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2017年12月10日日曜日

自動運転


 今週、私が所属している愛知県弁護士会の情報法関連チームで、東京の弁護士会が設立した「AI部会」のメンバーを名古屋におよびして、自動運転等について、意見交換会をおこないました。
 まず、メンバー全員で、自動運転には不可欠な高精度3Dマップを提供しているアイサンテクノロジーと、名古屋大学未来社会創造機構を訪問しました。名古屋大学では、自動運転の現況について教えていただくだけでなく、「自動運転と法律」というテーマで、弁護士側からのプレゼンもありました。
 今週には、愛知県幸田町で、全国で初めて、公道で、遠隔監視しつつ、車内の運転席を無人にして乗用車を走らせる自動運転システムの実証実験(レベル4)が実施されるとの報道もありました。
 この分野の技術は日進月歩、法整備は未だこれに追いついているとはいいがたいですが、この時代を生きる弁護士としては、常に、こうした新しい動きにアンテナをたてていたいものです。
 
名古屋大学の自動運転車
 

2017年2月10日金曜日

「忘れられる権利」と最決平成29年1月31日、The right to be forgotten and the Supreme Court Decision dated January 31, 2017


本日は、いわゆる「忘れられる権利」に関し、先月31日にだされた最高裁の決定について、触れてみたいと思います。
 

1. 「忘れられる権利」につきましては、以前、事務所通信でとりあげたことがあります(↓)。
パソコンやスマホの普及により誰もが容易に情報を発信し、その情報が忽ち拡散することもある昨今、インターネット上の掲示板やサイトへの書込みにより、プライバシー侵害や名誉毀損といった被害に巻き込まれるケースも増えつつあります。インターネット上の書き込みは、匿名性が高いことに特徴がありますが、書き込みがなされた掲示板やサイトの管理者が分かれば、その削除を求めることができる場合もあります。もっとも、すべての書き込みについてその掲示板やサイトごとに削除を依頼するのでは、手間も費用もかかりますし、イタチごっこに陥る可能性があります。一般論ですが、一旦、インターネット上に拡散した情報を完全に消し去るのは不可能であるともいわれます。つまり、いつまでたっても、書き込みが残ってしまう恐れがあるのです。そこで、近時、注目を集めているのが、検索事業者(グーグルやヤフーなど)に対する検索結果の削除請求です。検索結果は、掲示板やサイトへの「入り口」となっていることから、この「入り口」を削除してもらえれば、一般利用者が当該掲示板やサイトに辿り着くことは困難になると考えられるからです。
 中日新聞によれば、全国の裁判所に検索結果の削除を求めた仮処分などの申立ては、2016年9月までの一年間で、59件あったといいます。
 このような検索事業者に対する検索結果の削除を求める権利を、「忘れられる権利」とよんだりします。最近、耳にすることも増えましたが、日本では明文の規定はありません。
 なお、上記事務所通信にもあるように、「忘れられる権利」の出自はヨーロッパにあります。また、同通信で触れた「EU一般データ保護規則」(REGULATION (EU) 2016/679 on the protection of natural persons with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data, and repealing Directive 95/46/EC (General Data Protection Regulation))は、執筆時は、”提案”でしたが、2016年に可決されたようです(2018年に施行予定)。ちなみに、「忘れられる権利」(Right to erasure (‘right to be forgotten’))は、同規則の第17条(Article 17)に規定されています。
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv:OJ.L_.2016.119.01.0001.01.ENG&toc=OJ:L:2016:119:TOC

2. そんな中、平成29年1月31日、最高裁は、検索事業者に対し、プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウエブサイトのURLやいわゆるスニペット等を、検索結果から削除するよう請求できる場合について、初めて、基準を示しました。
 判決文はこちら(↓)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf
 

3. 上記事務所通信でも触れましたが、この種の事案では、片や、プライバシー、片や、表現の自由と、極めて重要な人権同士がぶつかりあう場面といえます(なお、「検索結果の提供」が表現行為にあたるのか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本判決は、「検索事業者自身による表現行為という側面を有する。」旨、判示しています。)。
 こういった重要な人権同旨がぶつかり合う場合において、裁判所がよく用いる手法が、比較衡量です。

