2022年6月9日木曜日

素朴な質問 あれこれ

 日々に気づく素朴な疑問が物事の本質にかかわっていたり、難問への入口だったりすることって、あるような気がします。そして、そういう素朴な疑問は、多くの場合、大変優秀な先人達が疑問を解消してくださっていたり、深く取り組んでいてくださることが多いです。

思い出すと、幼稚園のお便りに、「『なぜ』がいっぱいですね」と書かれ(先生を困らせていたのでしょうか…震)、長じても、色々な疑問が浮かんでは消えていきます(笑)。

 

1.慣性の法則(なぜ電車の中でジャンプしても後ろに飛ばされないの?)

 小学生の頃、電車に乗っていて、どうして走っている電車の中でジャンプしても後ろに飛ばされないのだろうと、急に不思議に思うようになりました。

 そこで、思いきって、小学校の担任の先生に質問すると、「地面でジャンプして同じ位置に着地するのは普通だと思っているかもしれないが、地球はものすごいスピードで自転しているんだぞ。動いている物にのっている人は、その動いている物と同じスピードで動こうとするから、ジャンプしたからといって、急にその場に留まったりしないのだ。」と教えてくださいました。地球は自転していると知識では知っていましたが、地面がそんなすごいスピードで動いているとは想像できなかったので、ビックリしたものです。中学校に入ると、これは慣性の法則という、ニュートンの運動3法則の第一法則の話なのだと知りました。

 2.国税徴収法に基づく差押(なぜ滞納処分の差押では令状がいらないの?)

  山口県阿武町で4630万円が誤って振り込まれた問題では、当初のなぜ仮差押を迅速に行わなかったのかという批判が、国税徴収法を用いた代理人弁護士の豪腕への賞賛に変わっていったように思えます。

 (誤振込について、似たような?経験があったことについては、以前のブログで触れました…苦笑)。

 国または地方公共団体は、履行の催告として督促を行いそれでも租税が完納されないときは、納税者の財産から租税債権の強制的満足を図ることができます。このような納税者の財産から租税債権の強制的実現を図る手続を滞納処分又は強制徴収といいます(金子宏『租税法24版』1037頁)。

 国税の滞納処分に関する一般法として、国税徴収法があり、関税及び地方税の滞納処分については国税滞納処分の例によることとされています。

 私は、以前、何度か、地方公共団体で債権回収の研修をしたことがありますが、それは、滞納処分という簡易かつ強力な債権確保の方途を与えられていない私債権と非強制徴収公債権に関するものです。やはり、滞納処分ができない債権については、地方公共団体は債権回収に苦労するようですね。

 滞納処分は、狭義の滞納処分と交付要求にわかれます(後者の交付要求は、現に進行中の強制換価手続の執行機関に換価代金の交付を求め、それによって租税債権の満足を図る手続で、弁護士としては、破産管財人をしているときにでてきます。)。

 前者の狭義の滞納処分においては、国税徴収法47条が、「次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならない。(以下略)」と規定しています。

 私が国税局で任期付職員をしていた頃、何かのきっかけで、滞納処分による差押の話になり、憲法35条は捜索差押について令状主義をとっており、いわゆるマルサ(国税局査察部)の犯則調査であっても、「地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により」(国税通則法1321項)捜索差押する必要があるのに、滞納処分による差押で令状がいらないのはおかしいのではないかと疑問に思ったことがありました。その際、自分が所有する憲法の基本書などを含め、色々と調べてみてみましたが、満足いく回答は得られませんでした。

 しかし、今回の報道に接し、ふと、単純なことに気がつきました…。債務者が任意に債務を履行しないとき、近代国家では債権者が自力救済をはかることは禁止されており、勝訴判決など債務名義という国のお墨付きを得て、裁判所の強制執行を利用することにより、はじめて権利実現が可能となるところ、滞納処分の場合、国のお墨付きや強制執行が不要なだけなのではと…。

