1. 今月(8月)は、千葉豪雨に続いて、富山、石川、福井でも豪雨が発生しました。被災された地域の方々、被害者の方々に、心よりお見舞い申し上げます。
2. 一昨日(2026年8月29日)、租税訴訟学会の令和8年度研修・研究大会における、元最高裁判所判事の宇賀克也名誉教授の講演を、オンラインで拝聴する機会がありました。
宇賀克也名誉教授は、最高裁判所判事として、このブログでもとりあげたことのあるマンション評価事件の上告審判決(最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁)にも関与されており、また、5月に出版された『管見最高裁判所』も話題になっていたので、ご講演をとても楽しみにしておりました。
(1) 第1部は、「最高裁で考えたこと(その1) 最高裁で審理した行政事件」と題され、宇賀名誉教授が、最高裁判事として関与された行政事件、租税関連では、マンション評価事件のほか、タキゲン事件(最判令和2年3月24日集民263号63頁)などについて、事案の概要や判決文の紹介を中心に進みました。また、「小法廷の壁」を超えられなかった例として、反対意見を書かれた法人税青色申告承認取消事件(最判令和6年5月7日判タ1523号66頁)などをあげられ、立法論として、小法廷で、2名以上または1名でも、大法廷回付に賛成すれば、これを可能としてもよいのではないかという提案をされていました。
(2) 第2部は、「行政における適正手続保障」と題され、まず、平成6年10月に施行された行政手続法(平成5年法律第88号)が租税の賦課徴収手続を全面的に適用除外にすることとなった経緯に触れられ、その後に、法人税青色申告承認取消事件について掘り下げて説明してくださいました。
前者については、行政手続法の要綱案を作成した第3次行革審公正・透明な行政手続部会において、当時の大蔵省が、事務次官経験者2名の部会メンバーを通じて、適用除外をするよう強硬に主張し、これに対し、何事においても筋を通される角田禮次郎部会長(内閣法制局長官も務めた元最高裁判所判事)と塩野宏部会長代理が租税の賦課徴収手続のみ適用除外にする合理的理由はないとして頑とこれを受け入れず、最終的に、高度な政策的判断として、行政手続法本体には、租税の賦課徴収手続を全面的に適用除外する規定は設けないが、大蔵省がどうしても適用除外にしたいのであれば、整備法の制定過程で、立案当局、内閣法制局を説得する理由を考えるべきだという解決がはかられたのだという裏話を披露されました。このような解決がはかられつつも、答申には、「特定の行政分野について独自の手続体系が形成されるもの」については、「個別法で、行政運営の公正の確保と透明性の向上を図る観点から必要に応じて規定の見直しを行った上で、行政手続法の適用除外措置を講ずることが適当」という文言が入ったそうです。
後者の法人税青色申告承認取消事件については、多数意見は「このことは、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁(筆者注:成田新法事件)の趣旨に徴して明らかである」と判示するのみで、ほとんど全く理由を述べていないに等しい、と指摘され、その結果、自らの反対意見は、原審の判断への批判となったのだと説明されました。そして、原審が適用除外を認める理由は、いずれも、合理的理由たり得ないと指摘され、たとえば、国税不服審判所の審査請求があるから事前手続はおよそ不要ということにはならないこと、青色申告承認取消処分が大量反復的に行われるという理解は、我が国の実際の税務行政の姿から乖離していること、聴聞に相当する手続は、地方自治体のそれをみてもだいたい1回で終わるなど、迅速性の要請に照らして無理を生じさせるとまでは思えないこと、むしろ、我が国の税務行政の過小評価になることなどをあげておらました。また、成田新法事件は、新東京国際空港の開港を実力で阻止することを試みる集団が設置した工作物使用禁止命令に係る事前手続の要否が問題になった事案で、青色申告承認取消が問題となった本件とは全く事案を異にするともおっしゃっていました。
宇賀名誉教授は、更に、同事件においては「上告理由のうち憲法31条違反をいう部分」のみが上告受理されており、その余は、これに先立つ最決令和6年3月27日で、「裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する」として、不受理決定となった経緯について、説明されました。この点、宇賀名誉教授が最高裁判事に就任した当時、多数決で不受理決定となった場合、上告不受理決定に反対する判事がいても、「全員一致で」と記載される運用となっていたところ、これを変更するようかけあって、2021年5月か6月頃から、反対意見がある場合にその旨記載されるようになったのだということです(もっとも、反対意見を書くことはできない運用を変更することはできなかったそうです。)
