ラベル 税務 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 税務 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年1月12日月曜日

令和8年もよろしくお願いいたします。

 

1.令和8年(2026年)もよろしくお願い致します。

 

今年は、名古屋で午年に行くべき神社をネットで調べて、
馬を大切にした徳川家康公をお祀りする名古屋東照宮にお参りしました。


2.昨年になりますが、メ~テレ(名古屋テレビ放送株式会社)さんより、公正証書遺言についての取材を受け、20251228日付のオンラインニュース「公正証書と安心していると思わぬ落とし穴も 遺言の種類で優劣関係は無し 日付の新しいものが優先」として配信されました(記事保持期間は13カ月)。

 3. 一昨々日(202619日)、租税訴訟学会名古屋支部で、「社会通念の意義と役割~租税法律主義からの観点も踏まえて~」というテーマにて研修講師をつとめました。研修の内容は、昨年11月、日本税法学会中部地区で発表したものに、令和以降の裁判例の検討を加えるなど、少しだけブラッシュアップしたものです。これをさらに整理して論文とする予定なので、また、形になりましたら、ご報告致します。

2023年8月11日金曜日

暑い夏 租税回避について思うこと(総則6項事件を契機として) ~その2~

1.総則6項事件と「租税回避」について(続き)

(1) 昨日のブログは、総則6項事件において、「合理的理由」すなわち「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」というきわめて規範的な「事情」があれば、「租税法上の一般原則」である「平等原則」の例外が認められることから、その事情の中に、租税回避を理由とするものがあれば、結局、法的根拠なき租税回避行為の否認が認められる結果となってしまっているのではないか…という杞憂(笑)でしめくくりました。
 それでは、本判決では、何が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」として認められたのでしょうか。
 まず、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額」との間の「大きなかい離」をもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるということはできないと判断されました。つまり、単に、評価通達による申告では時価と大きなかい離が生じてしまうことを理由として、評価通達によらない時価をもって課税庁がする処分は、平等原則違反として、認められないということになります。
 そして、本判決において「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとされたのは、
ⅰ本件購入・借入れにより相続税の負担は著しく軽減されることになったこと
ⅱ本件購入・借入れは「租税負担の軽減をも意図して」行われたこと

 本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する
とされたからです。
 ここで疑問に思うのが、ⅰについては、「大きなかい離」があれば、誰が本件購入・借入れをしたとしても、評価通達に基づいて申告すると、相続税の負担が著しく軽減される結果となってしまうのではないかということです(借入金や基礎控除による税負担の軽減は誰にでも認められますので…。)。
 とすると、結局、ⅱの「租税負担の軽減をも意図して」が重要になってくるのではないか…。
 納税する際に、法が許す範囲内で、租税負担を軽減できる方法を選択するのは、本来、自由なはずです。はたして、「租税負担の軽減」の「意図」は、「租税回避の意図」と同じなのでしょうか?