 本判決も、比較衡量を用いています。
すなわち、


「当該事実を公表されない法的利益」

と

「当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情」
 

を比較衡量して

前者(「当該事実を公表されない法的利益」)が「優越すること」が「明らかな場合」

に削除請求が認められる

としています。
そして、この比較衡量を判断する際に考慮すべきものとして、以下をあげています。


・当該事実の性質及び内容

・当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度」

・その者の社会的地位や影響力

・上記記事等の目的や意義

・上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化

・上記記事等において当該事実に記載する必要性

など
 

このような基準を示した上で、最高裁は、本件については、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」は「明らか」であるといえない、として、検索結果の削除を仮に命じる決定及びその認可決定を取り消した原審(東京高裁)の判断を是認できると判示しています(つまり、削除を命じないということです。)。
 

4. ちなみに、さいたま地裁平成27年6月25日決定(上記事務所通信の5頁(3)で紹介。平成27→7との誤植あり。)は、検索結果により更生を妨げられない利益が受忍限度を超えて侵害されているから、人格権に基づき検索エンジンの管理者である債務者に対し検索結果の削除を求めることができ、検索結果が今後表示し続けられることにより回復困難な著しい損害を被るおそれがあるとして、検索結果を仮に削除することを命じていました。
 この仮処分に対する保全異議についての判断がさいたま地裁平成27年12月22日決定であり、同決定は、
「一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』を有するというべきである」として、「忘れられる権利」という言葉を用いた上で、「検索エンジンの公益性を考慮しても、更生を妨げられない利益が社会生活において受忍すべき限度を超えて侵害されていると認められるのである」等とし、仮処分決定を認可しました。
ところが、その保全抗告である東京高裁平成28年7月12日決定(原審)は、「『忘れられる権利』は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。…(略)…そうすると,その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。」等とした上で、原決定および仮処分決定を取り消しました。
 そして、既に述べた通り、その許可抗告である最高裁平成29年1月31日決定は、上記のような基準を示した上で、東高高裁(原審)の判断を是認できるとしたわけです。
 

5. 本件では、最高裁は、「忘れられる権利」には触れていませんし、結論として、検索結果からの削除は認められませんでしたが、基準を示して、検索事業者に対し削除請求できる場合があることを認めています。ただし、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」が「明らか」であることが必要なので、ハードルは高めであるといえるでしょうか。
 例えば、逮捕事実の場合、逮捕直後、当該事実は「公共の利害に関する事項」に該当しますが、時の流れとともに、前歴・前科となり、「プライバシーに属する事実」ともなりますから、次第に、「プライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」や「更生を妨げられない利益」が増していきます。具体的に、どのような事実でどのくらいの時が経過すれば検索結果からの削除が認められるのか等、裁判例の集積が待たれます。


The Supreme Court in its decision dated January 31, 2017 showed a ruling (a balancing test) to order deletion of a website link and a snippet containing a person’s privacy from internet search result, however, it rejected an appeal according to the ruling.  The Saitama District Court’s decision dated December 22, 2015 drew public attention because it allowed the deletion mentioning “the right to be forgotten”, while it was overturned by the Tokyo High Court on July 28, 2016. 

2016年5月23日月曜日

名古屋大学で行われた“2016 Fintech Law Asia” & 名古屋城の清州櫓、那古野城跡、本丸御殿等を訪ねて(The Northwest Corner Turret, the Hommaru Palace, etc. of the Nagoya Castle)


1. 名古屋経済大学の法学研究科(大学院)で、今年4月から前期のみ、1コマ、「租税法基礎研究」を担当することになったのですが、その準備に精神的ゆとりを失いつつある今日この頃…(汗)。
 ブログの更新までなかなかままなりません(言い訳です…)。

