2021年3月28日日曜日

札幌地裁令和3年3月17日判決を読んで

 

1.今年は、二葉館前の「早咲き桜みち」が漸く開花したと思ったら、ほどなく、ソメイヨシノの開花宣言もでて、今日の雨で散ってしまわないかと心配しています。
 やっと、首都圏13の緊急事態宣言が321で解除されたのに、東京の今日の感染者は日曜日としては1ヶ月ぶりに300超だとか…。変異ウイルスの動向も気になります。

 

327日(土)の
久屋大通公園の桜

2.札幌地裁令和3年3月17日判決について

(1) 今月、札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは「違憲」とする判断を示したというニュースに接しました(札幌地裁令和3317日判決)。
 そこで、インターネットで公開されている判決文を読んでみました。

(2) 本件は、Xらが、同性の者同士の婚姻を認めていない民法及び戸籍法の規定は、憲法13条、141項及び24に反するにもかかわらず、国が必要な立法措置を講じていないことが、国家賠償法11項の適用上違法であると主張し、慰謝料100万円等を求めた事案です
 本判決によると、民法7391項、同741など、民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定(以下、総称して「本件規定」)は全体として異性婚のみを認めており、同性婚を認める規定を設けていないところ、本件の争点は、
①本件規定は憲法13条、141項または24に違反するものであるか
②本件規定を改廃しないことが国家賠償法11の適用上違法であるか
というものです。

(3) まず、本判決では、性的指向について、「人が情緒的、感情的、性的な意味で、人に対して魅力を感じることであり、このような恋愛・性愛の対象が異性に対して向くことが異性愛、同性に対して向くことが同性愛である」とし、性的指向が決定される原因は解明されておらず、自己の意思や精神医学的な療法によって性的指向が変わることはないとします。 

(4) 争点①のうち、憲法13条、24条違反について
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものであるとし、憲法242項(「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」という条文)は、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ね、その裁量権の限界を画したものであり、同条1項(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という条文)は婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由且つ平等な意思決定にゆだれられるという趣旨を明らかにしたものと解され、配偶者の相続権や夫婦間の子が嫡出子になることなどの重要な効果が与えられている婚姻をするについての自由は、同条項の趣旨に照らし、十分に尊重に値する(最大判平成27.12.16再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決)ということを確認しています。

  もっとも、本判決は、憲法241項は「両性の合意」、「夫婦」、憲法241項は「両性の本質的平等」という文言を用いているから、文理解釈によれば、異性婚について規定していると解することができるとし、したがって、婚姻をするについての自由が同性間にも及ぶのかについて検討する必要があるとします。

  そして、同性愛は明治民法下では認められておらず、昭和22年民法改正の際にも同様に解されていたというような事実経過や制定経緯に加え、既述の通り憲法241項の「婚姻」とは異性婚をいい、婚姻をするについての自由も異性婚について及ぶものと解するのが相当だから、本件規定が同性婚を認めていないことは、憲法241項及び2項に違反すると解することはできないとしています。また、憲法242項によって、婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解することはできず、包括的な人権規定である憲法13条によって、同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのも困難であり、同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできないとします。

(5)  争点①のうち、憲法141項違反について
 本判決は、憲法141項の法の下の平等は、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱を禁止する趣旨であること、立法府は、同性間の婚姻及び家族に関する事項を定めるについて広範な立法裁量を有していることを確認します。
 その上で、婚姻によって生じる法的効果について、「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為である」とし、本件規定は、異性婚についてのみ定めていて、同性愛者のカップルは、婚姻を欲しても婚姻によって生じる法的効果を享受できないから、異性愛者と同性愛者との間には、区別取扱いがあるとし、この本件区別取扱いが合理的根拠に基づくものであり、立法府の広範な裁量に照らしてその裁量の範囲内にあるかを検討しています。その検討にあたっては、性的指向は、自らの意思に関わらず決定される個人の性質で、性別、人種などと同様であるから、そのような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するか否かの検討は、その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱いであるか否かの観点から慎重にされなければならないとします。
 そして、婚姻によって生じる法的効果を享受することは法的利益であり、その法的利益は、同性愛者であっても、異性愛者であっても、等しく享受し得るものであるから、本件区別取扱いは、そのような利益について区別取扱いをするものとみることができるとします。また、同性愛が精神疾患であることを前提として同性婚を否定した科学的、医学的根拠は失われたとします。そして、本件規定は、夫婦が子を産み育てながら共同生活をおくるという関係に対して法的保護を与えることが重要な目的とされているとした上で、本件規定の目的は正当であるが、そのことは、同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果の一切を享受し得ないものとする理由になるとは解されないとします。
 このような検討を踏まえ、本判決は、本件規定の目的は正当であるとしつつ、本件規定が同性愛者に対して婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えており、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ないとして、本件規定は憲法141項に違反すると判示しました。