(2) そもそも、 租税回避」というのは講学上の概念で、法律に定義などはありません。
 「租税負担の軽減」というと、「租税回避」と違って、単なる「節税」にもみえるところ、金子宏教授は、「節税tax saving)」については、「租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為」とするのに対し、「租税回避tax avoidance)」については、「租税法規が予定していない異常ないし変則的な法形式を用いて税負担の減少を図る行為である」とします。もっとも、「節税租税回避の境界は、必ずしも明確ではなく、結局、社会通念によって決めざるを得ない」としているのです。また、租税回避行為の否認については、「租税法律主義のもとでは、法律の根拠がない限り租税回避行為の否認は認められないと解するのが、理論上も実務上も妥当であろう。新しい租税回避の類型が生み出されるごとに、立法府は迅速にこれに対応し、個別の否認規定を設けて問題の解決を図るべきであろう。」(『租税法24版』)とされています。
 清永敬次教授は、もう少しクリアに、「租税回避tax avoidance, Steuerumgehung)というのは、課税要件の充足を避けることによる租税負担の不当な軽減又は排除をいう。」としつつ、「租税回避というとき、一般にややもすると、租税回避行為は許されない行為であると考えられがちであるが、これを禁止するための規定がない場合には、租税回避があるからといってこれが税法上否認されることはないのであるから、租税回避行為はその限りで税法上承認されている行為に他ならないと考えるべきものである」(『税法新装版』)とおっしゃっています。
 更に、岡村忠生教授は、「租税回避は、課税要件を充足せずに税負担を<軽減する>ことであるとされるが、そのようなことが果たしてありえるのか、税負担は、<軽減された>のではなく、単に最初からその金額だっただけではないのか、と問われたとき、答えはないと思われる。…略…租税回避の研究のためには、まず租税回避が現実に存在することを示さねばならないはずである。しかし、それは、たとえばUFO(空飛ぶ円盤)の存在証明と、何が異なるのだろうか」(「租税回避研究の意義と発展」『租税回避研究の展開と課題』)ともおっしゃっています。
 こうやってみてくると、「租税回避」がどういうものかあまりはっきりしない上に、法的根拠なく否認することはやはり難しいのでは…と思ってしまうのです。

(3) ところで、法人税法132条の2の「不当性要件」について濫用基準を採用したといわれるヤフー事件((最判平28229)の最高裁判例解説において、徳地淳=林史高調査官も、同条の不当性要件の解釈に係るヤフーの主張を採用しがたいとするにあたり、「『租税回避』の概念についても、その意味内容は多義的であり、不当性要件の解釈の決め手となるようなものではなく」等と記しています。
 ところが、同じ最高裁判例解説において、「租税法律主義は、租税の賦課徴収が、法律の根拠に基づき、法律に従って、行われなければならないとする原則であり、私人にとって将来の予測を可能にし、法的安定を確保することを目的とするものである。そうすると、租税法規が適用されるべき事案であること、あるいは、適用されるべき事案でないことが、関係者に明らかな場合であるならば、租税法規を適用し又は適用しないこととしても、租税法律主義違反の問題は生じないと解される」とした上で、ヤフー事件の最高裁判決が採用した濫用基準が濫用の有無の判断にあたり「租税回避の意図」を要求していることから、「租税回避を意図して組織再編税制に係る各規定の趣旨、目的から逸脱する態様でその適用を受け又は免れた場合」には、「その関係者にとって、組織再編税制に係る各規定が適用されるべき事案であること又は適用されるべき事案でないことは明らかというべきである。」から「これを132条の2により否認することは租税法律主義の目的である予測可能性及び法的安定性の確保を害するものではなく、租税法律主義違反の問題を来すものではない」と記しているのです。
 要するに、「租税回避」の概念なんて多義的でよくわかんないよね!と批判しながら、納税者に「租税回避の意図」があれば予測可能性が確保されるから租税法律主義違反の問題なんて生じないんじゃね!といっている?ようにみえるのです…。こわいです…。ヤフー事件は132条の2という個別分野に関する一般的否認規定を適用したもので、租税回避行為の否認に関する事案ではありませんがが…。

(4) そもそも、これは、また日を改めたいですが、租税法律主義のもと、租税法の解釈において、課税庁に有利な一般原理の適用をみだりに認めてよいのでしょうか。
 信義則については、最高裁(最判昭和62.10.30)がとても厳しい条件のもとに適用があることを認めています。「信義誠実の原則なり信頼保護の原則なりが問題となる一つの局面は、行政の違法な活動を信頼して行動した私人を保護するということにある」わけですが(塩野宏『行政法Ⅰ』)、金子宏教授は、「納税者が誤った表示をなした場合に、それに対する行政庁の信頼を保護するために信義則の適用が認められるべきか」について「ごく例外的な場合を除いて認められないと解すべきであろう」とされています。
 外国税額控除事件(最判平成171219日)においても、事案の説明は避けますが、「本件取引に基づいて生じた所得に対する外国法人税を法人税法69条の定める外国税額控除の対象とすることは,外国税額控除制度濫用するものであり,さらには,税負担の公平を著しく害するものとして許されない」と判示したのに対し、金子宏教授は「限定解釈を行った例であると理解しておきたい」(『租税法24版』)とされています。
 実は、私は同事案はかなり特殊な事例で、裁判所が苦慮しつつ判断を下したものであり、先例性に乏しいのかと思っていました。
 ところが、やはり、ヤフー事件の最高裁判例解説では、同事件の濫用基準は、外国税額控除事件判決の「制度濫用」の評価の基礎とされた内容が「参考にされたものと考えられる」と書いてあるのです。