ということで、宇賀名誉教授は、本件において、上告不受理決定に反対した理由、すなわち、本件処分が理由付記の不備により違法であるかという争点についても上告受理決定すべきであると考える理由について、説明してくださいました。宇賀名誉教授は、青色申告に関するこれまでの判例の蓄積や、最判昭和60年4月25日民集39・3・350、建築士の懲戒処分に関する最判平成23年6月7日民集65・4・2,081などについて触れられ、青色申告承認取消については、事務運営指針があり、本件は、事務運営指針「4」記載の「2事業年度連続してその提出期限内に法第74条第1項の規定による申告書の提出がない場合」にあたるところ、事務運営指針「5」では、「4に該当する場合においても、役員その他相当の権限を有する地位に就いている者が知り得なかったこともやむを得ないと認められるなどその事実の発生について特別な事情があり、かつ、再発防止のための監査体制を強化する等今後の適正な記帳及び申告が期待できるなど、取消しをしないことが相当と認められるもの」には「所轄国税局長と協議の上その事案に応じた処理を行うものとする」とされているのであるから、これにあたらないという理由も付記すべきである、本件ではこれが付記されていなかったのであるから、本件処分が理由付記の不備により違法であるかという争点について不受理決定とすることに反対した、とおっしゃっていました。
また、質疑応答では、青色申告承認取消は条文上「できる」となっていて裁量行為にあたると考えられるところ、裁量行為の判断過程審査については、学説が、従来の社会通念審査のみならず判断過程審査を行うべきであると主張してきた結果、裁判所でも徐々に取り入れられている、しかし、勿論、租税行政においては裁量のない羈束行為も多く、その場合、こういった手法を用いることはできない、と回答されていました。
(3) なお、質疑応答においては、マンション評価事件上告審判決が「租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。」と判示したことについて、①憲法14条には言及されていないが、「租税法上の一般原則としての平等原則」というのは、租税法に内在する条理のようなものか?②行政法ではなく、「租税法上の」としているのは、租税法に固有な租税法律主義などへの考慮もこめられているのか?という質問もありました。
これに対し、宇賀名誉教授は、①行政法上の一般原則には、比例原則や平等原則があるが、比例原則は一般的に憲法13条、平等原則は憲法14条から導くことができるところ、憲法上の原義を排除するものではない。あえて憲法に言及しなくても、憲法から導かれることを前提とした判示である、②行政法上の一般原則と言っても、本件では租税法律主義の適用はあるので問題ないが、租税法については、憲法で租税法律主義が明記されており、これが問題になることもあるので、そのようなことを念頭においてああいう表現になった、と回答されていました。
ここは個人的に関心があるところだったので、大変興味深く拝聴しました。というのも、同判決の最高裁判例解説(判解)では、「ここにいう『租税法上の一般原則としての平等原則』は行政法の一般原則…の1つとされる平等原則と同義であろう。本件においては、立法の内容ではなく法令の適用における公平…が問題となっており、憲法論に立ち入る必要がないことから、本判決は、法律レベルの平等原則を問題としているものと思われる。」と記載されており、その意味するところが、必ずしも、判然としないからです。昔、習ったところによれば、憲法14条1項は「法の下に」と規定していることから法適用の平等は当然含まれるけれども法内容の平等も含まれるのか、という古い論点があったくらいなのに、なぜ、「法令の適用における公平…が問題」となっていると、「憲法論に立ち入る必要がない」のでしょうか。なお、脇谷弁護士は、憲法判断をしていないことについて、「本判決は、憲法違反を理由とすることが許されない上告受理申立理由についての判断だからである。」としており、なるほどと思いました。もっとも、脇谷弁護士は、「相続税法22条に求めることは誤りである」ともした上で、「条理に基づく平等原則の適用の問題と位置づけたものとすると、法執行における異なる取扱いも条理に基づく平等原則に違反しない限り許されるということになりかねないのではないか。」などとも指摘されています(税法学593号)。
