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2022年5月8日日曜日

ユニバーサルミュージック事件最高裁判決(最判令和4年4月21日)

1. 今日は、3年ぶりの行動制限なし、最大10連休といわれるゴールデンウィークの最終日ですね。
 私は、滋賀県にランチをいただくためにドライブした以外は、自宅でゆっくり過ごしました。
 懸案だった自室の片付けも、少しだけ、成果がありました。
 ところで、コロナの第6波はピークアウトしたのでしょうか…。
 日本はマスクを義務化していない分、マスクの習慣がなくなるのは、当分先のことに思われます…。
 コロナに次いで、最近の話題として思い浮かぶのは、まず、ロシアのウクライナへの侵攻です。ウクライナで、人々が爆撃に慣れ、日常が戻りつつあるという報道をみて、本当に、胸が痛みます。ウクライナへの侵攻については、米国がいち早く警告していたわけですが、これが現実のものになってはじめて、チェチェン、ジョージア、クリミヤなどへの侵攻の際に、国際社会はどう対応していたのだろうかと、改めて考えさせられました。何ごとも蟻の一穴からといいますが、そういう変化を見落とさないように…と思わずにはいられません。

 

2. 先日、ユニバーサルミュージック事件の最高裁判決(最判令和4421)がでました。
 ユニバーサルミュージック事件については、控訴審判決までをとりあげて、租税訴訟No.142021615日発行)に寄稿したことがあります。
 事案の概要はそちらに譲りますが、いわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down。一般に、親会社が、借入金の返済に係る経済的負担を、企業グループの資本関係の下流にある子会社に負担させること。)の事案だといわれています。
 最高裁は、納税者Xを勝訴とした第一審、控訴審を支持し、国Yの上告を棄却しました。
 この事案では、Xのグループ会社からの借入れ(本件借入れ)に係る支払利息の損金算入(の原因となる行為)を、法人税法1321項(同族会社の行為計算否認規定)を用いて否認したので、1321項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(いわゆる不当性要件)を、最高裁がどのような基準を用いて判断するのかが注目されていました。
 この点、最高裁は、「同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である。」と判示し、これまでの判例・通説である経済合理性基準を採用しました。
 その上で、最高裁は、「同族会社等による金銭の借り入れが上記の経済的合理性を欠くものか否か」と本事案に即した問題提起をし、総合的に考慮して判断すべき諸事情として、「当該借入れの目的や融資条件等」をあげつつも、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることになる。」とし、更に、「当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出するなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」と判示しました。
 どうでしょうか…。不当性要件の判断基準はやはり複雑になってきている気がしてしまいます。ただ、経済合理性基準は堅持されているんですよね(この基準は、「不当」という文言が条文にない時代から判例にあらわれたものなんですが…)。
 ということで、不当性は経済合理性の有無で判断する、でも、総合考慮すべき諸事情について、金銭の借入れに射程をしぼり、目的、融資条件等をあげている。でも、グループ内での借入れで全体的に経済的合理性を欠くかが問題となる場合に考慮すべき事情は、先にあげた諸事情のうち、目的(当該借入れによって資金需要が満たされることで達せ得られる目的)で評価するとし、さらに、一連の取引全体で経済的合理性を欠くか否かを判断するときに考慮する事情として、①及び②をあげている…。ちなみに、①及び②は、下表の通り、ヤフー事件上告審判決(最判平成28229日)が採用した制度濫用基準における濫用の有無を判断する際に考慮すべきとした「事情」に似ており、それは、金子宏教授の異常変則性・事業目的併用説に遡るといわれています。
 ①及び②という事情を考慮すべき場面をこんなに限定する必要があるのでしょうか…。というか、他の事件で経済合理性を判断する際、たとえば、グループ内の借入れではないけど、グループ内のスキーム全体で経済的合理性の有無が問題となるような場合に、①及び②という事情は考慮されるのでしょうか。最高裁判例解説がでれば、きっとこの問いにこたえてくれることと思いますが…。
 というのも、最高裁は、あてはめ部分で、ⓐ本件借入れがその目的において不合理と評価されるか否か、を検討した上で、ⓑ本件借入れに係るその他の事情を考慮して、本件借入れが経済的合理性を欠くかを判断しているのですが、ⓐでは、今回の本件組織再編取引等には、日本の関連会社の資本構成に負債を導入する目的があったこと、その結果として、本件支払利息の損金算入により大幅に法人税の額が減少したことを認め、合併前に多額の利益が生じていたXの税負担の減少がその目的に含まれていたことまでを認めているのです! でも、本件組織再編取引等には別に合理的な目的があり、①通常は想定されないような手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、②税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる、として、本件借入れはその目的において不合理と評価されないという結論を導いています。つまり、税負担軽減目的を認めながら、他に事業目的があるからOKといってることになります。企業がある事業目的を達成しようとするときに、税負担が少しでも少なくなるような方法を選ぶのは当然のことですから、双方の目的が混在する場合にこのように判断してくれるのなら、是非、経済合理性の考慮事情にはっきりと事業目的の有無をいれてほしいですよね。
 なお、最高裁は、ⓑの部分では、本件借入れが無担保で行われ、しかも、本件借入れが一因となってXが債務超過になってしまったことにより、本件借入れに「独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点」があると認めています。しかし、これについても、本件借入れがグループの内国法人を支配下におくための株式購入代金だったこと、本件借入れの利息や返済期間はXの予想される利益に基づいて決定されていうことなどから、「このような点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い。」と結論づけています。
 以上は、ざっと読んだ感想まじりの判決文紹介でして、これから沢山の評釈がでると思うので、引き続き、勉強していきたいと思います。