(5) 総則6項事件について 中里実教授は、「本件は、通常の感覚の持ち主であれば、他の納税者との間に『看過しがたい不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する』(本判決)という感覚をいだくことがありうるのではないかと思われる事案である。そうであるからこそ、最高裁で納税者が敗訴したのであろう。」(「租税法の難問【第35回】」税務弘報20232)とした上で、「もちろん、納税者のような考え方を正当と考える論者も存在するであろうから、その点について批判するつもりはないが、しかし、本件納税者の出訴、敗訴により、実務上、他の納税者が多大な迷惑を被っているという点だけは無視するわけにはいかないであろう。」とまで書いておられます。
 確かに、既に述べたように、「平等原則」とか、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とかいう曖昧な基準で、租税回避の否認が認められた結果にみえてしまうのは、とてもこわいことです。本判決を何度読んでも、高齢になったら借入れして不動産投資などすると租税回避と認定される恐れがあるのか(亡くなる何年くらい前に購入していれば。「近い将来発生することが予想される被相続人からの相続」といわれないのか)、相続人としては、相続税の費用を捻出したいこともあるはずけど、本件で一つをすぐに売却したことは「事情」に考慮されているのか…などなど…どこからアウトになるのかが極めてわかりにくいように思います。
 ただ、通常の感覚の持ち主であれば「実質的な租税負担の公平に反する」という点については、確かに…高齢だし…片方は売っちゃったし…なによりも、相続税がゼロになっちゃっているし…とも思う反面、それは、究極的には「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」ではないとされた評価通達と時価の「大きなかい離」によるものであり、実際にも、最高裁判決を受けて、先日、「『タワマン節税』と呼ばれる相続税の軽減策をめぐり、国税庁は30日、新たな算定ルール案を発表した。マンションを相続する場合、相続税の算定根拠となる評価額が時価(市場価格)を大きく下回っていることへの対応で、評価額を階数などを加味した市場価格の6割以上にするのが柱だ。」(令和571日付朝日新聞)と報道された通り、本来は、その大きなかい離を是正すべく、国税庁がすみやかに評価通達を改正すべきだったのではないか…。利にさとい納税者は改正前には税負担の軽減に成功してしまうわけですが、それを納税者に帰責して否認してよいのか、疑問を禁じ得ません。
 金子宏教授は、1978年初出の著作(「租税法と私法-借用概念及び租税回避について-」)において、「新たな租税回避の類型が生み出された場合に、それに対して否認規定ないし対処規定が設けられると、前述のように、納税者は、自己の行為をそれにアジャストさせ、その適用を避けつつ、その外側の安全地帯において租税回避の試みを繰り返すことが少なくない。これに対処するためにさらに新たな立法がなされ、このような無限のサークルの中で租税法規はますます複雑化することになる。しかし、租税法規の複雑化は、おそらく、現代国家の租税制度の一つの宿命であって、今日のように、税負担が重く、しかも租税がわれわれの経済生活のあらゆる局面と密接な関連を持っている時代においては、税負担に関する法的安定性と予測可能性を重視することが不可欠であり、そして法的安定性と予測可能性を重視する限りは、租税法規の複雑化は避けることができないと思われる。」と書いておられます。


