2016年2月21日日曜日

IBM事件で国敗訴確定(最高裁平成28年2月18日決定)、行政不服審査法の改正


1.  昨日(220日)の日経新聞朝刊によれば、以前、このブログでとりあげたことのあるIBM事件について、最高裁は、国側の上告受理申立てを不受理とする決定をしたようですね(最高裁決定は、平成28218日付)。

 これにて、なんと、約1200億円もの課税を取り消した原判決が確定し、国は還付加算金を加えた額をIBMに支払うことになりました。日経新聞によれば、「裁判で取り消された課税処分としては、旧日本興業銀行への法人税など約1500億円旧武富士創業者の長男への贈与税など約1380億円に次ぐ3番目の規模」とのことです。

 IBM事件の第一審判決(東地判平成2659日)については、こちら
 IBM事件の控訴審判決(東高判平成27325日)については、「その1」が、こちら。「その2」がこちら
 武富士事件については、平成24年の研修に用いたものですが、こちら

 → <後記> 要件事実論との関係をふれてみました。
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post_5.html
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post_8.html


2.行政不服審査法の改正

(1) 先週、改正行政不服審査法に係る日弁連の実務研修がありました。

(2) 日弁連の実務研修は、
改正行政不服審査法の概要
審査請求人代理人として
審理員として
という構成でした。
 このうち、②③については、弁護士向けですが、①については、勿論、一般的な内容を含みます。
 以下、改正行政不服審査法の基本的な概要について、主に条文をおう形で、少し、ご紹介します。


 なお、行政不服審査法関連三法(行政不服審査法、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下、「整備法」)、行政手続法の一部を改正する法律)については、一昨年6月の事務所通信にて、国税に係る不服申立てがどのようになるかについて、とりあげたことがあります。公布されたばかりの時点で限られた情報を基に書かれたものですが、行政不服審査法と国税通則法の適用関係等については、こちらをご覧いただければと思います。
 → 事務所通信第2(PDF版は、こちら)。

(3) ところで、行政不服審査法は、行政庁違法または不当処分その他の公権力の行使に当たる行為に関する不服申立てについての一般法です(同法2条)。
 であると地方公共団体であるとを問わず、適用されます。また、行政訴訟とは異なり、違法な処分か否かのみならず、不当な処分か否かも審理対象とします。

(4) 今回の行政不服審査法の改正は、50年振りの抜本改正です。
 その主な改正目的は…。

公正性の向上

→審理員制度の導入、行政不服審査会等への諮問手続の新設など

使いやすさの向上

→不服申立て前置の見直し、審査請求への一元化、審理の迅速性の確保のための制度など

(5) 不服申立前置の見直し審査請求への一元化について

 改正前、96の個別法において、不服申立前置の定めが規定されており、これが国民の権利利益の迅速な救済の妨げとなると指摘されていました。
 特に、国税通則法もそうですが、いわゆる二重前置(異議申立てと審査請求)は、過度な負担となっているといわれていました。


 改正法では、不服申立前置の多くが全部ないし一部廃止されています
 また、不服申立ては、審査請求に一元化されました(処分について同法2条、不作為について同法3条参照)。もっとも、個別法に定めがある場合、再調査の請求を行うことができるとされています(同法5条。なお、審査請求と再調査の請求は、選択主義)。再調査の請求を定めているのは、現時点で、国税通則法(75条1項2項)、地方税法(72条の108)等、5つの法律のみです。


 審査請求、再調査の請求、訴訟提起のいずれを選択するかに際しては、処分に付される教示文(同法82条1項参照)が参考になるでしょう。


 なお、行政不服審査法、整備法の施行日(平成28年4月1日)前になされた処分等については、「従前の例による」として、改正前の行政不服審査法が適用されます(行政不服審査法附則3条、整備法附則5条参照。不服申立前置の見直しについては、整備法附則6条参照)。

(6)審理員制度の導入、行政不服審査会等への諮問手続の新設
 改正前は、なんと、原処分に関与した職員が審理手続を行うことについて、何ら、規制はなく、審理手続の公正性・透明性を確保するための配慮に欠けていました