 

本判決のあげる事情

ヤフー事件上告審の事情

異常変則性・事業目的
併用説(金子説)

①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出するなど、不自然なものであるかどうか

①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか

①当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か

②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか

②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか

②その行為・計算を行ったことにつき租税回避以外に正当合理的な理由ないし事業目的があったと認められるか否か

 

  

2020年10月26日月曜日

法的三段論法と違憲の主張、法人税法34条2項「不相当に高額」とその委任を受けた令70条

1. 10月もあと数日。秋が深まってきました。
 ヨーロッパでは第2波が深刻なようです。日本では、これから冬を迎えますが、どうなっていくのでしょうか。いずれにしても、スッキリとした終息の見通しは、たたないと言わざるを得ません。今年に入ってから大きく価値観がかわり、すべてではないにせよ、それが定着していくように思われます。
 マスクをしていなくても気兼ねしなくてすむような日は、果たして、くるのでしょうか。

事務所近くの久屋大通公園がリニューアルして
芝生になりました。


芝生でくつろぐにはよい季節で
夜もきれいです。


 

2.法的三段論法と違憲の主張 

(1)  最近、なかなかブログを更新できていませんが、常日頃考えていることの一つを、アップしてみます。

(2) 大学院で教えていて気付いたことの一つに、法的三段論法を意識するというのがあります。
 これは、自ら振り返ると、あまり教えられた記憶がありません。もしかしたら、法学を勉強していると、自然と身につく側面があるのかもしれませんね。 

(3)  判決文を読むときでいえば、規範定立部分とあてはめ部分を意識することが大切です(木山泰嗣先生の『税務案例がよめるようになる』にもそのような記載があります。)。法的三段論法では、事実に法規範(条文)をあてはめて結論を導きます。でも法学の対象となるような事案では、条文をそのまま当該事実にあてはめて結論を得ることが出来ないので、解釈が必要になり、裁判所が規範を定立したりします。この規範を定立している部分が、まずは、重要です。もし、その後、同じような争点で訴訟に発展したとき、この規範により結論が導かれると予想されますからね。