(4) 争点②について
 こちらについては、既述の通り本件規定は憲法141項に違反するとしつつも、同性愛を精神疾患とする知見は昭和55年頃に米国で否定され、平成4年頃には世界保健機関によっても否定されたものであり、諸外国において同性婚制度の導入の広がりがみられたのはオランダが2000年(平成12年)に導入して以降であり、わが国における地方公共団体による登録パートナーシップ制度の広がりがみられたのは更に遅く、東京都渋谷区が平成2710月に導入して以降であること等を指摘した上で、これを国家賠償法11項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利内容を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできないとして、本件規定を改廃していないことは国家賠償法11項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示しています。
 その結果、Xらの請求はいずれも棄却され、Xらの敗訴となっています。

(3) 以上、判決文を少々長めに要約してみました。
 SNSなどをみていると、本判決には、賛否両論があるようです。

 憲法論からすると、私が受験生だった頃は、二重の基準論とそれに対する批判までフォローする感じだったのですが、正直にいうと、受験時代の浅い知識からは、その根拠をみると、人権カタログにおける人権の序列や司法の判断能力の限界を正面から認めているようであり、その辺りが根本的に腑に落ちなかったように思います。
 二重の基準論は、憲法141項において区別の合理性を判断する基準にもとりいれられていると考えられます。もっとも、最高裁は、区別の合理性の一般的な審査基準については特に判示することなく、具体的事件ごとに区別の合理性を審査するという態度をとっているとされます(憲法訴訟としても、租税訴訟としても、著名な最大判昭和60327日(大島訴訟、サラリーマン税金訴訟)の最高裁判例解説参照)。大島訴訟では、「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ない」などとして、「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができ」ないとしています。大島訴訟で用いられた判断基準は、これにあてはめて違憲になることがあるのかなと思うほど緩やかな基準です。しかも、戸波江二教授は、「判例は、租税事件については、それが租税事件であることを理由にすべて大島訴訟判決を先例とし、人権の種類や規制の態様の如何にかかわらず、一律にゆるやかな立法裁量論で処理しようとしているように見える」とされており(法学教室154-39)、これでは、租税訴訟で憲法問題の勝負になってしまったら敗訴覚悟という感じになっちゃいますね。
 本判決は、婚姻及び家族に関する事項について立法府の広範な立法裁量を前提としつつ、性別、人種などと同様に、性的指向という自らの意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いであることに着目して、「その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱であるか否か」で判断するという基準を用いています。ここだけみると厳格な基準に近く、当てはめ部分では立法目的を正当か否かで判断しているようですが、折衷的な基準になっているのでしょうか。


 家族に関する事項が、国の伝統、国民感情、社会状況、時代などによって影響を受けるというのは、実感するところです。
 私は、平成28年(2016年)7に、ロンドンで開催された国際家族法会議に参加したことがあるのですが、その際、家族法というのは、国々によって、それぞれの文化的、歴史的背景があり、テーマによっては、緊張が走るような論争になり得るとの感想も持ちました。また、同性婚については、近年、日本よりも欧米で積極的にこれを認めてきたという動きがあるのに対し、事実上の婚姻については、むしろ、日本で、戦前から「内縁」としてこれを保護しようとしてきた比較的長い歴史があるのだなとの感想を持った記憶があります(もっとも、本判決も指摘するとおり、日本では、現在のおいてもまだ法律婚を尊重する意識が浸透しており、法的にも、内縁では相続ができず子の嫡出性が認められないなど、厳然たる差が残っています。)。