2. 先月末になってしまいますが、名古屋大学でおこなわれた「2016 Fintech Law Asia」でケンブリッジ大学のロバート・ワードロップ氏の基調講演”The Asia-Pacific Alternative Finance Benchmarking Report-Harnessing Potential”やパネルディスカッション”The Crisis or Rise of Blockchain?”を聴く機会に恵まれました。
 そもそも、Alternative Financeとは何か?伝統的な銀行や資本市場からの資金調達にかわるもの…一般的にIT(情報技術)が不可欠であり、仮想通貨digital currencyやクラウドファンディングCrowd Fundingがこれにあたるのでしょう…。
 ワードロップ氏の調査では、アジア太平洋地域では、中国がダントツに多いようですね。
 日本では、現状、未だ活況を呈しているとは言い難く、法規制も未整備でしたが、金融庁は、今年3月、「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案」を国会に提出ました。同法案には、仮想通貨と法定通貨の交換業者への登録制度導入等、仮想通貨に係る法制度の整備が含まれています。

I participated in the conference “2016 Fintech Law Asia”, which was held at Nagoya University at the end of April.  Mr. Robert Wardrop, Executive Director of Cambridge Centre for Alternative Finance made a keynote speech on “The Asia-Pacific Alternative Finance Benchmarking Report-Harnessing Potential”.  Alternative Finance is the financial instruments and channels emerging outside of the traditional banking or capital market system.
Alternative Finance in Japan is growing rather slowly.
This March, an amendment bill to the Banking Act of Japan was submitted to the Cabinet.  Under the amendment bill, a registration system for digital currency exchangers is to be introduced.

 

3.名古屋城の西北隅櫓(清洲櫓)、那古屋城跡、本丸御殿等を訪ねて

(1)  ゴールデンウイークには、特別公開されていた名古屋城の西北隅櫓をみにいってきました。
 西北隅櫓は、名古屋城の天守閣や御殿が完成した数年後の元和5年(1619年)頃に建てられた、外観3重、内部3階の櫓(矢倉)です。清須城の遺構が利用されたと考えられることから、「清洲櫓」ともよばれています。確かに、柱などに、古材を転用したと思われる痕跡がありました。
 西北隅櫓がある辺りは、御深井丸(おふけまる)といいます。自転車でお城周辺を走るとよくわかりますが、名古屋城の辺りは名古屋台地(以前ブログで触れました。)の北端となっていて、名古屋城から北に向かって下っています。なので、西北隅櫓がある辺りは、天守閣のある辺りよりも低地となっており、「ふけ」、すなわち、湿地だったようです。

    
西北隅櫓"清洲櫓”(重要文化財)
The Northwest Corner Turret
"Kiyosu Turret"

(Important Cultural Property)

    
櫓は平時には武器などの倉庫として使われ、
有事には攻撃のための陣地となります。
手前の柱には、転用の跡がみられます。
These kind of turrets were used
as a storage area for weapons
and sereved as an encampment
in an emergency.

石落とし
A stone-drop window (Ishiotoshi)
     
西北隅櫓から天守閣をのぞむ
The Donjon looking from
the window of the Northwest Corner Turret

以前、キャッスルホテルより撮影した西北隅櫓
The Northwest Corner Turret
I photographed from the Westin Nagoya Castle the ohter day.
(2) 名古屋城は、3回目ですが、裁判所の近くにありますので、城外からは、よ~く、よ~く、みています。1回目は小学生の頃、2回目は愛知万博の頃で、金鯱が地上に降りていて手で触れました(笑)。
 今回改めて思いましたが、皇居はともかく、名古屋城って、他のお城に比べて、やっぱり、大きいです。
 天守閣の石垣も立派!!仕方ないのだろうけど、排水管等は目立ちますね…。
 天守閣(5層、5階+地下1階)は、戦前、国宝に指定されていましたが、残念なことに、戦時中に被災し、1959年に鉄筋コンクリート造で再建されました。再建された天守については、耐震上の問題等により、河村市長が木造で建て直すとの案を公表しています。楽しみです!(個人的には、こういう文化財にも税金を利用してくれると嬉しいです。)
 現在、原則として旧来の材料・工法により再建中の本丸御殿(こちらもかつて国宝に指定されていましたが、戦時中に焼失しました。)の一部(表書院と玄関)が公開されていますが、長い年月を経て、伊賀上野城のように味わいがでてくるのかなあと思うと、楽しみです。

   
天守閣
The Tenshu (the Donjon)
       
小学生の頃訪れた際の名古屋城天守閣
The Donjon photographed
when I visited at the age of a primary schoolchild 
本丸御殿の玄関
The entrance of the Hommmaru Palace

本丸御殿の表書院。藩主と来客や家臣との公的な謁見に用いられた。
The omoteshoin, the main hall was used for official audiences.
   