 金子先生の『租税法』を改めて読むと、「私法上の債権については、原則として、その存否および金額について裁判所の判断を経たうえ、司法機関にその履行の強制を求めなければならない。これに対し、租税については、その存否および金額を確定する権限(確定権)と任意の履行がない場合に自らの手で強制的実現を図る権限(強制徴収権・自力執行権)とが租税債権者たる国および地方団体に与えられているわけであるが、これは、租税の確実かつ能率的な徴収を図るためである。」と記載されています。

 阿武町では、昨日(68日)付けで取立権が発生し、約4290万円の回収が完了したと報道されています。全額回収まではいっていませんが、ひとまず、よかったですね。

 3.売買契約において目的物を受領したことによる収入金額の有無(なぜ、売買契約において、売主は代金を受領すると収入金額とされるけど、買主は目的物を受領しても「経済的利益」とならないの?)

  先月、税法学会中部地区で、「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」という題で、審査請求において請求人の代理人をつとめた案件の報告をする機会がありました。

 主要な争点は、

①審査請求人に本件各返礼品の受領による経済的利益があり、これを一時所得の金額の計算上総収入金額に算入すべきか否か

②本件各返礼品の受領による経済的利益があり、これを一時所得の金額の計算上総収入金額に算入すべきである場合、本件各評価額が過大であるか否か

 です。

  このうち、①の争点は、現在のように、多くの地方公共団体が、ふるさと納税を仲介する民間のウエブサイト(よく宣伝されているあれです…)を用いて、「所定の寄附をしてくれれば返礼品を提供する」と約して寄附を募集している実態に鑑みれば、返礼品は寄附の対価となっているという事実があり、それを前提としています。

 ふるさと納税の返礼品の受領については、国税庁が一時所得にあたるとの見解(質疑応答事例「『ふるさと納税』を支出した者が地方公共団体から返礼を受けた場合の課税関係」)をだしていますが、この見解がだされたのは、ふるさと納税制度が導入された直後の平成22年であり、一部報道で「官製ネット通販」と揶揄されるほどふるさと納税を仲介するウエブサイトが整備される以前のことです(平成27年度以降、ふるさと納税制度の利用が大幅に増加し、いわゆる返礼品競争が生じたといわれています。)。

 一時所得にあたるというためには、所得税法341項の規定から非対価性要件を充たす必要であるところ、返礼品は寄附の対価となっている事実を前提とすれば、非対価性要件を充たすことはないと考えられます。

  それでは、雑所得になるのか。そのような学説もありますが、私は、そもそも、「経済的利益」(所得税法361項)がないのではないかと考えています。

 というのも、売買契約において、目的物を受け取った側が課税されるというのは聞いたことがありません。これは対価を支払っているからではないかと考えたのです。

 調べてみると、岡村忠生他『ベーシック税法第7版』(有斐閣・2013年)にABに物を売って代金(金銭)を得る売買契約において、Aが受け取る代金は「収入金額」となるが、Bが受け取る物は「収入金額」とならないことについて、記載がありました。ただし、「金銭を出せば収入金額はなく、物を出せばある。収入金額があるかどうかは、入ってきた方ではなく、出て行った方で決まる」という説明で、恥ずかしながら、いまひとつ、しっくりきませんでした。

 税法学会の報告では、出席されていた先生(教授)から、「収入金額に関する一考察」(岡村忠生、法学論叢158巻第56192頁)に、「所得税法を学びはじめた学生がしばしば陥る難問に、資産を購入したとき、収入金額はどうなるか」がとりあげられていると教えていただきました。

 拝読すると、確かに、初学者が気がつきやすいかもしれない…、しかも…、難問だなあ…と思った次第です。

 

2022年5月8日日曜日

ユニバーサルミュージック事件最高裁判決(最判令和4年4月21日)