 改正法が導入した審理員制度においては、原処分に関与していない等、一定の除斥事由(同法9条2項参照)にあたらない審理員が、審査請求人等及び処分庁等それぞれの主張を踏まえ、各自が提出する証拠書類等を基に、審査長がすべき裁決に関する審理員意見書を作成し、審査庁に提出します(同法42条参照)。
 審理員制度における手続の概略は、以下の通りです。
 審査請求人は、審査請求書を、審査庁に提出しても、処分庁に提出しても、構いません(同法21条参照)。審査庁が、審理員を指名し、その旨を審査請求人及び処分庁等に通知すると(同法9条1項本文)、審理員は、相当の期間(2~3週間程度)を定めて、処分庁等に対し、弁明書の提出を求め(同法29条2項)、処分庁等は、弁明書に、処分についての審査請求であれば「処分の内容及び理由」を記載します(同条3項1号)。これに対し、審査請求人は、反論書を提出することができます(同法30条1項)。また、審査請求人等の申立てがあった場合、審理員は、口頭意見陳述の機会を与えなければなりません(同法31条)。一連の手続きを経て、審理員が審理手続を終結する(同法41条)と、審理意見書を作成し、速やかに、審理庁に提出します(同法42条)。


 行政不服審査会等への諮問手続については、は、総務省行政不服審査会を(同法67条1項)、地方公共団体は、その実情に応じる形で、行政不服審査会に相当する機関を(同法81条。なので、”等”。)、設置します。
 審査庁は、審査請求人が諮問を希望しない旨の申出をした場合、審査請求の全部を認容する場合等、所定の場合を除き、行政不服審査会等に対し、諮問をしなければなりません(同法43条)。


 そして、そして…。審理庁は、審理意見書や行政不服審査会等の答申に従わなければならないというわけではありませんが、審理庁の裁決の主文が、審理意見書又は行政不服審査会等の答申と異なる内容である場合、異なることとなった理由を、裁決の理由に記載しなければならない(同法50条1項4号)、という建て付けになっています。

 この2つは、新しい制度なので、特に、地方公共団体にとっては、大きな改正であるといえるかもしれません。
 「行政不服審査法審査請求事務取扱マニュアル(審理庁・審理員編)」は、国又は地方公共団体における不服申立ての実務で活用されることを期待してまとめられたものですが、不服申立手続を利用する側にとっても、大変、参考になります。
 →上記マニュアルは、「平成26年度新たな行政不服審査員制度の下での審理手続等の手法に係る調査研究報告書」の「資料編Ⅲ」として、掲載・公開されています。

2016年2月15日月曜日

常滑、大野の散策と日本遺産


1.  日付が変わって、昨日の名古屋は、雨がやんだ後、湿気は高いまま温度があがり2とは思えない、むわっとする陽気でした(春一番も吹いたそうで…!?)
 昨日は、バレンタインデーでしたね♡♡♡
 事務所の近くの「ショコラトリー・タカス」のディスプレーに、「R2-D2」と「炭素冷凍されたハン・ソロ」発見♪言わずもがな、チョコレート製です(笑)。
   
お店の許可をいただいて撮影♪
「R2-D2」と「炭素冷凍されたハン・ソロ」

2.常滑の休日♪

(1)建国記念日に、常滑にドライブに出かけました。

(2)常滑に着いてすぐ、INAXライブミュージアムPizzeria la fornace」にて、ピザに舌鼓♪
   
Pizzeria la fornaceのピザ窯

 資料館やタイル博物館を見学。トイレのコレクションは、初めてです(笑)。
 常滑焼は、日本六古窯の一つ。
 常滑では、明治に入ると、土管の製造がはじまり、INAX(㈱LIXIL)も陶管製造を基いとし、土管やタイルといった建設用陶器を主力としていったようです。トイレなど衛生陶器では、TOTOと二社で、約9割のシェアを占めるとか…。
 ところで、昔って、どうして、空き地に土管が転がっていたんでしょう(笑)。「ウルトラマン」にも、子供が土管に落書きした怪獣が実体化するという話があったように記憶しています。


 
 
    
金色に輝くトイレも(笑)。


(3) やきもの散歩道を散策。
   
やきもの散歩道には、レンガ造りの煙突や窯が点在しています。

 以前常滑に行った際、廻船問屋瀧田家は公開されていなかったので、今回、訪れるのを楽しみにしていました。
 瀧田家は、18世紀初頭から続く旧家で、4代目の時代、弘化2年(1845年)には2隻の船を、5代目の時代には4隻の船持ちであったことが、確認できるそうで(持ち船の積載量は、700~1000ほど)、更に、明治に入ると、木綿問屋も開業していたようです

