2019年6月23日日曜日

植樹祭、日本税法学会


1. 6月初旬、第70回全国植樹祭が愛知県で開催されましたが、縁あって参加し、植樹してまいりました。
 5月に即位された天皇皇后両陛下の初めての地方公務ということで、テレビの報道等でご覧になった方が多いと思います。
 前回、愛知で開催されたのは、約40年前といいますから、次回があっても、私は、絶対に、参加できないでしょう。でも、私が植樹した苗が立派に育ってくれるとしたら、とても嬉しい気がします。
 樹や森を育てるというのは、誠に気の長い話で、おじいさんが植えた苗木を孫が伐採するという世界です。
 日本の国土の約7割は、森林。先進国で、有数の森林率だと聞きます。
 ちなみに、愛知県の森林率は、平成29年度で、42.2%(植樹祭で配布された「あいちの森林・林業」による。)。その多くは、戦後に木材用として植えられた人工林だといいます(同「あいち木づかいBook」)。
 人が育てる森林では、枝打ち、間伐など、人の手を入れ続ける必要があります。また、適切なタイミングで、成長した木を伐採し、その後、苗木を植えてあげる必要もあります。
 愛知県の人工林は、植えてから51~60年たった森林の割合がもっとも高く、さらに46年以上の割合は81%と全国平均52%を大きく上回っているそうです(同)。
 私が若い頃は、丸太の伐採は環境破壊だというイメージがあったように思いますが、国産の木を適切に利用することは、日本の森を守る上で、非常に大切なことです。
 愛知県では、愛知県材を活用した技術や木製品などの開発が進められており、愛知県内で産出された木材であること、あるいは、それを加工した製品であることを「あいち認証材製品」として「愛知県産材認証機構」により認証する制度もあるようです。
http://www.aichi-wood.com/index.html

 植樹祭への参加は、そのようなことを改めて考えるよい機会でした。

 
一瞬の出来事で、うまく撮れませんでした(汗)
 
うまく育ってくれたら嬉しいです。


2. 68日・9日は、明治学院大学で開催された日本税法学会の大会に参加しました。
 昨年は、残念ながら参加できませんでしたが、アカデミズムが漂う空間に身を置くのは、実務家としては、貴重な機会です。
 ところで、開催会場となった明治学院は、私が通った高校のご近所です。偶々、昨日、「ブラタモリ」でも白金をやっていて、昔の日々が、少し、懐かしく思い出されました。
 私は渋谷からバスを利用して通っており、よく、遅刻しそうになって、バス停から、急な坂道(校門をくぐってからも坂道が続く。)をダッシュしました。そのせいか、一番思い出すのは、校門(有名な正門ではありません。)を入ってからの坂道。結構、心臓破りで、大雪が降ったときには、のぼれなくなくなり、脇の小さな階段にロープがたらされたほど…。中等科では、お聖堂のときをのぞき第一体育館で整列でしたが、高等科では、「ピロッティ」とよばれるところで出欠をとっており、ぎりぎりセーフで列に飛び込んだこともしばしばあった記憶です。その急坂の脇には、「ドウダンツツジ」が植えられていて、春になって開花すると、とてもツツジにはみえないけど、かわいいなあ、なんて思っていました。
 それから、中等科の校舎には、ジュビリーパーラーとよばれる部屋がありました。丁度、卓球台が一台置けて、球技大会で、「ジュビリーパーラーに集合」と校内放送が流れたりするのです。めちゃくちゃ楽しそうな名前だなと思いつつ、勿論、お菓子などだしてくださるところではなく、なぜ…?とずっと疑問に思っていました。今、ネットでちょこっと調べて、やっぱり、聖書関連なのかなと思っています。

 卒業から30年以上たち、懐かしさが自然とこみ上げてくるとは…。私も齢を重ねたのだなぁと、しみじみしてしまいます。
   
 

    明治学院の素敵な記念館と礼拝堂。

2019年4月30日火曜日

平成と令和


1.いよいよ、平成は、今日で終わりです。
ここのところ、ブログ更新をさぼってしまいました。
なんとか、1カ月に1度は…とおもって続けてきましたが、こういうのって、私の場合、一度サボると、もう、どんどん、億劫になってしまいます。
折角、5年ほど続けてきたので、令和になっても、細々ながらも、続けられたらなと思っています。