1. 今日は、3年ぶりの行動制限なし、最大10連休といわれるゴールデンウィークの最終日ですね。
 私は、滋賀県にランチをいただくためにドライブした以外は、自宅でゆっくり過ごしました。
 懸案だった自室の片付けも、少しだけ、成果がありました。
 ところで、コロナの第6波はピークアウトしたのでしょうか…。
 日本はマスクを義務化していない分、マスクの習慣がなくなるのは、当分先のことに思われます…。
 コロナに次いで、最近の話題として思い浮かぶのは、まず、ロシアのウクライナへの侵攻です。ウクライナで、人々が爆撃に慣れ、日常が戻りつつあるという報道をみて、本当に、胸が痛みます。ウクライナへの侵攻については、米国がいち早く警告していたわけですが、これが現実のものになってはじめて、チェチェン、ジョージア、クリミヤなどへの侵攻の際に、国際社会はどう対応していたのだろうかと、改めて考えさせられました。何ごとも蟻の一穴からといいますが、そういう変化を見落とさないように…と思わずにはいられません。

 

2. 先日、ユニバーサルミュージック事件の最高裁判決(最判令和4421)がでました。
 ユニバーサルミュージック事件については、控訴審判決までをとりあげて、租税訴訟No.142021615日発行)に寄稿したことがあります。
 事案の概要はそちらに譲りますが、いわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down。一般に、親会社が、借入金の返済に係る経済的負担を、企業グループの資本関係の下流にある子会社に負担させること。)の事案だといわれています。
 最高裁は、納税者Xを勝訴とした第一審、控訴審を支持し、国Yの上告を棄却しました。
 この事案では、Xのグループ会社からの借入れ(本件借入れ)に係る支払利息の損金算入(の原因となる行為)を、法人税法1321項(同族会社の行為計算否認規定)を用いて否認したので、1321項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(いわゆる不当性要件)を、最高裁がどのような基準を用いて判断するのかが注目されていました。
 この点、最高裁は、「同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である。」と判示し、これまでの判例・通説である経済合理性基準を採用しました。
 その上で、最高裁は、「同族会社等による金銭の借り入れが上記の経済的合理性を欠くものか否か」と本事案に即した問題提起をし、総合的に考慮して判断すべき諸事情として、「当該借入れの目的や融資条件等」をあげつつも、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることになる。」とし、更に、「当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出するなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」と判示しました。
 どうでしょうか…。不当性要件の判断基準はやはり複雑になってきている気がしてしまいます。ただ、経済合理性基準は堅持されているんですよね(この基準は、「不当」という文言が条文にない時代から判例にあらわれたものなんですが…)。
 ということで、不当性は経済合理性の有無で判断する、でも、総合考慮すべき諸事情について、金銭の借入れに射程をしぼり、目的、融資条件等をあげている。でも、グループ内での借入れで全体的に経済的合理性を欠くかが問題となる場合に考慮すべき事情は、先にあげた諸事情のうち、目的(当該借入れによって資金需要が満たされることで達せ得られる目的)で評価するとし、さらに、一連の取引全体で経済的合理性を欠くか否かを判断するときに考慮する事情として、①及び②をあげている…。ちなみに、①及び②は、下表の通り、ヤフー事件上告審判決(最判平成28229日)が採用した制度濫用基準における濫用の有無を判断する際に考慮すべきとした「事情」に似ており、それは、金子宏教授の異常変則性・事業目的併用説に遡るといわれています。
 ①及び②という事情を考慮すべき場面をこんなに限定する必要があるのでしょうか…。というか、他の事件で経済合理性を判断する際、たとえば、グループ内の借入れではないけど、グループ内のスキーム全体で経済的合理性の有無が問題となるような場合に、①及び②という事情は考慮されるのでしょうか。最高裁判例解説がでれば、きっとこの問いにこたえてくれることと思いますが…。
 というのも、最高裁は、あてはめ部分で、ⓐ本件借入れがその目的において不合理と評価されるか否か、を検討した上で、ⓑ本件借入れに係るその他の事情を考慮して、本件借入れが経済的合理性を欠くかを判断しているのですが、ⓐでは、今回の本件組織再編取引等には、日本の関連会社の資本構成に負債を導入する目的があったこと、その結果として、本件支払利息の損金算入により大幅に法人税の額が減少したことを認め、合併前に多額の利益が生じていたXの税負担の減少がその目的に含まれていたことまでを認めているのです! でも、本件組織再編取引等には別に合理的な目的があり、①通常は想定されないような手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、②税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる、として、本件借入れはその目的において不合理と評価されないという結論を導いています。つまり、税負担軽減目的を認めながら、他に事業目的があるからOKといってることになります。企業がある事業目的を達成しようとするときに、税負担が少しでも少なくなるような方法を選ぶのは当然のことですから、双方の目的が混在する場合にこのように判断してくれるのなら、是非、経済合理性の考慮事情にはっきりと事業目的の有無をいれてほしいですよね。
 なお、最高裁は、ⓑの部分では、本件借入れが無担保で行われ、しかも、本件借入れが一因となってXが債務超過になってしまったことにより、本件借入れに「独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点」があると認めています。しかし、これについても、本件借入れがグループの内国法人を支配下におくための株式購入代金だったこと、本件借入れの利息や返済期間はXの予想される利益に基づいて決定されていうことなどから、「このような点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い。」と結論づけています。
 以上は、ざっと読んだ感想まじりの判決文紹介でして、これから沢山の評釈がでると思うので、引き続き、勉強していきたいと思います。

