2020年11月8日日曜日

外れ馬券事件 ~高松事案控訴審判決の報に接して~

1. 11月に入りましたが、名古屋は、本日、小春日和です。

久屋大通公園の木々が色づき
芝生には落ち葉がいっぱいです。

 

2.外れ馬券事件 ~高松事案の控訴審判決の報に接して~

(1) 数日前、大量に馬券を購入していた高松市の男性が、(当たり馬券だけでなく)外れ馬券の購入費用も必要経費として所得を計算するよう求めていた訴訟の控訴審で、東京高裁が、令和2114日、(通常馬券分について)外れ馬券の購入費用を必要経費と認め課税処分の一部を取消していた第一審判決(東京地判令和元年1030日)を取り消し、課税処分は適法であるとして国の逆転勝訴となったというインターネットの新聞記事を目にしました。

(2) 外れ馬券事件については、このブログでも何回かとりあげたことがあります。
<大阪事案>
<札幌事案>
 このブログではとりあげていませんが、他にも、東京事案(東高判平成28年9月29日)や横浜事案(東高判平成29年9月28日)などがあります。
 一昨日には、租税判例研究会があったのですが、たまたま、上記記事の高松事案控訴審判決の原審である東京地判令和元年
114日が題材でした。
 また、昨日、大学院で2年生がいくつかのグループにわかれて中間発表会があったのですが、私のグループには、外れ馬券事件をテーマにした方が複数いらっしゃいました。

  それにしても、同様の争点でこうも判決が続くのは、世にいかに競馬愛好家が多いかを反映しているのでしょうか。

(3)  リーディングケースとなるのは、やはり、大阪事案の上告審判決(最判平成27310、以下、「平成27年判決」。)となります。大阪事案は、馬券を自動的に購入できるソフトを使用してインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を上げていたXが正当な理由なく確定申告書を期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案(刑事事件)です。
 争点は、①当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得に当たるか雑所得に当たるか、②外れ馬券の購入費用を含めた全馬券の購入費用を控除できるかです(ここでは詳しく述べませんが、①において「一時所得」でなく「雑所得」となった方が、②で外れ馬券の購入費用まで「必要経費」として控除を認められやすいことになります。)。
 平成27年判決では、最高裁が、はじめて、所得税法341項「営利を目的とする継続的行為」をどのように判断するかを示しました。すなわち、「所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と判示したのです(ここが、前回10月のブログで触れた規範を定立している部分ですね。)。
 この規範部分をみると、「営利を目的とする」(営利目的該当性)「継続的行為」(継続的行為該当性)をわけることなく、総合考慮の考慮要素として、行為の態様(期間、回数、頻度等)利益発生状況(規模、期間等)を挙げています。この点、最高裁判例解説(楡井英夫)は、「継続的行為」という文言に照らせば、行為の態様(期間、回数、頻度等)が考慮要素になるのは当然のことと思われる一方で、「営利を目的とする(行為)」については、主観的動機を有するだけでは足りず、かといって、客観的にみて利益が上がる行為に限定すると過度の限定となるから、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為であればよい、としています。
 そして、平成
27年判決のあてはめ部分は、継続的行為該当性と営利目的該当性をわけずになされています。