 ※ロンドン訪問をとりあげた弊事務所通信

なので、外国で認められているから日本でも…と短絡的にはいえないことだと思いますが、札幌地裁の判決は、賛否両論はあるものの、とても丁寧な説示であり、その上級審の判断や他の同様の争点を有する訴訟の行方が注目されます。

2021年1月1日金曜日

願 疫病退散

 

令和3年お正月。
今年は、コロナ禍が収まり、平安安寧な日常が戻ってきますように…。



丑年に因んで七尾天神に初詣で


2020年12月25日金曜日

大変な一年でした…

 

1. 今年も残すところあと僅か…。
 今年を振り返ると、やはり、コロナですね…。経済、生活様式等に本当に大きな影響を与えました。冬の訪れとともに、恐れていた第三波が到来し、GoToトラベルは全国的に一時停止となり、感染力が強いという変異種の情報も飛び込んできました…。日本国内でのワクチン使用に向けた承認申請など前向きな情報もありますが、なかなか先行きが見えない状態に心が塞がれる思いがします。
 戦争を経験しているような人生の大先輩数人からは、「長いこと生きてきたけどこんなことは初めて…」との感想を聞くことも…。
 とはいえ、「アマビエ」が話題になったように、これまで、人類は、疫病と闘ってきたのかもしれません。
 現在のところ、コロナ禍に対しては感染予防を心がけるくらいしか私にできることはなく、どうか早く収束しますようにと、心より、心より、お祈りするばかりです。

 

2.袴田事件
 袴田事件の第2次再審請求特別抗告審で、最高裁第3小法廷が、再審開始を認めなかった東京高裁決定を取り消し、同高裁に差し戻す決定をした(最決令和21222日)との報道に接しました。
 袴田事件について、詳しいわけではないのですが、死刑を宣告した一審判決にかかわった元裁判官の合議の秘密を破る発言も相俟って、なかなか扉が開かない再審の行方には注目しておりました。その元裁判官も先月亡くなられたようですが…。
 上記決定は、ざっとしか拝見していませんが、やはり、林景一裁判官、宇賀克也裁判官の反対意見は、心に残りました。
 「多数意見は、原決定を取消すという限りでは、私たちの考え方と方向性を同じくするところがある。しかしながら、私たちは、多数意見を一歩進めて、みそ漬け実験報告書は、確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生じさせる新証拠であり、また、多数意見と異なり、B鑑定についても、再審を開始すべき合理的な疑いを生じさせる新証拠であると考える。そして、私たちは、確定審におけるその他の証拠をも総合して再審を開始するとした原々決定は、その根幹部分と結論において是認できると考える。このような理由から、単にメイラード反応の影響等について審理するためだけに原裁判所に差し戻して更に時間をかけることになる多数意見には反対せざるを得ないのである。」
 この反対意見にでてくるように、今日における刑事訴訟における証明の程度は、「合理的疑いを超える(beyond a reasonable doubt)」証明が必要だとされます。伝統的に用いられてきた「高度の蓋然性」基準が肯定的評価を積み重ねていくアプローチであるのに対し、「合理的疑いを超える」証明基準は否定的評価を消去していくアプローチであるとされます(田口守一『刑事訴訟法』)。

3.今日は、クリスマスデイ。
I wish you all a Mary Christmas !