 江戸から明治にかけての知多半島って、海運業でも、頑張っていたんですね(尾張廻船は、大阪と江戸を結ぶ菱垣廻船や樽廻船の間隙を縫うように活躍していたとか…。)。
 瀧田家は、主屋、土蔵、離れからなり、1850年頃に建てられたそうです。
     
 
瀧田家へに至る坂道
   
復原前の瀧田家は、随分、荒れていたようです。
       


 古い箪笥と長持ち 瀧田家のお雛様

 ちなみに、江戸時代、知多半島は、醸造業も盛んでした。
 ソニーの盛田昭夫さんのご実家が小鈴谷村(こすがやむら。現在、常滑市。)の酒、味噌醸造家であったことは有名ですよね。
 また、知多半島の半田市は、あのミツカンの創業家、中埜家が酒造の副産物である酒粕を活かして粕酢の生産をはじめ、これが、江戸の寿司ブームを支えたといいます。
 先日の新聞には、愛知県が、半田市など15市町と連携して、醸造文化を文化庁の「日本遺産」(*)に申請したとの記事がでていました。

*「日本遺産(Japan Heritage)」とは
地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを日本遺産として文化庁が認定する制度。
 ストーリーを語る上で欠かせない有形や無形の様々な文化財群を、地域が主体となって総合的に整備し、国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより、地域の活性化を図ることを目的とした文化施策です。
 「ストーリー」というのが、耳新しい感じがしますね。
 従来型の文化行政が、個々の資産(国宝・重要文化財・史跡・名勝・無形文化財・民俗文化財)ごとに、「」として指定し、その「保存」に重点を置いていたのに対し、日本遺産認定制度は、地域に点在する様々な遺産を、パッケージ化した上で一体的にPRし、点在する遺産を「」として、国内外に発信し、地域のブランド化、アイデンティティの再確認を促進していく「活用」重視の制度であるとされています(文化庁の「日本遺産」のパンフレット
参照)。
  ちなみに、国宝、重要文化財と文化財保護法についてはこちらに、「世界文化・自然遺産」(World Cultural and Natural Heritage)と「無形文化遺産」(Intangible Cultural Heritage)については、こちらに、少々ですが触れていますので、よかったら、ご覧くださいませ。

(4) 次に、旧大野町へ(現在は、合併して、常滑市になっています)。

かつて、「大野湊」とよばれ栄えた港町。そして、あの織田信長の妹お市の方の三女、お江(小督)の最初の嫁ぎ先として、有名です。
      
大野の古い町並みから
大野の中心部から大野城址をのぞむ。
丘の上に展望台がみえます。

 当時の大野城主は、佐治与九郎一成。ちなみに、与九郎の母は、お市の姉妹(おそらく妹)「お犬」で、お市に負けず劣らずの美人だったとか…。
 なぜ、信長は、お犬を大野に嫁がせ、信長亡き後、秀吉もまた、お江を大野に嫁がせたのか。
大野城址にある展望台
     
大野城址にある展望台からの眺めは最高!

大野城址(城山公園)にある展望台(復元した建物ではないそうです。)からは、伊勢湾が一望でき、対岸の三重県まで見渡せます。
 作家の永井路子さんは、展望台の中に掲示されていたのエッセイにおいて、未だ尾張一国の征服に力を傾けていた時代の信長がお犬を大野に嫁がせたのは、大野城が五万石にふさわしいささやかなものであったとしてもまさしく海の城であり、佐治家の本領である水軍に着目したからではないか、お市を浅井に嫁がせて近江路を開き、お犬を佐治に嫁がせ伊勢路への進出拠点を築いた、そして、秀吉がお江を嫁がせたのも、やはり、大野水軍が目当てだったのではないか、等と推測されています。