2.テレビなどでは、平和を振り返る番組が目白押しですね。
昭和生まれ昭和育ちの私にとっては、二度目の改元。
平成元年には、既に社会人になっていましたから、私は、どう考えても、“昭和人”です。
令和生まれが増えてくると、令和人にとっての昭和人は、昭和人にとっての明治人みたいな感じになるのでしょうか…。
昭和の終わりから平成にかけて、一番、生活に変化を与えたのは、情報機器ですかね。私は、社会人になってから、PC98シリーズを使い始めました。上司はまだまだ手書きでしたが、やはり手書きのものを会議資料などには使えませんから、あっという間に、ブラインドタッチになりました。当初は、5インチのフロッピーディスクが記録媒体の頃。ソフトは、Lotus 1-2-3を多用していました。その後、国際部門に移ると、Macがあり、表計算ソフトはExcel。こちらも、当初は、骨が折れました。あと、ワーブロは富士ゼロックスのJ-star。これが使い勝手よくて、基本的に、頭でイメージした作図はその通りにできるので、その後、WORDをつかうようになっても、J-starが恋しい時間は長かったです。
そして、なんといっても、携帯電話。平成8年初めに契約したと思います。確か、パソコン通信も同じ頃。
平成15年に弁護士に登録した頃には、電子メールがビジネスに必須になっていました。

3.令和は、どんな時代になるのでしょうか。
平和で、文化豊かなよい時代となりますように。

2019年1月3日木曜日

猪子石の神明社


1. 今年の干支は、亥。
 ということで、亥に因んで、猪子石の神明社にお参りにいってきました。
 ところで、昔から疑問に思っていたのは、猪突猛進といわれるくらいの猪が、どうして、例のレースで神様に到着するのが最後になってしまったのかということ。牛と鼠の話は有名ですが、猪はゴールを通り過ぎてしまい戻ったからだなんて話もあるようで…。ただ、十二支の起源は古く、動物が割り当てられたのは、後になってから…「亥」には、「とざす」という意味があるそうです。


2. 猪子石(「いのこいし」地元では「いのこし」とも…)の神明社は、承和14847)に創建され、江戸初期に水汲坂(現在の香坂。「猪子石神社」があるところ?)から現在地(名鉄引山バスターミナルの近く)へ遷座されたという古い神社です。 神明社ということで天照大御神をご祭神とし、また、「亥の子」(猪の子)信仰に因んだ五穀豊穣・子孫繁栄や境内の末社である龍耳社に因んで耳の神様として信仰されています。「亥の子」信仰とは、神明社の案内によれば、日本の民俗信仰に見える田の神とのこと。イノシシが一度に十二匹の子どもを産むとされるところから、多産の神として信仰されるようになり、後に、農業と結びついて豊穣の神とされるようになったそうです。
 また、神明社の西にある「猪子石神社」には、猪に似ている石、「牡石」が(この牡石は「触ると祟る」といわれているそうです!)、神明社の西南にある「大石神社」には、やはり猪に似ている「牝石」が、それぞれ、祀られています。土着の信仰としては、これらの方が古かったのかもしれませんね。
 無料で公開されている神明社資料館には郷土文化財「おまんと(馬の塔・御馬塔)」の馬標(ダシ)などが展示されていました。「おまんと」というのは初めて聞きましたが、古く室町末期に始まり、以後、尾張から西三河でおこなわれきた風習だそうで、馬の頭や背に標具を立て、首や胴体を豪華な馬具で飾り、村旗などが2列縦隊で行進し、所々で火縄銃を発砲し、神社に参詣し、棒の手を奉納する祭礼です。なんとも勇壮な感じですが、戦国時代の農民の戦技が神事と結びついて発達したのではないかといいます。神明社で行われたのは、平成3年が最後だそうです。



猪の子神明社
 
おまんと

 