今年のツリー

気をつけながらのイブの食卓

2020年11月8日日曜日

外れ馬券事件 ~高松事案控訴審判決の報に接して~

1. 11月に入りましたが、名古屋は、本日、小春日和です。

久屋大通公園の木々が色づき
芝生には落ち葉がいっぱいです。

 

2.外れ馬券事件 ~高松事案の控訴審判決の報に接して~

(1) 数日前、大量に馬券を購入していた高松市の男性が、(当たり馬券だけでなく)外れ馬券の購入費用も必要経費として所得を計算するよう求めていた訴訟の控訴審で、東京高裁が、令和2114日、(通常馬券分について)外れ馬券の購入費用を必要経費と認め課税処分の一部を取消していた第一審判決(東京地判令和元年1030日)を取り消し、課税処分は適法であるとして国の逆転勝訴となったというインターネットの新聞記事を目にしました。

(2) 外れ馬券事件については、このブログでも何回かとりあげたことがあります。
<大阪事案>
<札幌事案>
 このブログではとりあげていませんが、他にも、東京事案(東高判平成28年9月29日)や横浜事案(東高判平成29年9月28日)などがあります。
 一昨日には、租税判例研究会があったのですが、たまたま、上記記事の高松事案控訴審判決の原審である東京地判令和元年
114日が題材でした。
 また、昨日、大学院で2年生がいくつかのグループにわかれて中間発表会があったのですが、私のグループには、外れ馬券事件をテーマにした方が複数いらっしゃいました。

  それにしても、同様の争点でこうも判決が続くのは、世にいかに競馬愛好家が多いかを反映しているのでしょうか。

(3)  リーディングケースとなるのは、やはり、大阪事案の上告審判決(最判平成27310、以下、「平成27年判決」。)となります。大阪事案は、馬券を自動的に購入できるソフトを使用してインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を上げていたXが正当な理由なく確定申告書を期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案(刑事事件)です。
 争点は、①当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得に当たるか雑所得に当たるか、②外れ馬券の購入費用を含めた全馬券の購入費用を控除できるかです(ここでは詳しく述べませんが、①において「一時所得」でなく「雑所得」となった方が、②で外れ馬券の購入費用まで「必要経費」として控除を認められやすいことになります。)。
 平成27年判決では、最高裁が、はじめて、所得税法341項「営利を目的とする継続的行為」をどのように判断するかを示しました。すなわち、「所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と判示したのです(ここが、前回10月のブログで触れた規範を定立している部分ですね。)。
 この規範部分をみると、「営利を目的とする」(営利目的該当性)「継続的行為」(継続的行為該当性)をわけることなく、総合考慮の考慮要素として、行為の態様(期間、回数、頻度等)利益発生状況(規模、期間等)を挙げています。この点、最高裁判例解説(楡井英夫)は、「継続的行為」という文言に照らせば、行為の態様(期間、回数、頻度等)が考慮要素になるのは当然のことと思われる一方で、「営利を目的とする(行為)」については、主観的動機を有するだけでは足りず、かといって、客観的にみて利益が上がる行為に限定すると過度の限定となるから、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為であればよい、としています。
 そして、平成
27年判決のあてはめ部分は、継続的行為該当性と営利目的該当性をわけずになされています。