左から右へ、天守閣、西南隅櫓(重文)、表二之門(重文)
The Donjon, The Southwest Conrner Turret, Front Second Gate
(from the left to the right)

(3) 名古屋城内の二の丸庭園には、「那古野城跡」があります。
 つまり、近世名古屋城は、戦国期の那古野城(一名「柳之丸」)が基になっているのです。
 那古野城は、戦国時代、名古屋台地西北端に築かれた今川氏の城でした。そして、織田信長の父、織田信秀が、那古野城主であった今川氏豊(義元の弟)より、泊りがけで連歌会によばれた際、夜に騒ぎを起こして城外に潜ませた兵を乱入させ、氏豊より簒奪したとされます。『名城と合戦の日本史』(小和田哲夫著)では、この簒奪について、以前の通説であった1532年(天文元年)よりも遅い1538年(天文7年)に生じたとする新井喜久夫氏の説を紹介し、支持されています。
 ということで、1534年(天文3年生)生まれの織田信長は、勝幡城(以前ブログでふれました)で誕生した後、1538年(天文7年)信秀の那古野城簒奪により那古野城に移り、1542年(天文11年)信秀が古渡城(こちらも以前ブログで触れました)を築いて移り住んでからは、幼い信長が那古野城主になって、幼年時代、少年時代を過ごしたということになるようです。

  
那古野城跡
The site of Nagoya Castle Ruins
 

(4) 信長公の居城を総括すると、勝幡城⇒那古野城⇒清須城⇒小牧山城⇒岐阜城⇒安土城となります。最近、お城の話題が続いて恐縮ですが、清州城、小牧山城、岐阜城についても、また、後日触れてみたいなと思います。 

I visited the Nagoya Castle during the Golden Week Holidays to see the Northwest Corner Turret (Seihoku Sumiyagura) which was open to the public only during the Holidays.  The Turret is a three-story building with a roof at each level, and it is said that many materials taken from the Kiyosu Castle were used in building the Turret in around 1619, because Ieyasu Tokugawa ordered, in 1610, the construction of the Nagoya Castle and the abandon of the Kiyosu Castle.

In the age of the provincial wars ahead of Edo era, the Imagawa clan built a castle near the site of the later Ninomaru Palace, which was demolished after the Meiji Restoration.  The recent researchers strongly suggest that Oda Nobuhide seized it from Imagawa Ujitoyo in 1538, and moved in from the Shobata Castle with his eldest son, Nobunaga Oda, the legendary warload of Owari (the western part of Aichi)..

The Hommaru Palace was designated as national treasure in 1930, but burned down during WWII.  The palace is under restoration based on respect for the remaining historical evidence, and only an Omote Shoin (a Main Hall) is now open to the public.

The Tenshu (the Donjon) with six-stories and five external levels, which was also designated as national treasure in 1930,  burned down during WWII, and so, the present Donjon was rebuilt in reinforced concrete in 1959.  On the occasion of Aichi Expo 2005, the golden "Shachi" (an imaginary animal which is said to be able to summon water and have come to be used as charms for preventing fire) was taken down from the roof of the Nagoya Castle and displayed within the grounds of the Castle (I could touch it at that time!).  Nagoya Mayor Takashi Kawamura announced a plan of reconstruction of the Donjon in wood, just as in the original structure, which I really appreciate.