猪子石神明社の御朱印


2019年1月1日火曜日

謹賀新年

本年もよろしくお願いいたします。

 
お正月のお軸

2018年12月27日木曜日

三井哲夫教授を偲んで


1. クリスマスも終わり、明日は、いよいよ、仕事納め。

毎年載せているので、今年のクリスマスの写真をアップしておきます(↓)。
今年のツリーは、
青いオーナメントのバージョンにしました。
 

2.(1) 丁度、2年くらい前に、「大学院の思い出」と題してブログを綴ったことがあります。その際にも触れましたが、大学院での私の指導教授は、三井哲夫教授でした。
 今月に入り、三井先生の奥様から、三井先生が亡くなられたとのお知らせをいただきました。
 大学院を卒業してからは、ご無沙汰ばかりをしておりました。三井先生からの年賀状に、「一度、遊びにいらっしゃい。」と書かれていたこともあったのに、結局、連絡をとらずじまいに、三井先生は逝かれました。本当に忸怩たる思いです。

(2)  三井先生をはじめ、当時の大学院での指導は、概して、放任主義だったのではないかと思います。私は、心配性で、三井先生の研究室を、定期的にたずねていましたが、三井先生は、私が持参した修論の原稿にはあまり目を通すことはなく、いつも、ニコニコと雑談していらした記憶です。
 あるとき、三井先生の研究室をたずねると、『かわいそうなチェロ』(近代文藝社)という三井先生の随想集をいただきました。その随想集にもあるように、三井先生は、チェロや、絵画など、高尚な趣味を嗜まれており、研究室での雑談には、いつも、エスプリを感じました。また、三井先生は、フランス語に堪能で、国際私法の授業でも、しばしば、フランス語を用いられていました。それだけでなく、「古代文字の研究は、ヒエログリフか楔形文字のどちらかになると思うんだが、私は、楔形文字なんだ。」とおっしゃられたことがあり、そういうものかとびっくりしたこともあります。
 その当時、私は、司法試験を受けたり、弁護士になることは、微塵も考えていませんでした。三井先生が要件事実の大家でらっしゃることは知っていましたが、三井先生とは、要件事実どころか、国際私法の話もあまりしなかった記憶です。
 弁護士になった後、特に、要件事実について、いつか、三井先生のお話をうかがいたいと思っていたのですが、とうとう、その機会はなくなってしまいました。
 三井先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

2018年11月25日日曜日

日弁連研修「会社法と税法~役員報酬について~」、秋の比叡山を訪ねて


1. 日弁連実務研修「会社法と税法~役員報酬について~」

 今月初旬、残波事件で有名な山下清兵衛弁護士による「会社法と税法~役員報酬について~」と題した日弁連ライブ実務研修がありました(同研修は、東京で行われたものですが、愛知県弁護士会にもライブ配信されるため、名古屋で受講できます。)
 残波事件については、このブログでも軽くとりあげたことがあります。
http://hisaya-avenue.blogspot.com/2016/04/blog-post.html
http://hisaya-avenue.blogspot.com/2014/11/blog-post.html
 山本清兵衛弁護士のお話をうかがうのは初めてではありませんが、今回は、弁護士会の研修において、弁護士に向けて、法人税法34についての強烈なメッセージを発しておられました。それは…
・同条は、「天下の悪法」である
・役員報酬の決定は私的自治の範囲にあり、課税庁は虚偽給与だけを否認すればよいはずである
・同条2項「不相当に高額な」というのは課税要件であるのに、政令に包括委任しているようにみえるが、これについて、憲法違反としている租税法学者は一人もいない
・同条1項各号の定める例外は、使い勝手が悪い。折角、予想外の収益をあげることができても、役員が多めのボーナスをとることができない。日本の会社経営者のやる気をそぐ
などなどです。
 また、第二残波事件とよばれる事案(訴訟までいたることなく満額是認通知をもらったそうです。)や、東地判平成291013日についても、触れられていました。
 賛否はともかく、折角、興味深い研修なのに、研修が終了した際に、会場をみまわしたところ、なんと受講者は私一人しか残っていませんでした。残念です。

2.(1) 先日、愛知県の文化財の会で、比叡山延暦寺と日吉大社をたずねました。

(2)  比叡山延暦寺では、国宝の根本中堂と重要文化財の廻廊について、平成28年度から10年をかけて実施される保存修理事業の最中です。
 現在の根本中堂と廻廊は、かの有名な織田信長の焼き討ちの後、天海大僧正(慈眼大師)が江戸幕府第3代将軍徳川家光公に再建を進言し、寛永19年(1642年)に完成したもの。前回の大規模保存修理は、昭和29年に行われたそうですから、今から約60年前。屋根の全面葺き替え(根本中堂は銅板葺き、廻廊はとち葺き)や、柱・床組み等の塗り替え、保存修理が行われます。
 廻廊の屋根に用いられているとち葺きでは、厚さ
2.4cm、長さ30cmの板が少しずらして葺かれているのですが、「とち」ではなく、「サワラ」が使用されているそうです。
廻廊のとち葺き。
近くで見ると痛んでいるのがわかります。