 

本判決のあげる事情

ヤフー事件上告審の事情

異常変則性・事業目的
併用説(金子説)

①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出するなど、不自然なものであるかどうか

①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか

①当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か

②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか

②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか

②その行為・計算を行ったことにつき租税回避以外に正当合理的な理由ないし事業目的があったと認められるか否か

 

  

2022年1月5日水曜日

令和4年が明けました

 

令和も4年目となりました。

今年は寅年(壬寅、みずのえとら)ですね。

虎は毘沙門天の使いということで、帰省した折りに、神楽坂の毘沙門天(善國寺)に初詣でにいってきました。
今年こそは、マスクを手放し、コロナ禍以前の日常が戻りますように…。

神楽坂というと
バブルの頃に飲みにいきだす前に読んだ
「忍ぶ川」を思い出します。

狛虎だそうです。


2021年12月28日火曜日

年の瀬

1.今日は仕事納め。年の瀬を迎えました。
 ブログについてはすっかりサボり癖がついた感があります…。
 興味を持った判例などにブログで少しでも触れたりすると、ただ読むよりもずっと勉強になるので、細々とでも続けているのは、正直、自分のためです。
 歳は誰しも等しくとるとはいえ、この辺りからは日々のちょっとした心がけで差が生じていくような気がします。
 気を引き締めつつ、新しい年を迎えたいと思います。

2.前回のブログで触れた“ちょっとした寄稿”が世にでました。
 日本組織内弁護士協会編著『日本組織内弁護士協会 20年のあゆみ』(中央経済社、2021121日発行)です。
 私は「第1章 組織内弁護士発展の歴史」の中の「第2期 発展期(2006年から2011年)」に「愛知における組織内弁護士の曙」と題して、寄稿しています。
 私の知る限りでは、私は愛知県弁護士会に所属する組織内弁護士第2号です。当時は、弁護士になる前に社会人経験(銀行員)があったり、弁護士になった後に企業(テレビ局)に入ったり任期付公務員(国際税務専門官)になったりするのは、幾分、珍しかったように思います。今は、珍しくもないですけど…(笑)。
 組織内弁護士時代は既に記憶の彼方に消えつつありましたが、お声をかけていただいたお陰で何とかその頃のことを思い出してまとめることができ、感謝しています。興味がある方は、お手にとっていただければと思います。
 なお、現在、別の本を執筆中(共著者の一人)なので、出版されましたら、また、ご報告致します。

3.I wish you a Happy New Year!


