(1) 判決に入る前に、今回の報道に接して少々驚いたのは…。
 夫婦同姓に係る判決で、女性3人を含む5人の反対意見があったと報道されていたことです。  

(2) 最高裁に付される意見には、「補足意見」「意見」「反対意見」があり、違いがあります。「補足意見」は多数意見の理由に賛同するけど補足したい場合、「意見」は多数意見の理由とは違う理由で判決には賛同する場合、「反対意見」は、判決に反対する場合に付されます。
 なので、5人の反対意見があったと聞くと、判決は、105だったのだなと思ってしまいます。

(3) 実は、どちらの事案でも、反対意見山浦善樹裁判官のみが述べていて、あとは全員一致で、上告棄却と判決しています。
 夫婦同氏制の事案では、民法の規定は違憲ではなく、国賠請求も認められないというのが多数意見による判決だったところ、女性3人を含む4人の裁判官から、民法の規定は違憲だけど、国賠請求は認められないとの意見が付されました。
 他方、再婚禁止期間の事案では、100日を越えて再婚禁止期間を設ける部分は違憲だが、国賠請求は認められないというのが多数意見による判決であり、再婚禁止期間を設ける規定全部が違憲であるとする鬼丸かおり裁判官による意見が付されています。
 そして、先ほど述べたように、どちらにも、規定は違憲だし、国賠請求も認められるとする山浦裁判官の反対意見が付されています。
 

3.夫婦同氏制事案(平成26年(オ)第1023号)の判決について

(1) 民法750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めています(以下、「本件規定」といいます。)。
 “氏”があって、“名”があって、はじめて“氏名”として、自他識別機能(自分が他人から識別され、自分として特定される機能)が生じます。夫婦同氏制を定める本件規定により、婚姻を機会に、夫婦の一方は氏を改めなければならず、そのことにより、アイデンティティの喪失を感じたり、自他識別機能が阻害され不利益を被ったりする方がおられることは、何ら、特別なことであるとは思えません。
 ただ、本件規定が憲法違反といえるかといえば、また、別の話です。

  まず、多数意見からご紹介していきます。

(2)憲法13条違反であるとの主張について
 まず、上告人らは、「氏の変更を強制されない自由」が、憲法13条により保障される人格権の一内容を構成しており、本件規定は、これを不当に侵害するものであるから、憲法13条に違反すると主張しました。
 
多数意見は、氏名について、「社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容構成する」と、先例(最判63.2.26)をひいて、氏名が人格権を構成することは認めています。
 ただ、多数意見は、氏が婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは、その性質上予定されており、そのような現行法制度の下における氏の性質等に鑑みると、「氏の変更を強制されない自由」は人格権の内容とは言えないとして、本件規定は憲法13条に違反しない等と判示しました。

(3)憲法141項違反であるとの主張について
 現状、96%以上の夫婦において、夫の氏を選択しています
 上告人らは、かかる現状に鑑み、本件規定が性差別を発生させ、ほとんどの女性のみに不利益を負わせる効果を有するから、憲法141項に違反すると主張しました。
 これに対して、多数意見は、憲法141項について、「事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものである」と先例(最判昭和39.5.27等)をひいた上で、本件規定はその文言上性別に基づく法的な性別的取り扱いを定めているわけではなく、本件規定自体に形式的不平等が存在するわけではない等として、本件規定は、憲法141項に違反しないとしています。

(4)憲法241項及び2項に違反するとの主張について
 上告人らは、夫婦となろうとする者の一方が氏を改めることを婚姻届出の要件とすることで、実質的に婚姻の自由を侵害するものであり、憲法24条に違反する等と主張しました。
 これに対して、多数意見は、夫婦同氏制は、旧民法の施行された明治31年に我が国の法制度として採用され、我が国の社会に定着してきたものであり、氏は、家族の呼称としての意義があるところ、その呼称を一つに定めることには合理性が認められ、特に婚姻の重要な効果として、夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ、嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保するにも一定の意義があり、氏の選択に関し、夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすると、妻となる女性が不利益を受ける場合が多い状況が生じるとしても、このような不利益は、婚姻前の氏の通称使用が広まることにより、一定程度緩和され得る等として、夫婦同氏制は、個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認められず、本件規定は憲法24条に違反するものではないとしています。

(5) 以上の通り、多数意見は、本件規定は違憲ではないと判断した上で、本件規定を改廃する立法措置をとらない立法不作為は、国家賠償法11項の適用上、違法の評価を受けないとして、上告人らの上告を棄却しています。

(6) 寺田逸郎裁判長補足意見
 法律関係のメニューに望ましい選択肢が用意されていない現行制度の不備を強調するような本事案の主張について、憲法適合性審査の中で裁判所が積極的な評価を与えることには、本質的な難しさがあるとし、民主主義的プロセスに委ねる(国会に任せる)ことがふさわしいと述べられています。
 国会で…という点については、多数意見も、なお書きで、上告人らは、夫婦同氏制を規定と捉えた上で、これよりも規制の小さい氏に係る制度、例えば、選択的夫婦別氏制をとる余地がある点について指摘するけれど、この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄に他ならない等と判示しています。