(5) 最後に、昨年12月に開業したばかりのイオンモール常滑に寄ってから、一路、高速で、名古屋へ。夜だと、30分ほどです。
     
イオンモール常滑の入り口。
外国の方にも人気の招き猫がそこかしこに…。
常滑焼と招き猫は縁が深いそうですが、
中部国際空港が近いことも意識しているのでしょうか。

2016年2月13日土曜日

デンソー逆転敗訴(名古屋高裁平成28年2月10日判決)、芝田村町の散策


1. (1) 一昨日の日経新聞に、「デンソー逆転敗訴」という記事がでていて、驚きました。
 しかも、裁判長は、なんと、「国破れて3部あり」(*)で有名な藤山雅行裁判官。
 デンソーのプレスリリースは、こちら(↓)。
 http://www.denso.co.jp/ja/news/newsreleases/2016/160210-01.html
 デンソーは、上告&上告受理申立てするみたいですね。

*一応、ご説明致しますと、勿論、杜甫の有名な五言律詩「春望」の書き出しをもじったものです。藤山裁判官が、東京地裁民事3部(行政専門部)におられるときに、当時(今でも?)、行政訴訟における国や自治体の敗訴率が極めて低い中、国や自治体に不利な判決を連発したことから、そのようにいわれはじめました。もっとも、藤山コートの国や自治体の敗訴判決は、結構、上級審でひっくり返っているんですよね。今回は、藤山コートが、国敗訴の原審をひっくりかえしたわけですが…。

(2) 本件は、タックスヘイブン対策税制に係る更正処分等の取消請求訴訟であり、原審である名古屋地裁平成2694日判決は、デンソーのシンガポール子会社には実態があり、タックスヘイブン税制の適用除外要件を充たすというデンソーの主張を認め、課税処分の一部を取り消していました。
 このブログでは、第一報のみをとりあげたまま(↓)、控訴審の行方に注目していました…。
http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2014/09/blog-post_9.html

 名古屋高裁も訴訟記録の閲覧を制限しているようですが、もうすこし詳しい情報を入手したら、今度こそ、地裁判決と高裁判決を比較、概観してみたいと思います。
→ <後記>
     平成222010)年3月期および平成232011)年3月期について、名古屋地裁平成29126日判決は、デンソーの主張を認め、課税処分を取り消しました。
http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/02/tokyo-district-courts-decision.html


→  <後記2>   名古屋高裁平成28年210日判決は、上告審である最高裁平成29年1024日判決で再びひっくり返り、デンソーの逆転勝訴となりました。
https://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/10/291024.html
 
2. (1) ところで、前回ブログで予告した、芝田村町の散策について、少し…。

(2) 芝田村町は、昔の町名です。
 町名の由来は、あの「忠臣蔵」の浅野内匠頭が、松の廊下で刃傷事件をおこした後、一時預かりとなり、即日、切腹させられた、一関藩主田村右京太夫上屋敷があったことによるものです。
       
史跡「浅野内匠頭終焉之地」

(3) この辺り、いわゆるマッカーサー道路(環二通り)ができて、ものすごく変わっちゃいました。
       
マッカーサー道路。
以前、この辺り(道路予定地)は
長い間、建築規制があって、
低い建物しかありませんでした。

 遠い昔になっていまいましたが(笑)、大学生のとき、今はもうマッカーサー道路にひっかかってしまって立ち退かれたお宅に、家庭教師としてうかがっていました。私の指導はともかく、大変、優秀な生徒さんだったので、なんと、中三だというのに、内申点がめきめきとあがりました。良いことしか思い出せません。
    
赤レンガ通りについての説明。
赤レンガ通り沿いには、新銭座町にて、
慶應三年、福沢諭吉が慶應義塾を創設したとの案内板も。
上野の戦争の最中でも、授業をやめなかったそうです。

 新橋駅から、途中、赤レンガ通りを歩いて通っていたのですが、覚えているお店、「インドネシアラヤ」(前に、ブログで触れたことも…)、籐家具屋さん(「田中栄八商店」?)、三味線屋さん、などなど…やっぱりもうないですね。
 「北京飯店」は、マッカーサー道路に面しながらも、健在!