上からみた廻廊。
普段ではみられないアングルですね。

 銅板葺きが用いられている根本中堂の屋根には、なんと、
14,000枚もの銅板が使用されているそうです。再建当初は、とち葺きだったとのことで、約100年後の葺き替え時でさえ、とち葺きの材料を調達するのは難しかったのかもしれません。見学者の一人がどのくらいの年数で緑青が生ずるのかと質問すると、「最近の銅は緑青が生じにくい」との意外な回答がありました。

根本中堂の銅板葺き。
はがれそうになっている箇所があります。

 塗装については、「丹塗(たんぬり)」と「ちゃん塗」の違いの説明があり、簡単にいうと、前者は水性、後者は油性で、雨露がかかるところは後者になっているようです。

丹塗りの部分。

ちゃん塗りの部分。
金具を外したところで元の色がわかります。

 修理事業の様子は、根本中堂の周りに設置された修学ステージから見学することができます。修理中、外観をみられないのは残念ですが、修学ステージは6階まであり、屋根を真横からみることができますので、一見の価値があると思います。
根本中堂の外観。
紅葉がきれいでした。

 根本中堂の中には、ご本尊の薬師瑠璃光如来(秘仏)、その宝前には「不滅の法灯」があります。ご案内いただいた僧侶のお話では、「延暦寺でなにか一つあげるとすれば不滅の法灯とおこたえしています。」とのこと。天台宗を開かれた伝教大師最澄の「一隅(いちぐう)を照らす」にも通じ、約1200年前から消えていないことが大事なのではなく、光を照らし続けていることに意味があるとおっしゃいます。
 延暦寺にお参りするのは、3度目です。最初は、小学生の頃の家族旅行で、比叡山国際観光ホテル(今はないようです。)に宿泊し、夜景がとてもきれいだった記憶です。2度目は、中学生の修学旅行。なので、落ち着いてお参りしたのは、今回が初めてだといえます。
 伝教大師最澄と弘法大師空海。平安仏教の両巨頭です。両者は、同じ頃、遣唐使の一員として唐に渡り、帰国後、しばらくは親交があったもののその後それは絶たれたといいます。空海については、国宝展でその書を目にしたり、あるいは、今年、偶々、夢枕獏さんの「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を読んで、空海がどのように唐に渡り密教を学んだのかについて思いを馳せたりと、見聞きすることは多いです。また、以前、高野山の宿坊に泊まり、感銘を受けたことがあります。最澄については、学校で学んだ以上の知識はありません。もっと知りたいなと素直に思いました。
 

(3) 日吉大社は、全国3800余の日吉、日枝、山王神社の総本宮であり、今年、西本宮鎮座1350年を迎えるとのことです。
 宮司さんによれば、元々、神代より比叡山(八王子山)にいらっしゃる大山昨神(おおやまくいのかみ)を麓にお迎えして創祀されたそうですが、天智天皇が飛鳥から近江大津宮へ遷都した翌年である天智天皇7年(668年)に大和王朝の守護神であった大己貴神(おおなむちのかみ。大国主神の別名もある国造りの神様。)を大和国三輪山より勧請して西本宮にお祀りすることになったため、大山昨神(おおやまくいのかみ)は東本宮にてお祀りすることになったとのこと。当時の中央政権の神様をおよびしたからには、それに従うことになった地方政権は、お山がバックとなる麓のよい場所を譲らねばならなかったということでしょうか。
 日吉大社で祀られている神様は日吉大神と総称されるそうですが、伝教大師最澄が比叡山に延暦寺を建立した後は天台宗の護法神として崇敬されたそうで、中国の天台山の神様に因んで、山王権現とも呼ばれるそうです。日吉大社は、やはり織田信長の焼き討ちで灰燼に帰しましたが、日吉造で再建された西本宮本殿、東本宮本殿は、ともに、国宝に指定されています。日吉造(ひえづくり、聖帝造り(しょうたいづくり)ともいう。)とは、三間・二間の身舎(もや)の前面、両側面の三方に廂がめぐらされた形をしており、全国でも日吉大社にのみ現存する様式だそうです。また、神仏混交であったため、床下には下殿(げでん)と呼ばれるスペースがあり、それぞれ、釈迦如来などのご本尊が祀られていたというのも注目すべき点でしょうか。西本宮で正式参拝した後、下殿にいれていただきましたが、明治以降の神仏分離により、現在では、神式の祭壇となっていました。