(4)  次の札幌事案では、同種の争点で争われた民事事件ですが、X(納税者)は、大阪事案と異なり、馬券を自動的に購入できるソフトは使用していませんでした。一審判決は、Y(国)勝訴(一時所得に区分。外れ馬券の購入代金は控除不可。)、控訴審はX勝訴(雑所得に区分、外れ馬券も控除可。)。そして、最高裁がYの上告を棄却する判決をしたのが、最判平成291215(「平成29年判決」)です。平成29年判決には、理由もついていて、最高裁判例解説(三宅知三郎)もあります。
 規範部分をみると、平成29年判決では、平成27年判決を引用し、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と判示しています。このように、平成27年判決と平成29年判決の規範部分は、まったく一緒です。
 もっとも、そのあてはめ部分は、平成27年判決と異なり、「継続的行為といえる」かと、「客観的にみて営利を目的とする」かを、はっきりとわけて検討しています。この点について、最高裁判例解説は、「このような検討ができることについては平成27年最判の調査官解説においても既に示唆されていたところであり、本判決が平成27年最判と異なる判断枠組みを用いたものとは解されない。」と記しています。
 ところで、平成29年判決の営利目的該当性で具体的に検討されているのは、利益発生の規模、期間であり(「上記のような馬券購入の態様に加え」という文言は入っています)、しかも、「客観的にみて営利を目的とするものであった」という結論をだすのに、「Xは回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえる」という評価が入っています。この点について、最高裁判例解説は、「回収率が総体として100%を超えるようにXが選別して馬券を購入し続けたと評価できる以上、そのような行為客観的にみて利益が上がるものと期待することができる」とし、また、「本判決は、回収率が100%を超えるようにXが馬券を選別して購入し続けてきたと評価するに当たってXの馬券購入態様を根拠の一つとしている」とも記されています。
 この回収率が100%を超えるという評価部分は、平成30629日付で一部改正された所得税基本通達34-1(2)の注1にしっかりと取り入れられています。
 さて、ここで問題となるのが、そうはいっても、回収率が100%を超えるという評価は、事後的にしかできないのではないかということ。平成29年判決や最高裁判例解説をみると行為態様も勘案しているとあり、実際、そうでしょうが、考慮要素の「行為態様」にも「利益発生状況」にも、「期間」が入っていて、そのような行為が相当期間において回収率100%を超えてはじめて、「客観的にみて利益が上がるもの期待」できるといえるのであれば、営利目的該当性は、事後的、しかも、相当期間経過後(平成29年判決では6年間)にしか判断できなくなってしまうようにもみえます。もしそうだとすると、申告時には所得分類がはっきりしないケースがでてくるのではないかという危惧をぬぐいきれないように思います。
 また、次に述べる高松事案のように、複数年のうち、1年でも回収率が100%を下回ると、営利目的該当性は否定されてしまうのだろうかという疑問が生じます。

(5)  冒頭の高松事案の控訴審判決(東高判令和2114日)の判決文は入手できていません。
 原審の東地判令和元年1030日についてみてみると、規範部分は、平成27年判決、平成29年判決を引用していて、まったく同じです。
 原審で特徴的だったのは、通常馬券的中による払戻金とWIN5に係る馬券の的中による払戻にわけて検討し、前者は雑所得(Y(国)の一部敗訴)、後者は一時所得と判示した点でしょう(このように馬券の種類によりわけて検討する手法も、議論の対象になるところでしょう。)。
 そして、控訴審では、おそらく、通常馬券に係るY敗訴部分が取消されたものと思われます。というのも、この事案で処分の対象となったのは、平成24年から平成26までの所得なのですが、通常馬券購入に係る損益は、平成24年には約790万円の損失がでていたのです。原審は、営利目的該当性のあてはめ部分で、「Xは,平成22年以降の5年間のうち4年間で,年間を通して利益を上げており,その金額は約516万円(平成25年)から約1376万円(平成23年)に及ぶのであり,平成24年に約790万円の損失が生じているものの同年の回収率は中央競馬の平成24事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持しているのであるから,上記のような馬券の購入行為の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等によれば,Xは回収率が総体として100%を超えることが期待し得る独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けていたということができ,そのような原告の上記の一連の行為は,客観的にみて営利を目的とするものであったといえる」と判示しました。4年間のうち1年くらい100%を下回っても(その年度の平均払戻率は超えているし)、総体としては100%を超えることが期待し得る購入だったといえるよ、というわけです。この点が、控訴審で変更されたようで、インターネットの新聞記事によれば、件の24年は約790万円の損失を計上しており、「恒常的に利益を上げていたとまでは認められない」として営利目的該当性を否定したようです。
 こうしてみてくると、平成29年判決は、平成27年判決と異ならない判断枠組みであるとしながら、営利目的該当性について、客観的にみて利益が上がると期待し得ると評価するには回収率が100%を超える必要があると示したようにみえるため、これでは、客観的にみて利益が上がる行為に限定」したようなものであり、租税法規の行為規範性や予測可能性、法的安定性などの観点から、問題が生じているように思われます。