(4)  著名な武富士事件を例にすると…。
 租税判例の多くは、納税者(原告X)が課税処分の取消を求めて争います。課税処分を取消してもらうためには、課税処分が違法であることが必要です。そして、課税処分が課税要件を欠いていると主張立証できれば、当該課税処分は違法であるといえるでしょう。
 武富士事件では、贈与税決定処分等の取消を求めたものです。
 Xは、贈与を受けた当時、香港に赴任していたものの、日本国内の滞在日数もそれなりにありました(香港約65.8%、国内約26.2%です。それだけでなく、この滞在日数は、公認会計士から贈与に関する具体的な提案を受け、租税回避目的で調整した結果でした。)。ところが、当時の相続税法では、受贈者が贈与を受けたときに、国内に「住所」を有することが、課税要件となっていました。そこで、贈与税決定処分等が取消されるか否かは、
Xの「住所」が日本にあるか否かによることとなったわけです。
 Xのように、香港と日本を行き来している者の「住所」は、どのように判断すればよいでしょうか。相続税法の条文は、「住所」と記載するのみで、その定義規定は用意されていませんでした。
 最高裁(平成23218日判決)は、「ここにいう住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である」と判示しています。このように、最高裁が、「住所」をどのように判断するか述べている部分が、規範を定立しているところです。最高裁が、「『住所』はこのように判断する」といってるのですから、もし、その後、「住所」が争点となる同種事案が生じれば、この規範に基づき、「住所」がどこにあるか判断されるのではないかという予想がたちます(武富士事件のような租税回避事案については、これを封じるための法改正がありましたが…)。
 規範定立部分に続く「これを本件についてみるに、前記事実関係等によれば、…」というところは、この規範に事実をあてはめている部分です。このあてはめ部分も、どういう事実だと、その規範にあてはめてどのような結論がでるのかということがわかりますから、勿論、重要です。

(5)  租税判例では、納税者から違憲の主張がでることもあります。
 例えば、このブログでもとりあげたことのある残波事件(第一審は東地判平成28422日)
 残波事件は、X社が、その役員4名に支給した役員報酬(役員給与)とその代表取締役を退任した者に支給した退職給与について、「不相当に高額な部分の金額」があるとしてなされた本件各更正処分等の取消を求めたものです。
 この事案において、
X社は、「本件各更正処分等は、憲法84条に反するものである」という主張もだしていました。
 前述のように、課税処分を取消してもらうためには、課税処分が違法であることが必要です。この点、もし、その処分に適用された大前提たる条文が憲法に違反していたら、当該条文は原則として無効となりますから、課税処分も違法といえるでしょう。
 私は、違憲の主張は、ゼロの割り算に似てるな…などと思ってしまいます(変ですかね…)。

(6)  ところで、法人税法342項の「不相当に高額」については、私が以前書いた論文「租税訴訟における規範的要件の要件事実 -法人税法1321項の不当性要件を中心に-」で指摘だけした疑問点(「税法学」58284頁脚注7)があります。長くなりますが、以下に、敷衍してみたいと思います。

(7) 残波事件で問題となった法人税法342項は、以下の通り、規定します(太字下線筆者)。

内国法人がその役員に対して支給する給与(…略…)の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。


 「不相当に高額」といわれても、当該法人の給与が具体的にいくらを超えるとそうなるか、俄には、わかりませんね。

 「不相当に高額」は、講学上、不確定概念といわれています。

 昨年、私が上記論文で書いた同族会社行為計算否認規定(法人税法1321項)の「不当に」という要件も、不確定概念であるといわれています。
 不確定概念は、憲法84条の租税法律主義から導かれる課税要件明確主義に反しないかが問題となりますが、金子先生は、不確定概念を用いることは、ある程度は不可避であり、また必要であるとしていますね。
 もっとも、法人税法1321項と違って、法人税法342項は、「不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」としているように、「不相当に高額な部分の金額」をどのように判断するかについて、法人税法施行令第70条に委任しています。
 この点、会社法改正に伴う平成18年法人税法改正の前の事案ですが、丸中縫工事件の最高裁(平成9325日判決)は、「法人税法341項の規定の趣旨、目的及び法人税法施行令691号の規定内容に照らせば、法人税法341項所定の『不相当に高額な部分の金額』の概念が、不明確で漠然としているということはできない」と判示しています。
 

(7) それでは、現行の法人税法342項の委任を受けた法人税法施行令第70条はどのように規定しているのでしょうか。
 令70条1号イ(いわゆる実質基準)は以下のように規定します。

(過大な役員給与の額)

70条 法第34条第2項(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は、次に掲げる金額の合計額とする。

一 次に掲げる金額のうちいずれか多い金額

イ 内国法人が各事業年度においてその役員に対して支給した給与(法第342項に規定する給与のうち、退職給与以外のものをいう。以下この号において同じ。)の額(第三号に掲げる金額に相当する金額を除く。)が、当該役員の職務の内容、その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(その役員の数が二以上である場合には、これらの役員に係る当該超える部分の金額の合計額)

(以下、省略)


このように

法人税法
342項「不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」
   ↓
法人税法施行令第701イ「当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合」