日吉大社の西本宮。
柿がなっていました。
「神猿(まさる)」が好んで食べることから
「猿柿」とよばれているそうです。

宮司さんがいらっしゃるところに
下段への入口があります。
勿論、勝手には入れません。
今回はいけませんでしたが
山の中腹には、日吉大社の奥宮が
みえています。
 

2018年10月30日火曜日

弁護士会の行事(佐久島、将棋)、弁護士自治と非弁行為の禁止


1.  10月も明日で終わり。今年も残すところ2ヶ月ほど…。本当に、「あっ」という間に、時が過ぎていきます(涙)。

2.  今月は、日本税法学会の中部地区勉強会で柄にもなく発表するため、慣れない準備で、相当、あたふたしたりしましたが(また、この件もご報告したいです。)、他方で、弁護士会の楽しい行事もありました。
 一つは、所属する弁護士会の会派が主催した佐久島を訪ねる日帰旅行。佐久島は、日間賀島や篠島と同じく、三河湾に浮かぶ離島。3つの中では、一番大きいのに、人口は一番少ないらしい…。佐久島は、「癒やしとアートの島」を標榜しており、自転車を借りて、「おひるねハウス」や「かもめの駐車場」などの現代アートをみてまわりました。勿論、お昼は、お刺身やゆで蛸に舌鼓を打ちました。朝市には、岩牡蠣も!また、驚いたのは、佐久島には、古墳がいっぱいあったこと。古墳があるということは、豪族がいたということ、すると、古代、佐久島には何らかの産物があり、本土と交易して栄えていたのかな…?などと想像が広がります。

     「お昼寝ハウス」   「かもめの駐車場」

 もう一つは、中弁連の将棋大会の後に行われた杉本昌隆七段と香川愛生女流三段のトークショー(将棋大会にはでていません笑)。以前、このブログで、杉本七段のトークショーにいったことに触れたことがありました。新しい藤井七段ネタとしては、杉本七段が出版された「弟子・藤井聡太の学び方」には藤井七段のことが書いてあるので、出版前にみてもらったところ、出版社より厳しいゲラチェックが入ったとか…笑。今度は、香川女流三段の素晴らしい聞き手もあり、以前にも増して、楽しかったです。香川女流は、頭の回転が速くて受け答えがとても面白いし、私が失礼にも市販の扇子を差し出したところ、快く揮毫してくださり、その優しい人柄に感激してしまいました!!
色紙をもっていなくて、
鞄の中に入っていた市販の扇子を
恐縮しながらだしたところ、
快く、揮毫してくださり、
感激でした!
 

3. ところで、弁護士会は、強制加入団体なので、弁護士名簿に登録すると、必ず、どこかの弁護士会の会員にならなければなりません(弁護士法361項)。弁護士会の歴史は明治13年の代言人規則に基づく代言人組合にまで遡れるそうで(高中正彦『弁護士法概説』)、戦前の旧弁護士法下では、司法大臣の監督を受けるものとされていました(旧弁護士法34条)。これに対し、現弁護士法は、「弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士及び弁護士法人の事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士法人の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。」(弁護士法31条)と規定するとおり、弁護士会が弁護士を指導監督し、監督官庁はない、すなわち、弁護士自治を有するというのが、弁護士の誇りといえるでしょうか。医師会や歯科医師会は任意加入団体ですし、税理士会は強制加入団体ですが、監督官庁がありますね。
 また、弁護士法72条は、「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない」と規定します。いわゆる非弁行為の禁止です。最近、これに違反するのでは…?というドラマが話題となっていますが、週末の新聞にそのプロデューサーの記事がでており、非弁には配慮して一定のルールを守っているとのことでした。一度みてみなくては!