今年のツリーは北欧風。
窓に飾ったトムテ(トントウ、ニッセ)の多くは
母からの贈り物。



2021年8月15日日曜日

お盆

 

1.今日は、終戦の日。旧盆というか、盂蘭盆でもありますね(名古屋に来てからは、お墓参りは8月になりました)。
 第5波のピークアウトはいつ頃になるのでしょうか。今年も、お盆の実家への帰省は見送りです。
 開催について賛否わかれたオリンピックは閉会しましたね。やはり、ひたむきに取り組んできたアスリートの活躍をみると胸を打たれます。
 

 

久屋大通公園に面した建設中のビル。
大雨がやんで流れる雲がきれいに写っていました。

2.租税訴訟No.142021615日発行)に、ユニバーサルミュージック事件についてまとめたものが載りました。昨年、租税訴訟学会の名古屋支部研修会でお話しした際の資料に少し手を加えたものです。
 それから、他にも、ちょっとした寄稿を致しましたので(租税法ではありません)、世にでましたら、またお知らせ致します。

 

2021年5月5日水曜日

賦課決定方式における税額の増減

 

1.GWも本日で終わり…。 名古屋では、朝から雨が降っています。
 東京、大阪、京都、兵庫を対象に、3回目の緊急事態宣言が発出されている中でのGW
 コロナ禍について、昨年のGWからどのような進展があったのかと思い巡らしています。

   ↓ 左が今日の写真、右はGWに入った頃の写真です。

 



2.賦課決定方式における税額の増減

(1) 租税の中には、自動確定するものもありますが、多くは、税額の確定に特別の手続が必要とされていて、その手続には、申告納税方式と賦課課税方式があります。
 地方税では、後者の賦課課税方式(普通徴収)が原則的な方法とされていて(金子宏『租税法』)、普通徴収の方法によって徴収する地方税の税額を確定する処分を「賦課決定」といい(地方税法17条の411号)、納税通知書が交付されることになっています(地方税法1167号)。
 地方公共団体の相談を受けた際、疑問におもったことがあるのが、賦課課税方式の場合に、地方公共団体が税額を増減変更する手続です。

(2)  賦課決定は、法定納期限の翌日から起算して3年を経過した日以後においては、することができません(地方税法第17条の53項)。
 これに対し、更正又は決定は、法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後においては、することができません(地方税法第17条の51項)。
 素朴な疑問として、賦課決定方式の税についても、更正処分で対応することはできるのでしょうか。

(3) この点、『地方税法総則逐条解説』(地方税務研究会編)では、賦課決定方式の場合、「新たに課税する場合はもちろん、一度賦課決定された税額を増額する場合も、また、減額する場合も賦課決定といわれる。」と記載されています。
 つまり、賦課決定方式の場合、一度賦課決定された税額を増額する場合も、減額する場合も、賦課決定によることが予定されています。
 「更正」については、「納税者又は特別徴収義務者が申告納付納入又は特別徴収(個人の住民税を除く。)により徴収する地方税について提出した申告書に記載された課税標準額又は税額を増額し、又は減額する処分」とされています(『地方税法総則逐条解説』)。
 金子先生も、国税についてですが、「申告納税の租税については、課税標準等または税額等は、第1次的には申告によって確定するが、租税行政庁にも2次的にこれを確定する権限を与えられている。すなわち、税務署長…は、申告された課税標準等または税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他その課税標準等または税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、課税標準等または税額等を更正することができる」と書いておられます。

(4)  ちなみに、固定資産の評価を過大に決定していた名古屋市冷凍倉庫事件(最判H22.6.3)では、名古屋市が「登録価格を修正した旨を通知した上,上記各年度に係る本件倉庫の固定 資産税等の減額更正をした。」とあります。
 この「減額更正」については、地方税法420条(「市町村長は、前条第二項の規定によって固定資産の価格等を修正して登録した場合においては、固定資産税の賦課後であっても、修正して登録された価格等に基いて、既に決定したその賦課額を更正しなければならない。」)に基づくものであることを、千葉の先生(弁護士)に教えていただきました。

2021年3月28日日曜日

札幌地裁令和3年3月17日判決を読んで

 

1.今年は、二葉館前の「早咲き桜みち」が漸く開花したと思ったら、ほどなく、ソメイヨシノの開花宣言もでて、今日の雨で散ってしまわないかと心配しています。
 やっと、首都圏13の緊急事態宣言が321で解除されたのに、東京の今日の感染者は日曜日としては1ヶ月ぶりに300超だとか…。変異ウイルスの動向も気になります。

 