と言い換えられています。

 このように、「不相当に高額な部分の金額」を「相当であると認められる金額を超える」と言い換えて規定したことには疑問が生じないわけでもありません(法人税法施行令第702の「その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」も同じ議論になります)。
 というのも、「不相当に高額」というのは、「高額」であるだけでは足りず、「不相当に」「高額」である必要があるようにも、思えるからです。これって法律による委任の範囲を超えていないのでしょうか…?
 この点、丸中縫工事件の第一審(名古屋地判平成6615日)は、Xの法人税法341項は憲法84条の課税要件明確主義に反するという主張や合憲限定解釈が必要であるという主張をしりぞけた上で、「令691号に規定される『相当であると認められる金額を超える部分の金額』については、当該役員の職務の内容当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らして定まる客観的相当額ある役員の役務の対価として相当と認められる金額は一定額に限られるものではないから、ここにいう額は、その性質上、相当と認められる金額中の最高額を意味することになる。)を超える部分の金額が、これに当たるというべきである」と判示しています。
 このように、相当と認められる金額中の最高額を超える金額は、不相当に高額な部分の金額であると解釈すれば、法律による委任の範囲を超えないでしょうかね…。
 Xの合憲限定解釈の主張は、「法341項の『不相当に高額な部分の金額』は『明白かつ著しく高額な金額』と解釈されるべきである」というものなのですが、「明白かつ著しく」とまではいいませんが、第一審裁判所が判示したように、相当と認められる範囲の最高額を超えると、すぐに、「不相当に高額」となってしまうのでしょうか。ここは日本語の問題、あるいは、社会通念によるのかもしれませんが、正直、疑問なしとはいえないように思います。
 ちなみに、処分行政庁(被告Y)は、「報酬が法人の役員の職務の内容等から見て対価として相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分が高額部分となるのであるが、不相当に高額であるか否かは、右規定に掲げられた諸々の事情等に照せば自ずから明らかとなるべきものである。…具体的には、通達回答方式によって抽出した類似法人の役員報酬支給状況の検討によって相当性の判断の基準となる具体的・客観的数値(平均値)を求めるとともに、当該法人における役員の職務の内容、当該法人の収益の状況及び使用人に対する給料の支給状況という事情の中に当該法人の固有のものとして特別に考慮すべき事情があるか否かを検討して右平均値を増減することによりなずべきである。」と主張していましたが、さすがに、第一審裁判所は、「特別事情がなければ平均値が相当な報酬額の上限であるという判断方法も採用することはできない」と判示していますね。

2018年11月25日日曜日

日弁連研修「会社法と税法~役員報酬について~」、秋の比叡山を訪ねて


1. 日弁連実務研修「会社法と税法~役員報酬について~」

 今月初旬、残波事件で有名な山下清兵衛弁護士による「会社法と税法~役員報酬について~」と題した日弁連ライブ実務研修がありました(同研修は、東京で行われたものですが、愛知県弁護士会にもライブ配信されるため、名古屋で受講できます。)
 残波事件については、このブログでも軽くとりあげたことがあります。
http://hisaya-avenue.blogspot.com/2016/04/blog-post.html
http://hisaya-avenue.blogspot.com/2014/11/blog-post.html
 山本清兵衛弁護士のお話をうかがうのは初めてではありませんが、今回は、弁護士会の研修において、弁護士に向けて、法人税法34についての強烈なメッセージを発しておられました。それは…
・同条は、「天下の悪法」である
・役員報酬の決定は私的自治の範囲にあり、課税庁は虚偽給与だけを否認すればよいはずである
・同条2項「不相当に高額な」というのは課税要件であるのに、政令に包括委任しているようにみえるが、これについて、憲法違反としている租税法学者は一人もいない
・同条1項各号の定める例外は、使い勝手が悪い。折角、予想外の収益をあげることができても、役員が多めのボーナスをとることができない。日本の会社経営者のやる気をそぐ
などなどです。
 また、第二残波事件とよばれる事案(訴訟までいたることなく満額是認通知をもらったそうです。)や、東地判平成291013日についても、触れられていました。
 賛否はともかく、折角、興味深い研修なのに、研修が終了した際に、会場をみまわしたところ、なんと受講者は私一人しか残っていませんでした。残念です。