2023年8月10日木曜日

暑い夏 租税回避について思うこと(総則6項事件を契機として) ~その1~

1. 「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」についての寄稿

「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」という題で、税法学会中部地区や租税訴訟学会名古屋支部の研修会でお話ししたことがありますが(前者については、このブログでふれたことがあります。)、その際の資料をまとめたものが、『租税訴訟No.16』に掲載されました(「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」(租税訴訟No.16 251頁、2023年))。
 題材となった本件審査請求の結果は残念でしたが、これに含まれる色々な問題については、上記投稿にてかなり紹介できたのではないかと思います。
 ここでは、これまで、研修や上記投稿では触れる機会がなかったことを、一つだけ…。
 それは、本件審査請求は、名古屋在住の納税者が名古屋市内の所轄税務署から処分を受け、名古屋国税不服審判所に申立てたものであるにもかかわらず、縁もゆかりもない静岡支所の係属となったことです。
 静岡支所の方が業務がすいていたことが理由らしく…。結局、「不利益はないように配慮する」という説得に渋々応じることになりましたが…。
 裁判ではあまり聞かないように思うので、備忘のために記しておきます。

 2. 総則6項事件と「租税回避」について

(1) 8月に入り、夏、真っ盛り。
 毎日、毎日、本当に暑い日が続き、それでなくてもどんどん悪くなってきている頭の回転が、更に、悪くなっている気がします(笑)。
 とはいえ、客員をしている大学院が夏休みに入ると、正直、ホッとします。その授業で、今年、事例検討の一つとしてとりあげた“総則6項事件”(最判令4.4.19、以下、「本判決」)について、久しぶりのブログで話題にしてみたいと思います。

(2) この事案は、共同相続人であるXらが、相続財産である本件各不動産について、財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます。)の定める方法により評価して相続税の申告をしたところ、S税務署長から、本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして本件処分を受けたため、その取消しを求めたというものです。
 本事案の背景には、いわゆる“タワマン節税”を招来した、特に高層マンション等の不動産における時価と相続税評価額のかい離があります。

 相続税法22は、「相続……により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」るとしているのですが、現実の評価事務は、「納税者間の公平の維持、納税者及び租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」(金子『租税法24版』)から、評価通達によっています。
 ところが、本事案では、下表のように、申告に用いられた評価通達による評価額が、時価(後述するように、本判決では、鑑定評価額が時価であると認められています。)の約4分の1となっていたのです。
 また、本事案の被相続人は94歳で亡くなる約3年前に多額の借入れをして本件各不動産(下表の甲不動産と乙不動産)を購入したため、借入債務と基礎控除の結果、相続税は0円となりました。しかも、乙不動産については、被相続人死亡後1年以内に第三者に売却しています。
 そのため、本判決は、「本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行した」、つまり、「租税負担の軽減」をも意図していたと認定されているのです。            

 

購入額

売却額

申告の評価額

(通達評価額)

処分の評価額

(鑑定評価額)

甲不動産

8.37億円

 