(4)  次の札幌事案では、同種の争点で争われた民事事件ですが、X(納税者)は、大阪事案と異なり、馬券を自動的に購入できるソフトは使用していませんでした。一審判決は、Y(国)勝訴(一時所得に区分。外れ馬券の購入代金は控除不可。)、控訴審はX勝訴(雑所得に区分、外れ馬券も控除可。)。そして、最高裁がYの上告を棄却する判決をしたのが、最判平成291215(「平成29年判決」)です。平成29年判決には、理由もついていて、最高裁判例解説(三宅知三郎)もあります。
 規範部分をみると、平成29年判決では、平成27年判決を引用し、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と判示しています。このように、平成27年判決と平成29年判決の規範部分は、まったく一緒です。
 もっとも、そのあてはめ部分は、平成27年判決と異なり、「継続的行為といえる」かと、「客観的にみて営利を目的とする」かを、はっきりとわけて検討しています。この点について、最高裁判例解説は、「このような検討ができることについては平成27年最判の調査官解説においても既に示唆されていたところであり、本判決が平成27年最判と異なる判断枠組みを用いたものとは解されない。」と記しています。
 ところで、平成29年判決の営利目的該当性で具体的に検討されているのは、利益発生の規模、期間であり(「上記のような馬券購入の態様に加え」という文言は入っています)、しかも、「客観的にみて営利を目的とするものであった」という結論をだすのに、「Xは回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえる」という評価が入っています。この点について、最高裁判例解説は、「回収率が総体として100%を超えるようにXが選別して馬券を購入し続けたと評価できる以上、そのような行為客観的にみて利益が上がるものと期待することができる」とし、また、「本判決は、回収率が100%を超えるようにXが馬券を選別して購入し続けてきたと評価するに当たってXの馬券購入態様を根拠の一つとしている」とも記されています。
 この回収率が100%を超えるという評価部分は、平成30629日付で一部改正された所得税基本通達34-1(2)の注1にしっかりと取り入れられています。
 さて、ここで問題となるのが、そうはいっても、回収率が100%を超えるという評価は、事後的にしかできないのではないかということ。平成29年判決や最高裁判例解説をみると行為態様も勘案しているとあり、実際、そうでしょうが、考慮要素の「行為態様」にも「利益発生状況」にも、「期間」が入っていて、そのような行為が相当期間において回収率100%を超えてはじめて、「客観的にみて利益が上がるもの期待」できるといえるのであれば、営利目的該当性は、事後的、しかも、相当期間経過後(平成29年判決では6年間)にしか判断できなくなってしまうようにもみえます。もしそうだとすると、申告時には所得分類がはっきりしないケースがでてくるのではないかという危惧をぬぐいきれないように思います。
 また、次に述べる高松事案のように、複数年のうち、1年でも回収率が100%を下回ると、営利目的該当性は否定されてしまうのだろうかという疑問が生じます。

(5)  冒頭の高松事案の控訴審判決(東高判令和2114日)の判決文は入手できていません。
 原審の東地判令和元年1030日についてみてみると、規範部分は、平成27年判決、平成29年判決を引用していて、まったく同じです。
 原審で特徴的だったのは、通常馬券的中による払戻金とWIN5に係る馬券の的中による払戻にわけて検討し、前者は雑所得(Y(国)の一部敗訴)、後者は一時所得と判示した点でしょう(このように馬券の種類によりわけて検討する手法も、議論の対象になるところでしょう。)。
 そして、控訴審では、おそらく、通常馬券に係るY敗訴部分が取消されたものと思われます。というのも、この事案で処分の対象となったのは、平成24年から平成26までの所得なのですが、通常馬券購入に係る損益は、平成24年には約790万円の損失がでていたのです。原審は、営利目的該当性のあてはめ部分で、「Xは,平成22年以降の5年間のうち4年間で,年間を通して利益を上げており,その金額は約516万円(平成25年)から約1376万円(平成23年)に及ぶのであり,平成24年に約790万円の損失が生じているものの同年の回収率は中央競馬の平成24事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持しているのであるから,上記のような馬券の購入行為の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等によれば,Xは回収率が総体として100%を超えることが期待し得る独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けていたということができ,そのような原告の上記の一連の行為は,客観的にみて営利を目的とするものであったといえる」と判示しました。4年間のうち1年くらい100%を下回っても(その年度の平均払戻率は超えているし)、総体としては100%を超えることが期待し得る購入だったといえるよ、というわけです。この点が、控訴審で変更されたようで、インターネットの新聞記事によれば、件の24年は約790万円の損失を計上しており、「恒常的に利益を上げていたとまでは認められない」として営利目的該当性を否定したようです。
 こうしてみてくると、平成29年判決は、平成27年判決と異ならない判断枠組みであるとしながら、営利目的該当性について、客観的にみて利益が上がると期待し得ると評価するには回収率が100%を超える必要があると示したようにみえるため、これでは、客観的にみて利益が上がる行為に限定」したようなものであり、租税法規の行為規範性や予測可能性、法的安定性などの観点から、問題が生じているように思われます。