2.(1) 先日、愛知県の文化財の会で、比叡山延暦寺と日吉大社をたずねました。

(2)  比叡山延暦寺では、国宝の根本中堂と重要文化財の廻廊について、平成28年度から10年をかけて実施される保存修理事業の最中です。
 現在の根本中堂と廻廊は、かの有名な織田信長の焼き討ちの後、天海大僧正(慈眼大師)が江戸幕府第3代将軍徳川家光公に再建を進言し、寛永19年(1642年)に完成したもの。前回の大規模保存修理は、昭和29年に行われたそうですから、今から約60年前。屋根の全面葺き替え(根本中堂は銅板葺き、廻廊はとち葺き)や、柱・床組み等の塗り替え、保存修理が行われます。
 廻廊の屋根に用いられているとち葺きでは、厚さ
2.4cm、長さ30cmの板が少しずらして葺かれているのですが、「とち」ではなく、「サワラ」が使用されているそうです。
廻廊のとち葺き。
近くで見ると痛んでいるのがわかります。

上からみた廻廊。
普段ではみられないアングルですね。

 銅板葺きが用いられている根本中堂の屋根には、なんと、
14,000枚もの銅板が使用されているそうです。再建当初は、とち葺きだったとのことで、約100年後の葺き替え時でさえ、とち葺きの材料を調達するのは難しかったのかもしれません。見学者の一人がどのくらいの年数で緑青が生ずるのかと質問すると、「最近の銅は緑青が生じにくい」との意外な回答がありました。

根本中堂の銅板葺き。
はがれそうになっている箇所があります。

 塗装については、「丹塗(たんぬり)」と「ちゃん塗」の違いの説明があり、簡単にいうと、前者は水性、後者は油性で、雨露がかかるところは後者になっているようです。

丹塗りの部分。

ちゃん塗りの部分。
金具を外したところで元の色がわかります。

 修理事業の様子は、根本中堂の周りに設置された修学ステージから見学することができます。修理中、外観をみられないのは残念ですが、修学ステージは6階まであり、屋根を真横からみることができますので、一見の価値があると思います。
根本中堂の外観。
紅葉がきれいでした。

 根本中堂の中には、ご本尊の薬師瑠璃光如来(秘仏)、その宝前には「不滅の法灯」があります。ご案内いただいた僧侶のお話では、「延暦寺でなにか一つあげるとすれば不滅の法灯とおこたえしています。」とのこと。天台宗を開かれた伝教大師最澄の「一隅(いちぐう)を照らす」にも通じ、約1200年前から消えていないことが大事なのではなく、光を照らし続けていることに意味があるとおっしゃいます。
 延暦寺にお参りするのは、3度目です。最初は、小学生の頃の家族旅行で、比叡山国際観光ホテル(今はないようです。)に宿泊し、夜景がとてもきれいだった記憶です。2度目は、中学生の修学旅行。なので、落ち着いてお参りしたのは、今回が初めてだといえます。
 伝教大師最澄と弘法大師空海。平安仏教の両巨頭です。両者は、同じ頃、遣唐使の一員として唐に渡り、帰国後、しばらくは親交があったもののその後それは絶たれたといいます。空海については、国宝展でその書を目にしたり、あるいは、今年、偶々、夢枕獏さんの「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を読んで、空海がどのように唐に渡り密教を学んだのかについて思いを馳せたりと、見聞きすることは多いです。また、以前、高野山の宿坊に泊まり、感銘を受けたことがあります。最澄については、学校で学んだ以上の知識はありません。もっと知りたいなと素直に思いました。
 