2億円

7.54億円

乙不動産

5.5億円

5.15億円

1.3億円

5.19億円

(3) さて、本事案が“総則6項事件”とよばれているのは、評価通達の「第1章 総則」の「6」に、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定されているからです。
 金子宏教授は、現実の評価事務は評価通達(基本通達)によって行われていることを「納税者間の公平の維持、納税者及び租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」から肯定的に捉えているようであり、その上で、「基本通達によっては適切な評価をすることができないと認められる特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によって通達の基準より高く、または低く評価することができると解すべきであり…このことを考慮してであろう。基本通達第1章6は、『…略…』と定めている」(金子宏『租税法24版』)としています。また、従来の裁判例も、特別の事情があるときは、やはり、評価通達によらない他の合理的な方法によって評価した価額によることができるなどとしていました。そこで、本事案の第一審も、争点①として、「本件相続開始時における本件各不動産の時価(評価通達の定める評価方法によらない評価が許されるための特別の事情の内容及び本件各不動産におけるその有無)」としていました。
 しかし、そもそも、評価通達そのものについて、通達は法源ではないからこれにより時価を認定することは租税法律主義に反するのではないかという批判もあるところ、上記のように特別な事情があれば、更に、実務上は、評価通達の総則6項を適用することにより、評価通達によらないで時価を認定できるというのは、総則6項を、いわゆる租税行為の否認規定として機能させているのではないかという批判がありました。
 この点、山元拓最高裁調査官(ジュリ158192~)は、「『特別の事情』の位置付け(相続税法22条の『時価』該当性の問題か、平等な取扱いの問題か等)は必ずしも明らかではな」いとしています。そのため、本事案の最高裁では弁論が開かれたのですが、それに先立ち、「更正処分の基礎とされる課税価格に算入された財産の価額が当該財産の客観的な交換価値としての時価を上回らない場合であっても、当該価額が財産評価基本通達の定める方法により評価した価額を上回るときは、当該更正処分は違法となるか(具体的には、①相続税法22条に違反するか、②平等原則に違反するか)」(※)について求釈明があったのです。

22条の「時価」更正処分の基礎とされた鑑定価額申告された評価通達による評価額  の場合
  →①相続税法22反するか
   ②平等原則違反するか

(4) 本判決は、まず、①について、以下のように判示しました。
相続税法22は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない
 そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価上回らない限り同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。
 本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。」

 また、②について、以下のように判示しました。
「他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。…略…課税庁が特定の者相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価上回らないとしても合理的な理由ない限り、上記の平等原則違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情ある場合には、合理的な理由あると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則違反するものではないと解するのが相当である。
 これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情あるということはできない
 もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は28261000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、Xらの相続税の負担著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及びXらは本件購入・借入れ近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待してあえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者Xらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情あるものということができる。」

22条の「時価」>更正処分の基礎とされた鑑定価額>申告された評価通達による評価額  の場合
  →①相続税法22条に反するか? No
   ②平等原則に違反するか?   Yes ただし合理的理由があればNo

(5) このように、本判決は、①において、相続税法22条の「時価」を上回らない限り、同条に違反しないとしていますが、評価通達は国民を直接拘束しないとしつつ、現実には評価通達によって時価認定されていることについてはそれ以上言及していないため、租税法律主義に違反するのではないかという批判に十分にこたえるものとはなっていないように思えます。にもかかわらず、②において、現実には評価通達によって時価認定されていることを前提に、特定の納税者についてのみ評価通達を上回る時価認定をすることは、合理的な理由がない(実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がない)限り、「租税法上の一般原則としての平等原則」に反するから違法だとしています。
 この点、山元拓最高裁調査官(ジュリ158192~)は、「原則として通達評価額によるべき根拠が上記の平等原則にあり、その例外も同原則から導かれるべきことを踏まえ、……位置付けや内実が明確でない『特別の事情』という用語を避けて、事柄の性質に応じた表現としたものであろう。」と書いておられます。
 しかし、既に述べたように、租税法律主義に反するのではないかとも疑われる評価通達による時価認定の適法性について正面から論ずることなく(時価評価は事実認定だから、評価通達によっても租税法律主義に反しないという論理が隠れているのかもしれませんが…)、「評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実である」として課税庁の評価通達による現実の評価実務を追認した上で、「通達評価額によるべき根拠」として「租税法上の一般原則」などというものをもってきたことが、まず、極めて憂慮すべきであると思われます。さらに、「合理的理由」すなわち「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」というきわめて規範的な「事情」があれば、「租税法上の一般原則」である「平等原則」の例外が認められる結果となってしまっている…そして、その事情の中に、租税回避を理由とするものがあれば、それは、結局、(たとえ、時価評価が事実認定であるとしても)租税回避行為の否認にあたるのではないか…と感じるのは杞憂というものなのでしょうか。金子宏教授は、「法律の根拠がない限り租税回避行為の否認は認められないと解するのが、理論上も実務上も妥当であろう」(金子『租税法第24版』)とおっしゃっておられますが…。
 ちなみに、山元拓最高裁調査官(ジュリ158192~)は、「ここで問題となっているのは、時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではない…」としているのです。