 新正堂は、場所が移ってしまっていたけれど、ありました♪(新年会のケーキを買いに行ったことがあったなあ…)。
        
懐かしの「ウメヤ」さん

 赤レンガ通りではありませんが、駄菓子屋さん「ウメヤ」(梅屋?)さんは、とじられてしまったようです(淋)。
                           
亡き父(於芝田村町)。

2016年2月8日月曜日

カール独元裁判官によるハーグ条約に係る講演会


1. (1) 23木曜日に、外務省(東京・霞が関)で行われたエバーハルト・カール独元裁判官Mr.Eberhard Carl)による講演会ドイツでのハーグ事案に関する執行手続における子の福祉」を聴いてまいりました。

(2) 日本において、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」、いわゆる「ハーグ条約」が発効したのは、平成264月。
 外務省では、これまでに166(関係国は32か国)の申請を受け付け外国への子の返還12日本への返還6、実現したそうです(今回の講演会に係る外務省の案内による)。
 なお、ハーグ条約については、このブログでも、以下のように、3度、とりあげています。



○「ハーグ条約に関する日豪合同あっせん人研修 ~Mediation-Training for Japanese-Australian family disputes」(2015914日記)

⇒ <後記>
     「ハーグ条約の基礎」事務所通信第7号に載せました。
   http://www.hisaya-ave.com/tsushin7-7.html
   PDF版はこちら。
   http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf

(3) 今回の講演のタイトルにあるハーグ事案に関する執行手続ですが、まず、日本における執行手続を概観してみます。
 子の返還命令が確定しても、任意に子が返還されない場合、強制執行を申立てることになるわけですが、日本におけるハーグ事案に関する執行手続は、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下、「実施法」)といいます。」に規定されています(実施法の「第四章 子の返還の執行手続に関する民事執行法 の特則」参照。ちなみに、ハーグ事案以外については、明文の規定はなく、判例等に基づいて、実際の運用がつみあげられてきています)。
 以前のブログでも軽く触れましたが、強制執行には、間接強制代替執行(代替執行をベースとしつつアレンジした手続)があり、実施法は、代替執行を申立てる前に、間接強制を試みなければならないとしています(間接強制前置。実施法136条。)。なので、間接強制を試みても、なお、子が返還されない場合に、代替執行に進むことになります。
 代替執行には、子の解放を行う段階(解放実施)と、解放した子を常居所地国へ返還する段階(返還実施)があります。実施法では、子の監護を解くために必要な行為を実施する解放実施者執行官限定する(実施法138条)一方、返還実施者についてはそのような制約はなく、LBPLeft Behind Parent,子を連れ去られた親)が想定されています。
 解放実施者(執行官)は、債務者(通常、TP Taking Parent子を連れ去った親))の説得のほか、債務者の住居等への立ち入り、子を捜索したりします(実施法14011号。必要があれば戸の開錠もできます。)。また、債務者が抵抗すれば、これを排除するために威力を用いたり、警察上の援助を求めることができます(同条4項)。ただし、子に対して、威力を用いることはできません(同条5項)。
 解放実施は、債務者の住居その他債務者の占有する場所で行うことを原則としていますが、その他の場所でも例外的に実施することができます(実施法14012項)。ただし、いずれの場合においても、子の監護を解くために必要な行為は、子が債務者と共にいる場合に限りすることができるとされています(同条3項)。