(3) 日吉大社は、全国3800余の日吉、日枝、山王神社の総本宮であり、今年、西本宮鎮座1350年を迎えるとのことです。
 宮司さんによれば、元々、神代より比叡山(八王子山)にいらっしゃる大山昨神(おおやまくいのかみ)を麓にお迎えして創祀されたそうですが、天智天皇が飛鳥から近江大津宮へ遷都した翌年である天智天皇7年(668年)に大和王朝の守護神であった大己貴神(おおなむちのかみ。大国主神の別名もある国造りの神様。)を大和国三輪山より勧請して西本宮にお祀りすることになったため、大山昨神(おおやまくいのかみ)は東本宮にてお祀りすることになったとのこと。当時の中央政権の神様をおよびしたからには、それに従うことになった地方政権は、お山がバックとなる麓のよい場所を譲らねばならなかったということでしょうか。
 日吉大社で祀られている神様は日吉大神と総称されるそうですが、伝教大師最澄が比叡山に延暦寺を建立した後は天台宗の護法神として崇敬されたそうで、中国の天台山の神様に因んで、山王権現とも呼ばれるそうです。日吉大社は、やはり織田信長の焼き討ちで灰燼に帰しましたが、日吉造で再建された西本宮本殿、東本宮本殿は、ともに、国宝に指定されています。日吉造(ひえづくり、聖帝造り(しょうたいづくり)ともいう。)とは、三間・二間の身舎(もや)の前面、両側面の三方に廂がめぐらされた形をしており、全国でも日吉大社にのみ現存する様式だそうです。また、神仏混交であったため、床下には下殿(げでん)と呼ばれるスペースがあり、それぞれ、釈迦如来などのご本尊が祀られていたというのも注目すべき点でしょうか。西本宮で正式参拝した後、下殿にいれていただきましたが、明治以降の神仏分離により、現在では、神式の祭壇となっていました。

日吉大社の西本宮。
柿がなっていました。
「神猿(まさる)」が好んで食べることから
「猿柿」とよばれているそうです。

宮司さんがいらっしゃるところに
下段への入口があります。
勿論、勝手には入れません。
今回はいけませんでしたが
山の中腹には、日吉大社の奥宮が
みえています。
 

2017年5月8日月曜日

IBM事件と要件事実論 ~その3~


1. 2回にわたって、少しでも理解が深まればと、専ら自らの頭の整理のために、「IBM事件と要件事実論」と題してブログを書いてみましたが、結局、あまり、すっきりとしませんでした(笑)。
 → その1
   その2

 つくづく、理解&実力不足を感じます(涙)。

2. 予定していなかったけど、3回目の今日は、「規範的要件」の評価根拠事実をどのように位置付けるかに係る主要事実説vs間接事実説をもう少し掘り下げてみようと思います。
 そこで、弁論主義の簡単な説明からはじめます。避けて通りたいと思ったけど、やっぱり、避けられないかなと…(汗)。

 ええと…。「弁論主義」は、前々回のブログでご紹介した「当事者主義」の’仲間’(もしくは’子分’(笑))です。つまり、裁判所当事者の間の役割分担についての考え方です(立証責任は、当事者間の分担の話ですが…)。
 ところで、民事訴訟は、



訴えの提起
  ↓
審理(口頭弁論と証拠調べ)
  ↓
判決

という3段階に大きく区分されますが、
訴訟当事者の訴訟行為に注目すると、



申立て(訴訟当事者が裁判所に対し、一定の内容の裁判を求める意思を表現すること)
  ↓
主張(訴訟当事者が、申立てを基礎付けるため、法律効果あるいは具体的な事実の存否について陳述すること)
  ↓
立証(訴訟当事者が、事実上の主張を証明するために行う行為又は活動)

となります。

 この申立てのレベルでの当事者主義を「処分権主義」、主張・立証のレベル(攻撃・防御のレベル)での当事者主義を「弁論主義」といいます。
 民事訴訟では、このレベルを意識することが大切です。
 そして、ざっくりいうと、「処分権主義」は、「裁判を利用するか、利用するとして、どういう請求をたてるかは、当事者の権限であり、責任でもある。」というものです。また、「弁論主義」は、どのような主張をし、そのためにどのような立証をするかは、当事者の権限であり、責任でもある」となります。
 民事訴訟は、私的自治の原則が妥当する私益を巡る紛争を対象としているので、申立レベルや主張・立証レベルは、当事者主義が原則として採用されているのです(勿論、民事訴訟には、公益的側面もあり、特に、手続面では、原則として、職権主義が採用されています)。
 

3. さらに、「弁論主義」の内容は、以下の3つのテーゼで説明されます。



1テーゼ 主張責任の原則
  裁判所は、当事者の主張しない事実を判決の基礎としてはならない。
  当事者が弁論において主張した事実(訴訟資料)だけが判決の基礎となる。

2テーゼ 自白の拘束力
   裁判所は、当事者間に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならない
  自白(当事者が自己に不利益な事実を争わない旨の陳述)された事実について、裁判所が証拠調べして自白に反する事実認定をすることはできない。c.f.民事訴訟法179