(6) 長くなってしまったので、続きは、明日に…。

2022年6月9日木曜日

素朴な質問 あれこれ

 日々に気づく素朴な疑問が物事の本質にかかわっていたり、難問への入口だったりすることって、あるような気がします。そして、そういう素朴な疑問は、多くの場合、大変優秀な先人達が疑問を解消してくださっていたり、深く取り組んでいてくださることが多いです。

思い出すと、幼稚園のお便りに、「『なぜ』がいっぱいですね」と書かれ(先生を困らせていたのでしょうか…震)、長じても、色々な疑問が浮かんでは消えていきます(笑)。

 

1.慣性の法則(なぜ電車の中でジャンプしても後ろに飛ばされないの?)

 小学生の頃、電車に乗っていて、どうして走っている電車の中でジャンプしても後ろに飛ばされないのだろうと、急に不思議に思うようになりました。

 そこで、思いきって、小学校の担任の先生に質問すると、「地面でジャンプして同じ位置に着地するのは普通だと思っているかもしれないが、地球はものすごいスピードで自転しているんだぞ。動いている物にのっている人は、その動いている物と同じスピードで動こうとするから、ジャンプしたからといって、急にその場に留まったりしないのだ。」と教えてくださいました。地球は自転していると知識では知っていましたが、地面がそんなすごいスピードで動いているとは想像できなかったので、ビックリしたものです。中学校に入ると、これは慣性の法則という、ニュートンの運動3法則の第一法則の話なのだと知りました。

 2.国税徴収法に基づく差押(なぜ滞納処分の差押では令状がいらないの?)

  山口県阿武町で4630万円が誤って振り込まれた問題では、当初のなぜ仮差押を迅速に行わなかったのかという批判が、国税徴収法を用いた代理人弁護士の豪腕への賞賛に変わっていったように思えます。

 (誤振込について、似たような?経験があったことについては、以前のブログで触れました…苦笑)。

 国または地方公共団体は、履行の催告として督促を行いそれでも租税が完納されないときは、納税者の財産から租税債権の強制的満足を図ることができます。このような納税者の財産から租税債権の強制的実現を図る手続を滞納処分又は強制徴収といいます(金子宏『租税法24版』1037頁)。

 国税の滞納処分に関する一般法として、国税徴収法があり、関税及び地方税の滞納処分については国税滞納処分の例によることとされています。

 私は、以前、何度か、地方公共団体で債権回収の研修をしたことがありますが、それは、滞納処分という簡易かつ強力な債権確保の方途を与えられていない私債権と非強制徴収公債権に関するものです。やはり、滞納処分ができない債権については、地方公共団体は債権回収に苦労するようですね。

 滞納処分は、狭義の滞納処分と交付要求にわかれます(後者の交付要求は、現に進行中の強制換価手続の執行機関に換価代金の交付を求め、それによって租税債権の満足を図る手続で、弁護士としては、破産管財人をしているときにでてきます。)。

 前者の狭義の滞納処分においては、国税徴収法47条が、「次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならない。(以下略)」と規定しています。

 私が国税局で任期付職員をしていた頃、何かのきっかけで、滞納処分による差押の話になり、憲法35条は捜索差押について令状主義をとっており、いわゆるマルサ(国税局査察部)の犯則調査であっても、「地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により」(国税通則法1321項)捜索差押する必要があるのに、滞納処分による差押で令状がいらないのはおかしいのではないかと疑問に思ったことがありました。その際、自分が所有する憲法の基本書などを含め、色々と調べてみてみましたが、満足いく回答は得られませんでした。

