2023年11月5日日曜日

ヨーロッパ視察旅行と学生時代の思い出

 

1.ヨーロッパ視察旅行
 本年(2023912日から19日まで、愛知県弁護士会国際委員会のヨーロッパ視察旅行に参加してまいりました。視察先は以下の通りです。
 ご報告を、事務所通信第10号(↓)にまとめましたので、ご覧いただけると嬉しいです。
事務所通信第10号(https://hisaya-avenue.blogspot.com/)

<オランダ ハーグ>
国際司法裁判所(International Court of Justice、”ICJ
国際刑事裁判所(International Criminal Court、”ICC
<スイス ジュネーブ>
世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization、”WIPO
国際移住機関(International Organization for Migration 、”IOM
<フランス パリ>
パリ弁護士会(Avocats Barreau Paris
パリ司法裁判所(Tribunal Judiciaire de Paris

 

国際司法裁判所(International Court of Justice、”ICJ)の平和宮(Peace Palace)を裏の噴水とともに。

国際刑事裁判所(International Criminal Court、”ICC

WIPO世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization、”WIPO”)のカンファレンスホール


パリ司法裁判所(Tribunal Judiciaire de Paris)の玄関
(法廷の写真などは事務所通信をどうぞ)

2.学生時代の思い出

(1) これまで、愛知県弁護士会の国際委員会の視察旅行でうかがうのは、日本が法整備支援でかかわってきた国が多かったのですが、今回訪問したのは、むしろ近代日本が範としてきた国々でした。しかも、訪問先にはこれまで訪問したことがない国際機関も含まれており、その訪問した国際機関で活躍されている日本人の方々にお会いできたのは、大変、良い刺激になりました。

(2) 道中、ヨーロッパ訪問は何回目かときかれて、数えてみると、私の場合、7回目でした。そのうち4回は、大学生のときです。バブルの頃だったこともありバイトしては稼いだお金をつぎ込むなどして、毎年、3週間から3ヶ月くらいの期間、ヨーロッパ旅行をしていました。回をおうごとに、バックパッカー化していったのですが、今回の参加者の中にも、学生時代バックパッカーだった方がいらして、最近の学生さんはどうなのかな…などとも思いました。というのも、私の学生時代と比べると当然なのかもしれませんが、つい数年前と比べても、日本人をみかける機会が減っている印象を受けるからです。

(3) ところで、私が大学生の頃のヨーロッパをふらふらしていた頃の思い出を1つ…。
 ロンドンのパブで友人とランチを食べていたところ、隣の席で一人でランチを食べていた女性から声をかけられました。その方は、Karen ParkerさんというLawyerで、ストラスブール(恐らく国際人権研究所)で”Human Rights”に携わっていると自己紹介されました。そして、友人と私が日本の法学部生だとわかると、「なぜ、(国際人権分野の)国際機関で働く日本人は少ないのか。あなた方には是非チャレンジしてほしい。」などと発破をかけられ、”Universal Declaration of Human Rights”のパンフレットと、彼女が唯一知っているという国際機関で働いている日本人の名前(Yo Kubota)を書いたメモを渡されました。
 日本に帰ってから、Karen Parkerさんに教えていただいた久保田洋(Yo Kubota)さんに「どうしたら国際機関で働けるか」とおうかがいする手紙を出したところ、大変、丁寧なお返事をいただいたのですが、そこには、「一生懸命生きる」という少々抽象的な返答が書かれていました。
 結局、私は、金融機関に就職したのですが、そこでの同期に「実は、国際機関で働きたいと思ったことがある…」と漏らしたところ、その同期は、外務省が国際機関で働く日本人を応援するプログラムについての小さな切り抜きの新聞記事を持ってきてくれました。そこで、その記事にあった外務省の担当部署に問い合わせてみると、開口一番、「あなたの学歴は?」と聞かれた上、「最低でも、修士はもっていないと、国際機関で働くのは難しい」といわれてしまいました。丁度、バブルがはじけて残業が減っていた時期でしたので、私は、金融機関で働きながら、社会人大学院に通い、修士号を取得しました。しかし、そこで、金融機関をやめて、名古屋に転居し、現在に至っています。名古屋に転居してから、司法試験にチャレンジして弁護士になりましたが、Karen Parkerさんのアドバイスをいかすことは、残念ながら、できませんでした。

(4) 今回、国際機関で活躍する日本人の方々にお会いし、(今回お会いした方々が国際機関に入られたルートは様々で、そもそも、職を得るのも大変なことですが)職を得た後も並大抵ではない努力を重ねられていると感じました。
 あの大学生だったロンドンでの昼下がりに
Karen Parkerさんの話を聞いた後、紆余曲折をへつつもそれなりに一生懸命生きてはまいりましたが、私には、国際人権に対する関心、国際機関にて職を得ようとする継続的な努力や熱意などが、まったくもって、たりなかったと言わざるをえません。
 私には叶えることができなかった漠然としたなにか…。この歳になって考えると、やはり、こうすればよいというような簡単なアドバイスはできないのだろうなとも思います。ということで、私の失敗談をここにしるしつつ、もし、国際機関に興味があるという若い方々がいらっしゃるなら、是非、一生懸命生きて、チャレンジしてみてほしい…と漠然としたエールをおくって、昔の思い出話を締めくくりたいと思います。

久保田洋(Yo Kubota)さんからいただいた手紙と
薦められて購入した『実践国際人権法』(三省堂)、
カレンパーカー(Karen Parker)さんからいただいたパンフレット