3テーゼ 職権証拠調べの禁止
   当事者間に争いのある事実を証拠により認定するには、当事者の申し出た証拠方法からしなければならない。
  
  ※第1テーゼ、第2テーゼの対象となる事実は、主要事実です

初めてきくと、先ほどの弁論主義の説明から飛躍を感じるかもしれません。ですが、それほど遠くもないです。要は、裁判所と当事者の役割分担として、主張・立証は、当事者がやってくださいということです(第一&第三)。
 ただ、誤解を恐れずにいうと、弁論主義は、裁判所の事実認定において、足かせ(制約)になっている面もあります。なぜなら、主要事実については、当事者が主張してくれなければ、判決の基礎とすることができませんし(第一)、当事者間で争いがある事実について、「こういう証拠がこんなところにあるのでは?」と思っても、当事者のどちらかが提出してくるのを待たなければならないというのが原則ですし(第三)、さらに、当事者間で争いがない事実については、「本当は当事者の主張と違うのでは?」と思っても、そのまま判決の基礎としなければならないからです(第二)。
 裁判では、当事者の一方が主張した事実について、他方は、認否をさせられます(認めるのか、認めないのか等をいわされます)。そして、原則として、当事者間に争いのある「争点」について、各当事者は、攻撃・防御をつくしていくのです。

 ところで、第一テーゼには、不意打ち防止機能(相手方の防御の機会の保障)があるといわれます。たとえば、前々回の原告が被告に100万円貸したから返してくれという例で、裁判所が、「あれ?原告は100万円貸したと主張し、被告はこれを認めているけど、本当は100万円をもらったんじゃないの?」との心証をいだき、裁判所がいきなりそのような認定をしたら、原告はびっくりです。原告としては、「被告がそのような主張をしていなかったから、反論のしようもなかったし、たいした立証をしなかったのだ。裁判所がその点を気にしていたのなら、もっと、『貸した』ことがわかる証拠を提出できた。裁判所はひどい。不意打ちだ!。」となりますよね。
 なお、裁判所は、不明な点等について、当事者に質問したり、立証を促したりする権能がないわけではありません。これを「釈明権」といいます。
 けれど、原告と被告が100万円の貸金の存在について争っていないのに、裁判所が、「本当は100万円をもらったんじゃないの?被告さん、これこれの証拠はありませんか?あったら、裁判所にだしてください!」などと割って入っていったらどうでしょうか。原告は、裁判所が被告の味方をしているように感じてしまうのではないでしょうか。釈明権を過度に行使すると、“不公平な裁判所”となり、弁論主義に反する可能性があるのです逆に、釈明権を適切に行使しないと、“不親切な裁判所”になります)。

4.  租税訴訟は、通常、行政訴訟ですが、行政訴訟にも弁論主義は妥当するのでしょうか。この点、課税処分取消訴訟を含む租税訴訟においても、通常の民事訴訟と同様に弁論主義が妥当するとされています(『租税訴訟の審理について』。行政事件訴訟法24条により、職権証拠調べが認められていますが、実務では、職権証拠調べがなされることはほとんどないようです。)

5. さてさて。
 ようやく、「規範的要件」の評価根拠事実をどのように位置付けるかに係る主要事実説vs間接事実説についてです。
 白表紙によると、かつては、間接事実説が有力だったようです。
 間接事実説理論的欠点は、もし、「規範的要件」、たとえば、「過失」自体が主要事実だとすると、これを直接立証することが理論上可能でなければなりませんが、具体的事実(「車両の速度を落とさなかったという事実)から切り離された「過失」自体を証拠によって直接立証することはできないことは明らかだと解される点にあります。また、実際上の欠点としては、さきほど説明した弁論主義の第一テーゼに関連して、指摘されています。すなわち、もし、「過失」が主要事実だとすると、原告は、「過失があった」と主張すれば当事者としての役割を果たしたことになってしまい、被告が的確な反論をできず、事案によっては、不意打ちになる恐れがあると解されるのです。白表紙は、「このような実際の弊害を防止するものとして釈明権の行使に期待することになろうが、主張責任によってもたらされる不利益がなくなった当事者に対して、釈明権行使だけで適切な事実主張をさせることは容易ではないであろう。」としています。
 これに対し、近時の有力説とされる主要事実説では、規範的評価を根拠づける評価根拠事実のみが主要事実となるので、これにあたる具体的事実(車両の速度を落とさなかった、前方不注意だったなど)について主張責任がある一方、規範的評価自体(「過失」)については主張責任がないことになります。白表紙は、主要事実説の実際的な難点として、第一テーゼのもと、当事者が主張しない評価根拠事実は、いかに有用であったとしても、裁判所がこれを基礎にできない点をあげています。
 そして、白表紙は、主要事実説、間接事実説、どちらも問題を抱えてはいるが、主要事実説のさきの難点を救うために、以下のような配慮がされることを前提として、主要事実説を妥当としています。すなわち、主要事実説の難点は、通常、立証された事実と主張内容とに食い違いがある場合に問題となるのであり、裁判所は、相手方の防御権を実質的に損なわない限り、立証活動の規制を比較的緩やかにし、当事者の主張しようとする真意を的確に把握して合理的に解釈し(いわゆる善解)、また、主張の欠落に対して釈明権の適切な行使することが期待されます