2015年12月29日火曜日

FORTRANを習った学生時代や審査部時代の思い出


1.  今年も、残すところ、今日を入れて、3日。
 年末押し詰まって、久しぶりに、事務所通信をホームページに載せました。
  http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin6/jimushotsushin6.pdf
 今回は、「忘れられる権利」特集号としております。
 「忘れられる権利」とは、今のところ一義的に用いられているとまではいえないかもしれませんが、一般的には、「インターネット上の個人情報について、検索事業者に対し検索結果の削除を求めること」とされています。
 私は、愛知県弁護士会の情報法関連チームに所属しているのですが、先日、チーム会で、「忘れられる権利」について、発表する機会がありました。
 最近、なかなか事務所通信をだせていなかったので、その発表資料を元に…という魂胆だったなのですが(笑)、いざ、まとめはじめると、思ったよりも、時間がかかりましたし、「わかりやすくご紹介」になっていないなあと、反省しきりです(汗)。
→ <後記>
     平成29年1月31日、最高裁が、検索事業者に対する削除請求が認められる判断基準を示しました。。
http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/02/blog-post.html

 
2. そもそも、私が、「忘れられる権利」についてご紹介…というのも、気後れがないわけではないです(汗)。
 情報法関連チーム内には、弁護士の前職等から、情報処理技術にお詳しい方もいらっしゃいます。
 私は、そういう前職はなく、まだまだ、勉強することばかりです。
 ただ、まったく縁がなかったというと、そうでもない…という感じ…です(苦笑)。

 最初に、プログラミングに触れたのは、なぜか、大学の授業。法学部だったのですが、一般教養科目(自然科学)として「コンピュータ」(?科目名は忘れました…)をとったところ、工学部の先生と研究室の学生が手伝いに来られて、FORTRANを習うことに…。最後は、積分を解くプログラムを作った記憶です。成績は、よくありませんでしたが、これが、後に、少々、役に立ったのです。
 というのも、銀行に就職した後、思いもよらず、審査業務をシステム化する部署に配属されたのです。私がプログラムを書くわけではないのですが、全く知らないと困るだろうと、入行後、「MS-DOS」や「C言語」の研修を受けることになりました。
 当時、パソコンはPC9800シリーズ、OSはMS-DOS、表計算ソフトはLOTUS 1-2-3といった頃。ホストコンピューター向けのシステムと、パソコン向けのシステムを開発したのですが、実は、極めて簡単な業務過程をシステム化していたりして、自分で、パソコンでも、マクロをつくって、簡単な検証をしたりしていました。そして、システム設計の打ち合わせや、簡単な検証の際などに、大学の授業での経験が、少しですけれど、役に立ったと思います。どこで、何が役立つかは、わからないものです…。
 とはいえ、情報処理の分野は、まさに、日進月歩。私の経験程度では、現在の情報法の分野を取り扱っていくのに役に立つとは、とてもいえません。
 今年、情報法関連チームで、前職がおありの方等を除いて、ITパスポート試験を受験しよう、という取り組みがありました。私も、今年の9月、若い方にまじって、受験しました。この種の試験は、基礎知識の習得に役立ちますが、やはり、継続して勉強することが肝要です。今後も、情報法やその関連知識の習得に、つとめていきたいと思っています。
パソコンに向かって回答を入力し、
試験終了後、すぐに、結果がわかるのですが
やはり、送られてきた合格証書をみたときの方が嬉しかったです(笑)。

2015年4月21日火曜日

マイナンバー法について


1. 昨日は、二十四節気の「穀雨」だそうで、名古屋では、少し強い雨が降りました。
 今日、外堀を通ると、山吹が咲いていました。
名古屋城外堀(久屋橋付近)のヤマブキ
 
 その隣には、白いヤマブキ…!?
 時代劇で「山吹色の菓子」などとでてくるように、ヤマブキは色(大判小判の色…?笑)の名前ともなっているので、シロヤマブキって変な感じがします。

 
外堀(久屋橋付近)のシロヤマブキ(?)



2.(1) 今日は、マイナンバーの話題を…。
 先週、弁護士会の情報関連法チームのチーム会で、「マイナンバー法」がとりあげられました。最近、新聞等でも、よく目にしますよね。
 「マイナンバー法」は正式名称を、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」といい、平成25年3月に成立しました。その施行は、平成27年10月5日等とされています(政令第171号)。
 すなわち、今年(平成27年)10月から、住民票を有するすべての人に12ケタのマイナンバー(法律上は、「個人番号」といいます。同法2条5項。)が通知され、来年(平成28年)1月から、順次、その利用が開始される…とされています。
 なお、会社法等により設立登記法人や国の機関、地方公共団体にも、13ケタの番号が割り振られます(こちらは、法律上、「法人番号」といいます。同法2条15項)。