 しかし、今回の報道に接し、ふと、単純なことに気がつきました…。債務者が任意に債務を履行しないとき、近代国家では債権者が自力救済をはかることは禁止されており、勝訴判決など債務名義という国のお墨付きを得て、裁判所の強制執行を利用することにより、はじめて権利実現が可能となるところ、滞納処分の場合、国のお墨付きや強制執行が不要なだけなのではと…。

 金子先生の『租税法』を改めて読むと、「私法上の債権については、原則として、その存否および金額について裁判所の判断を経たうえ、司法機関にその履行の強制を求めなければならない。これに対し、租税については、その存否および金額を確定する権限(確定権)と任意の履行がない場合に自らの手で強制的実現を図る権限(強制徴収権・自力執行権)とが租税債権者たる国および地方団体に与えられているわけであるが、これは、租税の確実かつ能率的な徴収を図るためである。」と記載されています。

 阿武町では、昨日(68日)付けで取立権が発生し、約4290万円の回収が完了したと報道されています。全額回収まではいっていませんが、ひとまず、よかったですね。

 3.売買契約において目的物を受領したことによる収入金額の有無(なぜ、売買契約において、売主は代金を受領すると収入金額とされるけど、買主は目的物を受領しても「経済的利益」とならないの?)

  先月、税法学会中部地区で、「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」という題で、審査請求において請求人の代理人をつとめた案件の報告をする機会がありました。

 主要な争点は、

①審査請求人に本件各返礼品の受領による経済的利益があり、これを一時所得の金額の計算上総収入金額に算入すべきか否か

②本件各返礼品の受領による経済的利益があり、これを一時所得の金額の計算上総収入金額に算入すべきである場合、本件各評価額が過大であるか否か

 です。

  このうち、①の争点は、現在のように、多くの地方公共団体が、ふるさと納税を仲介する民間のウエブサイト(よく宣伝されているあれです…)を用いて、「所定の寄附をしてくれれば返礼品を提供する」と約して寄附を募集している実態に鑑みれば、返礼品は寄附の対価となっているという事実があり、それを前提としています。

 ふるさと納税の返礼品の受領については、国税庁が一時所得にあたるとの見解(質疑応答事例「『ふるさと納税』を支出した者が地方公共団体から返礼を受けた場合の課税関係」)をだしていますが、この見解がだされたのは、ふるさと納税制度が導入された直後の平成22年であり、一部報道で「官製ネット通販」と揶揄されるほどふるさと納税を仲介するウエブサイトが整備される以前のことです(平成27年度以降、ふるさと納税制度の利用が大幅に増加し、いわゆる返礼品競争が生じたといわれています。)。

 一時所得にあたるというためには、所得税法341項の規定から非対価性要件を充たす必要であるところ、返礼品は寄附の対価となっている事実を前提とすれば、非対価性要件を充たすことはないと考えられます。

  それでは、雑所得になるのか。そのような学説もありますが、私は、そもそも、「経済的利益」(所得税法361項)がないのではないかと考えています。

 というのも、売買契約において、目的物を受け取った側が課税されるというのは聞いたことがありません。これは対価を支払っているからではないかと考えたのです。

 調べてみると、岡村忠生他『ベーシック税法第7版』(有斐閣・2013年)にABに物を売って代金(金銭)を得る売買契約において、Aが受け取る代金は「収入金額」となるが、Bが受け取る物は「収入金額」とならないことについて、記載がありました。ただし、「金銭を出せば収入金額はなく、物を出せばある。収入金額があるかどうかは、入ってきた方ではなく、出て行った方で決まる」という説明で、恥ずかしながら、いまひとつ、しっくりきませんでした。

 税法学会の報告では、出席されていた先生(教授)から、「収入金額に関する一考察」(岡村忠生、法学論叢158巻第56192頁)に、「所得税法を学びはじめた学生がしばしば陥る難問に、資産を購入したとき、収入金額はどうなるか」がとりあげられていると教えていただきました。

 拝読すると、確かに、初学者が気がつきやすいかもしれない…、しかも…、難問だなあ…と思った次第です。