6. IBM事件でいうと、「不当」性の要件にせよ、最高裁が用いる基準、経済的合理性を欠いているか否かにせよ、具体的事実から切り離して直接立証することは困難なのではないかと思われます。なので、これを根拠づける評価根拠事実について、国に主張立証責任があるところまでは、異論はないのではないでしょうか。
 その評価根拠事実が、主要事実なのか、間接事実なのか…。この辺りは、白表紙もいうように、主要事実説をとるとしても、その難点に配慮し、柔軟な対応が望まれることもあるのではないかと思われます。、

 そして、最も重要な問題は、評価根拠事実として、どのような具体的事実を主張・立証すれば、「不当」性の要件が認められるか、なのではないでしょうか
 この点、控訴審判決は、「経済的合理性を欠く場合には,独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり,このような取引に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要するものというべきである」と判示します。なので、評価根拠事実に、②は含まれているようです。すなわち、国は、②について、主張立証責任を負うのでしょう。
 他方、「『不当』か否かを判断する上で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,被控訴人が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない」とも判示しています。これを素直に読むと、①や③は、国が主張立証責任を負う評価根拠事実ではないように思えます。でも、経済合理性の判断で考慮しないわけではないといっているので、納税者側で、①や③について主張立証してみるしかないように思います。

7. 更なる問題としては、②「独立当事者間の通常の取引と異なっている」という評価根拠事実も、また、「通常」というような評価を含んでいることです。
 しかも、ざっくりとした比較でいけませんが
 ’法人税の負担を不当に減少させる’< ’独立当事者間の通常取引と異なっている’
と感じる方は、少なくないのではないでしょうか。
 法人税法132条は、税務署に極めて大きな権限を与えているところ、控訴審判決によれば、同族会社の取引が独立当事者間の通常の取引と異なっているだけで、「不当」性の要件をみたしているとして判断される可能性があり(正当な目的があっても、どの程度考慮されるかわかりません)、恐ろしいように思います。
 谷口教授は、控訴審判決について、「不当性要件の射程を『大きく拡張するもの』であり、納税者が主張するように、租税法律主義に違反する」と記しておられます。

 なお、金子宏先生の『租税法(第22版)』(弘文堂)では、
「不当」性
→経済的合理性を欠いている場合
→①異常ないし変則的で、②租税回避以外にそのような行為・計算を行ったことにつき、正当で合理的な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のこと
としておられます。
ただ、ここで、
→独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引とは異なっている取引には、それにあたると解すべき場合が多いであろう
 というのがでてきます。
 ここは、第17版以降に記載の変更があったところで、私のもっている第14版では、「経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で総合に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(…)と異なっている場合をも含む」と記載されています。この点、太田弁護士が金子先生にこの変更の趣旨を確認したとおっしゃっておられるのが、大変興味深いです(税務弘報
64112頁以下)。
 また、金子先生は、①と②の2点を、’主要な論点’としてあげておられます(ここも、第21版以降、3点→2点への変更がありました。)。
 ’主要な論点’というのは、要件事実的にいうと、評価根拠事実(現在の有力説では、主要事実でもあります。)を意味するのではないかと思われます。
 ①と②を要求すると、不等号としては、’>’になるような気がしないでもないですが(笑)、この立証が、独立当事者間の通常の取引と異なるとの立証ととりかえ可能であるのなら、控訴審判決と大差なくなってしまうようにも思われます。