ところで、判解は、脚注で宇賀名誉教授の『行政法概説Ⅰ(第8版)』67~71頁を参照引用しており、同67頁には、「行政機関が合理的理由なく国民を不平等に取り扱ってはならないことは当然であり、平等原則は日本国憲法14条により基礎づけることも可能であるが…、法律による行政の原理と平等原則とが抵触する場合にいずれを優先させるかは困難な解釈問題である。」とし、「この点が問題になった」裁判例として、スコッチライト事件(東高判昭和44年9月30日高民集22巻5号682頁)があげられています。宇賀名誉教授は、租税判例百選第3版から第6版において、スコッチライト事件を担当されていますね。そして、「他のすべての税務行政庁が正しい法解釈のもとに課税しているにもかかわらず、1つの税務行政庁が誤った法解釈のもとに課税した場合には、…略…租税法律主義と租税平等原則の関係についての検討というという問題は生じないし、あえて租税平等原則違反を持ち出すまでもない」とし、「特定の課税処分が、法律に適合しているにもかかわらず、そうでない多数の課税処分との関係で、違法とされることがありうるのかという問題に限定して解説することとしたい。本件判決も…このカテゴリーの問題について判示したことになる。…略…筆者も租税法律主義と租税平等原則が拮抗関係に立った場合、後者が優先されるケースが皆無とまでは考えない。…略…多数の税務行政庁が違法に過大な課税処分をした場合、適法な課税処分を租税平等原則違反として違法とすべきではなく、過大に課税した分を還付することによって違法状態と不平等状態の是正を図るべきであろう。」等と記載されています。このような場面では、法律に適合する特定の課税処分を受けた納税者が、一般原則たる租税平等原則や信義則により救済される結果となるのではないでしょうか。
マンション評価事件はどうでしょうか。
判解は、「本判決は、『特別の事情』という概念を用いず、…略…①課税庁の主張額が租税法22条に違反しないか、②通達評価額によらないことが租税法上の一般原則としての平等原則に違反しないかをそれぞれ検討すべきものとした。上記、①②は性質の異なる別個の問題であり、これらを区別せずに『特別の事情』の有無の問題として処理することには無理がある。」としています。しかし、このように、①相続税法22条違反と②一般原則違反を別個の違法事由としたことにより、たとえ通達評価額と時価との乖離が著しくとも、通達評価額よらない課税が時価を上回らない限り違法事由とはならず、あとは、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があれば、特定の納税者にのみ、通達評価額によらない課税処分をしても、平等原則に違反せず、違法とはならないとなってしまいます。結局、宇賀名誉教授も講演でおっしゃっていたように、これまで、課税庁が総則六項に基づき「特別の事情」がある場合には通達評価額によらない課税処分を行ってきた課税実務のまま、ということになってしまうのではないでしょうか。判解は、「時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではないと解される。」としますが、少なくとも、このような租税法の一般原則たる平等原則の適用は、租税法律主義からみて問題を含む場面のようにみえ、しかも、納税者を救済する場面でもないと思われます。この点、佐藤英明教授は、最高裁には、「いわば、租税回避行為を行う当事者が、租税回避行為であることを認識していれば、それを否認しても当事者の予測可能性を害することはなく、租税法律主義に違反しないとする理解」があると指摘されます(「最高裁判例に見る租税法規の解釈手法」山元敬三=中川丈久編『法解釈の方法論-その諸相と展望』)。この理解は、権利濫用という一般原則が用いられたようにみえなくもない外国税額控除上告審判決(最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁)や132条の2の不当性要件において権利濫用基準が用いられたヤフー事件上告審判決(最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁)などの判解にでてきます。そして、マンション評価事件上告審判決は、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」の検討において、「租税負担の軽減をも意図してこれを行った」と認定しており、判解は、「このような意図すら有しない納税者が、たまたま生じた租税負担の軽減の結果、当該財産の価額を通達評価額を上回る価額によるものとされることを予測するのは困難といえるのであり、上記意図は、納税者の予測可能性を確保する観点から要求されているものと解される。」と解説しています。租税回避について、清永敬治教授は、「租税回避というとき、一般にややもすると、租税回避行為は許されない行為であると考えられがちであるが、これを禁止するための規定がない場合には、租税回避があるからといってこれが税法上否認されることはないのであるから、租税回避行為はその限りで税法上承認されている行為に他ならないと考えるべきものである。」(『税法〔新装版〕』)とされているところ、マンション評価事件は、租税回避の意図すら要求しておらず、税負担軽減の意図を要求しているようにみえます。この点、浅妻章如教授は、「本判決が明言を避けたことを弁えつつ、租税負担軽減の『意図』が反公平事情の必要条件であるという方向につき、以下のように評者は懐疑的である。第一に、『公平』という語は分配的正義の文脈で用いられる語であり、状態に着目する。…略…第二に、従来、租税負担軽減取引を選ぶ自由は尊重されてきた。」(浅妻章如「判批」民商法雑誌159巻2号)と指摘されています。