(7)岡部喜代子裁判官意見櫻井龍子裁判官鬼丸かおる裁判官同調)
 岡部裁判官は、近年女性の社会進出は著しく進んでおり、婚姻前後を通じて稼働する女性も増加し、婚姻による氏の変更により、識別困難となることは、単に不便であるというだけではなく、業績、実績などの法的利益に影響を与えかねず、しかも、社会のグローバル化やインタネット等で氏名が検索されることがあるなどの氏名自体が世界的な広がりを有するようになった社会では、氏による個人識別性の重要性はより大きい等といった現状に触れています。
 そして、96%を超える夫婦が夫の氏を称することは、その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しており、その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない等とし、現時点では、本件規定は、憲法24条に違反すると述べておられます。
 もっとも、憲法24条に違反することが明白であるということは困難であるとして、本件規定を改廃しない立法不作為は、国賠法上の違法の評価を受けないと、結論において、多数意見と同じとなっています。

(8)木内道祥裁判官の意見
 木内裁判官も、夫婦同氏制は憲法24条にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に違反するとしています。
 すなわち、本件規定の憲法24条適合性で問題となる合理性は、夫婦が同氏であることの合理性はなく、夫婦同氏に例外を許さないことの合理性であるとした上で、同氏に例外を許さないことに合理性があるということはできないとします。
 そして、多数意見が、夫婦同氏により嫡出子であることが示されること、両親と氏を同じくすることが子の利益であるとしている点について、夫婦にも別れがあり、離婚した父母が婚氏続称を選択しなければ氏を異にすることになるのだから、夫婦同氏によって育成に当たる父母が同氏であることが保障されるのは初婚が維持されている夫婦間の子だけであり、未成熟子育成の責任を担うのは夫婦であることもあれば、離婚した父母であることもあり、事実婚ないし未婚の父母であることもあるのであり、実質的に子の育成を十分に行うための仕組みを整えることが必要であるとされているのが今の時代であって、夫婦同氏であることが未成熟子の育成にとって支えとなるものではない等と述べられています。

4.感想

(1) 夫婦同氏制事案の判決のご紹介だけで、うんと長くなってしまったので、今回は、再婚禁止期間事案の判決については、パスします。

(2) 夫婦同氏事案に係る最高裁判決に対する感想ですが…。
 今回の判決は、報道で大きく取り上げられたこともあり、その反響もそれなりに耳に入ってきます。本当に、様々な意見があり、賛成派と反対派の溝は思ったよりも深く、意外な方の意外な意見にびっくりすることも…。

(3) 私は、寺田逸郎裁判長の補足意見を読ませていただくと、なるほどなるほど…とは思うのですが、ただ、この件については、民主主義的プロセスに委ねていてもあまり変わりそうな気がしないなあ…とも思わずにはいられません。
 女性裁判官3名の意見は、働く女性の視点から本件規定の現時点での憲法24条適合性について的確に論じられているとは思います。
 もっとも、今回の最高裁判決を読んで、私が一番ハッとさせられたのは、木内裁判官の意見だったかもしれません。それは、子供の視点にも配慮されているように思ったからです。確かに、法律婚を尊重することは大切ですし、家族が同氏でまとまることは大変素晴らしいことであるとは思いますが、実際には、子供は色々な家庭で育てられているのであり、両親と子供が同じ氏でまとまることをあまり強調すると、一定の価値観を社会に醸成することになり、それが子供にとって酷な場合もあり得るのでは…と思うのです。

 現在の夫婦同氏制は確かに社会に定着していますが、今回の最高裁判決に伴う報道で、明治維新後(正確には、明治9年以降)、夫婦同氏制が導入された明治31年までは、夫婦別氏制だったことを知りましたし、それ以前も(江戸時代は苗字帯刀が制限されていましたが…)、中国や韓国のように、夫婦別氏が原則だったともききます。
 世の中の常識は、時代とともに、変化するのですから、あまり現時点での常識に軸足を深く突っ込みすぎるのも危険がないとはいえません。夫婦同氏制が違憲か否かはともかく、家族の形を定める法律自体が、もう少し多様性を許容することにより、社会全体の認識も変わっていく…という未来も、一考に値するのかな…と思ったりもしました。


5. 久しぶりのブログ更新で、また、だらだらと長く書いてしまいました。
 最後に、話題をがらりとかえて、今年のクリスマスツリーをアップしてみます。
 北欧風のつもり…?です(笑)。

ストロー素材のオーナメントを中心に
北欧風(?)にまとめてみました。
何年か前に、イオンでお得にまとめ買いしてます。
雪の結晶がついているレーステープがお気に入りです。
赤い帽子と赤い服の妖精は、
フィンランドではトントゥ(tonttu)、
スウエーデンではトムテ(tomtar)、
デンマークとノルウェーではニッセ(nisse)と
国によって呼び名は違うみたいですが、
サンタクロースのお手伝いをするらしいです。

 ちなみに、去年のクリスマスツリーは、こちら(↓)。
http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2014/12/stap.html