327日(土)の
久屋大通公園の桜

2.札幌地裁令和3年3月17日判決について

(1) 今月、札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは「違憲」とする判断を示したというニュースに接しました(札幌地裁令和3317日判決)。
 そこで、インターネットで公開されている判決文を読んでみました。

(2) 本件は、Xらが、同性の者同士の婚姻を認めていない民法及び戸籍法の規定は、憲法13条、141項及び24に反するにもかかわらず、国が必要な立法措置を講じていないことが、国家賠償法11項の適用上違法であると主張し、慰謝料100万円等を求めた事案です
 本判決によると、民法7391項、同741など、民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定(以下、総称して「本件規定」)は全体として異性婚のみを認めており、同性婚を認める規定を設けていないところ、本件の争点は、
①本件規定は憲法13条、141項または24に違反するものであるか
②本件規定を改廃しないことが国家賠償法11の適用上違法であるか
というものです。

(3) まず、本判決では、性的指向について、「人が情緒的、感情的、性的な意味で、人に対して魅力を感じることであり、このような恋愛・性愛の対象が異性に対して向くことが異性愛、同性に対して向くことが同性愛である」とし、性的指向が決定される原因は解明されておらず、自己の意思や精神医学的な療法によって性的指向が変わることはないとします。 

(4) 争点①のうち、憲法13条、24条違反について
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものであるとし、憲法242項(「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」という条文)は、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ね、その裁量権の限界を画したものであり、同条1項(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という条文)は婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由且つ平等な意思決定にゆだれられるという趣旨を明らかにしたものと解され、配偶者の相続権や夫婦間の子が嫡出子になることなどの重要な効果が与えられている婚姻をするについての自由は、同条項の趣旨に照らし、十分に尊重に値する(最大判平成27.12.16再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決)ということを確認しています。

  もっとも、本判決は、憲法241項は「両性の合意」、「夫婦」、憲法241項は「両性の本質的平等」という文言を用いているから、文理解釈によれば、異性婚について規定していると解することができるとし、したがって、婚姻をするについての自由が同性間にも及ぶのかについて検討する必要があるとします。

  そして、同性愛は明治民法下では認められておらず、昭和22年民法改正の際にも同様に解されていたというような事実経過や制定経緯に加え、既述の通り憲法241項の「婚姻」とは異性婚をいい、婚姻をするについての自由も異性婚について及ぶものと解するのが相当だから、本件規定が同性婚を認めていないことは、憲法241項及び2項に違反すると解することはできないとしています。また、憲法242項によって、婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解することはできず、包括的な人権規定である憲法13条によって、同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのも困難であり、同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできないとします。

(5)  争点①のうち、憲法141項違反について
 本判決は、憲法141項の法の下の平等は、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱を禁止する趣旨であること、立法府は、同性間の婚姻及び家族に関する事項を定めるについて広範な立法裁量を有していることを確認します。
 その上で、婚姻によって生じる法的効果について、「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為である」とし、本件規定は、異性婚についてのみ定めていて、同性愛者のカップルは、婚姻を欲しても婚姻によって生じる法的効果を享受できないから、異性愛者と同性愛者との間には、区別取扱いがあるとし、この本件区別取扱いが合理的根拠に基づくものであり、立法府の広範な裁量に照らしてその裁量の範囲内にあるかを検討しています。その検討にあたっては、性的指向は、自らの意思に関わらず決定される個人の性質で、性別、人種などと同様であるから、そのような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するか否かの検討は、その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱いであるか否かの観点から慎重にされなければならないとします。
 そして、婚姻によって生じる法的効果を享受することは法的利益であり、その法的利益は、同性愛者であっても、異性愛者であっても、等しく享受し得るものであるから、本件区別取扱いは、そのような利益について区別取扱いをするものとみることができるとします。また、同性愛が精神疾患であることを前提として同性婚を否定した科学的、医学的根拠は失われたとします。そして、本件規定は、夫婦が子を産み育てながら共同生活をおくるという関係に対して法的保護を与えることが重要な目的とされているとした上で、本件規定の目的は正当であるが、そのことは、同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果の一切を享受し得ないものとする理由になるとは解されないとします。
 このような検討を踏まえ、本判決は、本件規定の目的は正当であるとしつつ、本件規定が同性愛者に対して婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えており、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ないとして、本件規定は憲法141項に違反すると判示しました。