(4) カール元裁判官の講演では、まず、ドイツにおけるハーグ条約の手続で、子供の福祉がいかにはかられているかが、強調されていたと思います。
 子の奪取事案では、多くのTPが奪取の事実を子に伝えていないという研究があるそうで、このように子が適切な情報を与えられていない状況は、子にとって、悲劇であるとおっしゃいます。ドイツでは、親と子供の間で利益が相反する可能性がある場合、裁判所は、子のために、guardian ad litem (GAL、訴訟後見人)を任命しなければなりません(ドイツ家事事件及び非訟事件手続法(Act on Proceedings in Family Matters and in Matters of Non-contentious Jurisdiction, APFM158条)。GALは、とても重要な役割を担っており、特別な訓練が必要とされています。GALは、まず、何が起きているのかを、子に適切に説明する必要がありますし、子の意見や希望等を聴いて判事に伝え、また、親とコンタクトをとり、子の利益を思い起こさせ、友好的な解決に導いたりします。なお、判事は子に直接審問する必要もあります(APFM159条)。
 ご高承の通り、ハーグ条約では、子の任意の返還、友好的な解決が望ましいと考えられているところ、ドイツでも、中央当局及び裁判所により、mediationが推奨されています。
 このように、子の利益が最優先であること、友好的な解決が十分に試みられる必要があること等が強調される一方で、カール元裁判官は、国が本気で執行する気がないとわかるとTPは裁判所の判断に従わない、稀なケースとはなるが、威力を示す必要もあるという厳然たる態度も示されていたように思います。
 子に対する強制執行は、返還ケースにおいてのみ、子の利益を考慮してこれが正当化され、かつ、他により深刻でない方法が可能でない場合に限り、認められます。
 裁判所は、子の返還の妨害行為等を避けるための命令をだすことができます(国際家族手続法(International Family Law Procedure Act, IFLPA15条)。ヨーロッパには、子の返還を妨害するための国境を越えたサポーター集団がいるそうで、子の返還の場面にメディアを連れて押しかけ、子にとっても、TPにとっても、悲劇的な状況に陥ることがあるようです。
 また、執行官bailiffsは、TPがいなくても、例えば、学校や幼稚園において、子供を連れて行く権限を与えられています。任意の返還に応じない親は、裁判所の命令に同意したと思われたくはないだろうから、むしろ、TPの面前での執行は望ましくないというニュアンスも感じられました(個人的な感想です)。
 当然、執行官は、適切なトレーニングを受けなければなりません。
 ドイツには、少年局(Youth Welfare Office, YMO)という機関があり、友好的な解決をサポートしたり、面会を実施したりする他、子の返還事案で、強制執行の実施をアシストします(IFLPA91項)。もちろん、警察も、強制執行の実施をサポートします。

(5) 前述のとおり、日本においては、ハーグ条約が発効してから2年も経過しておらず、外国への子の返還が実施されたのは、12件にすぎません。
 しかし、今後、件数が増加していけば、強制執行手続にまで至るケースも増えることが予想され得ます。
 日本に先んじてハーグ条約に加盟し、実績を積みつつ、運用を改善してきたドイツでは、強制執行のみならず、日本と異なるハーグ条約の実施の状況があるようで、色々と考えさせられ、勉強になりました。

(6)  カール元裁判官は、昨年9月横浜で行われた日豪合同あっせん人研修の講師でもいらっしゃいました。
 そこで、講義の後、横浜の研修に参加した弁護士や家事調停官が集まり、カール元裁判官を囲んで、夕食会が催されました。
 この夕食会でも、カール元裁判官や諸先輩から色々なお話がうかがえて、大変、勉強になりました。

2. (1) ところで、冒頭で触れました通り、今回の講義は、外務省で行われたのですが、遅刻しないようにと、東京駅に少し早めに着く新幹線にのりましたので、時間を調節するために、新橋駅から外務省まで歩きました。
 また、講演と夕食会の間にも時間がありましたので、芝田村町を散策しました。

(2) 芝田村町については、次回にでも…。

(3) 外務省のある霞が関は、以前のブログでも触れました通り、大学卒業後勤めていた銀行近辺であり、霞が関から新橋までは、親睦会等のため歩いたことが何度もあり、昔からあるお店をみつけると、懐かしくて…。

         
新橋駅は大規模改良工事中。
SL広場は、噴水がなくなり、「愛の像」の場所が変わってる!
          
みつけた!
昔からあるお店「末げん」。
三島由紀夫が自決前に晩餐に訪れたことで有名なお店ですよね。
部の親睦会でいったときは、建て替え前。
「鳩山一郎」元首相の書が飾ってある部屋でした。
その後、建て替え中、仮店舗にもいったことがあります。
流しの三味線弾き(?)が通り、これまた、風情がありました。

末げんの昔のパンフレット。
黒板塀のしっぽりとした外観でした。

烏森通。ここはあまり変わってないように見えます。
もっとも、飲みに行ったことないですが…。

おおっ!大好きな堀商店ビルは健在♪
(4)  今回、外務省に入るには、勿論、身元チェックがありましたが、私が銀行にお勤めしていた当時は、どこも警備も緩やかで、外務省の食堂にランチを食べに行ったことを思い出しました。
もっとも、農林水産省の食堂の方が、人気があったような…。農林水産省の食堂は、現在、誰でも入れるんですね。
あと、通産省(古い!)別館の上にはテニスコートあったなあ…(笑)。