(2)  マイナンバー制度導入の趣旨は、内閣官房の資料によれば、複数の機関に存在する個人の情報を同一人の情報であるということの確認を行うための基盤であり、①社会保障・税制度の効率性・透明性を高め、②国民にとって利便性の高い、③公平・公正な社会を実現する、等としています。

(3)  マイナンバー制度は、既に導入されている住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)とどう違うの?と思われるかもしれません。
 実は、「個人番号」の定義規定からもわかるように、マイナンバー(個人番号)は、住基ネットで割り当てられた11ケタの住民票コードをもとに、割りふられます。
 住民基本台帳カード(以下、「住基カード」といいます。)も、マイナンバー制度で平成28年1月から発行される予定の個人番号カードも、どちらも身分証明書として利用できるとされますが、内閣官房の資料では、住基カードは平成28年1月から発行されず、また既に取得した住基カードは、個人番号カードを取得した時点から、廃止するとされています。もっとも、住基カードの交付状況は、極めて低レベルだといいますよね。
 住基カードでは顔写真は選択制でしたが、個人番号カードでは、顔写真を券面に記載しなければなりません。個人番号カードのICチップには、プライバシー性の高い個人情報は記録されないとされますが、券面記載事項である氏名、住所、生年月日、本人の写真等は、ICチップに記録されます。
 また、住基カードは、券面に住民票コードの記載がありませんが、個人番号カードには、個人番号が券面に記載されます。もっとも、個人番号カードに個人番号が記載されるといっても、お店等で個人番号カードを身分証明書として利用する際、店員は、写真等を確認して身分確認するのはいいけれど、個人番号を書き取ってはならない、とされています(同法20条が定める収集等の制限にひっかかるのです。内閣府がだしている逐条解説48頁参照)。
 ちなみに、個人番号カードの交付は、申請によるとされています(同法17条1項)。

(4) 行政によるマイナンバーの利用は、今のところ、社会保障分野、税分野、災害対策分野とされています(同法9条、別表第一参照。なお、逐条解説の9条の解説では、「将来的には幅広い行政分野で利活用することも念頭に置」いているとしています)。
 マイナンバーの利用が開始されると、企業においては、社会保障の分野(社会保障料の支払い等)や税の分野(給与所得の源泉徴収票の作成等)で、マイナンバーの取り扱いが必要となります(法律上、企業は、個人番号関係事務実施者になります。同法2条13項)。
 しかるに、先日の日経新聞では、マイナンバー制度へのシステム対応ができている企業は、2割
弱にとどまっているという記事がでていました。
 この点、今年10月に個人番号の通知がはじまると、従業員から個人番号の提供を受ける等、マイナンバーの取扱いが発生しますから、そろそろ、
特定個人情報保護委員会がだしている「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」等を参照して、準備をはじめた方がよいと思われます。経団連も、「マイナンバー制度への対応準備のお願い」をだしており、主な準備事項として、対象業務の洗い出し、対処方針の検討、マイナンバー収集対象者への周知、関連システムの改修(自社にてシステム構築を行っている場合)等をあげています。上記ガイドラインの安全管理措置については、中小規模事業者向けの特例が設けられ、実務にも配慮しているとされます。
 
気を付けなければならないのは、マイナンバーを利用できる事務は、マイナンバー法により厳しく限定されており(原則として、社会保障や税に関する手続書類を行政機関に提出する等の個人番号関係事務)、本人の同意があったとしても、利用目的を超えてマイナンバーを利用できないことです。せっかく各従業員に固有のマイナンバーがふられるのだから、この機会に、人事考課等もマイナンバーで管理しよう…などということはできません。
 また、万一、企業の情報担当者が従業員のマイナンバーを外部に漏らしたりする場合などを慮って、厳しい罰則が設けられています。企業は、情報管理に一層配慮する必要があり、中小企業においても、マイナンバーの運用開始を、個人情報の取扱全般を見直す機会とするとよいのではないかと思われます。


(5) マイナンバーについては、このブログもしくは事務所通信で、また、とりあげていきたいと思っています。