(4) 争点②について
 こちらについては、既述の通り本件規定は憲法141項に違反するとしつつも、同性愛を精神疾患とする知見は昭和55年頃に米国で否定され、平成4年頃には世界保健機関によっても否定されたものであり、諸外国において同性婚制度の導入の広がりがみられたのはオランダが2000年(平成12年)に導入して以降であり、わが国における地方公共団体による登録パートナーシップ制度の広がりがみられたのは更に遅く、東京都渋谷区が平成2710月に導入して以降であること等を指摘した上で、これを国家賠償法11項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利内容を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできないとして、本件規定を改廃していないことは国家賠償法11項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示しています。
 その結果、Xらの請求はいずれも棄却され、Xらの敗訴となっています。

(3) 以上、判決文を少々長めに要約してみました。
 SNSなどをみていると、本判決には、賛否両論があるようです。

 憲法論からすると、私が受験生だった頃は、二重の基準論とそれに対する批判までフォローする感じだったのですが、正直にいうと、受験時代の浅い知識からは、その根拠をみると、人権カタログにおける人権の序列や司法の判断能力の限界を正面から認めているようであり、その辺りが根本的に腑に落ちなかったように思います。
 二重の基準論は、憲法141項において区別の合理性を判断する基準にもとりいれられていると考えられます。もっとも、最高裁は、区別の合理性の一般的な審査基準については特に判示することなく、具体的事件ごとに区別の合理性を審査するという態度をとっているとされます(憲法訴訟としても、租税訴訟としても、著名な最大判昭和60327日(大島訴訟、サラリーマン税金訴訟)の最高裁判例解説参照)。大島訴訟では、「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ない」などとして、「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができ」ないとしています。大島訴訟で用いられた判断基準は、これにあてはめて違憲になることがあるのかなと思うほど緩やかな基準です。しかも、戸波江二教授は、「判例は、租税事件については、それが租税事件であることを理由にすべて大島訴訟判決を先例とし、人権の種類や規制の態様の如何にかかわらず、一律にゆるやかな立法裁量論で処理しようとしているように見える」とされており(法学教室154-39)、これでは、租税訴訟で憲法問題の勝負になってしまったら敗訴覚悟という感じになっちゃいますね。
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項について立法府の広範な立法裁量を前提としつつ、性別、人種などと同様に、性的指向という自らの意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いであることに着目して、「その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱であるか否か」で判断するという基準を用いています。ここだけみると厳格な基準に近く、当てはめ部分では立法目的を正当か否かで判断しているようですが、折衷的な基準になっているのでしょうか。


 家族に関する事項が、国の伝統、国民感情、社会状況、時代などによって影響を受けるというのは、実感するところです。
 私は、平成28年(2016年)7に、ロンドンで開催された国際家族法会議に参加したことがあるのですが、その際、家族法というのは、国々によって、それぞれの文化的、歴史的背景があり、テーマによっては、緊張が走るような論争になり得るとの感想も持ちました。また、同性婚については、近年、日本よりも欧米で積極的にこれを認めてきたという動きがあるのに対し、事実上の婚姻については、むしろ、日本で、戦前から「内縁」としてこれを保護しようとしてきた比較的長い歴史があるのだなとの感想を持った記憶があります(もっとも、本判決も指摘するとおり、日本では、現在のおいてもまだ法律婚を尊重する意識が浸透しており、法的にも、内縁では相続ができず子の嫡出性が認められないなど、厳然たる差が残っています。)。

 ※ロンドン訪問をとりあげた弊事務所通信

なので、外国で認められているから日本でも…と短絡的にはいえないことだと思いますが、札幌地裁の判決は、賛否両論はあるものの、とても丁寧な説示であり、その上級審の判断や他の同様の争点を有する訴訟の行方が注目されます。