2016年8月28日日曜日

竹本住太夫師匠のインタビュー(Takemoto Sumitayu's interview)


 知財ネットのジャパンコンテンツ調査チームで、文楽・太夫の人間国宝(重要無形文化財保持者)、竹本住太夫師匠のインタビューが企画されました。
 住太夫師匠は、2014年5月、惜しまれつつ現役を引退されましたが、インタビューは、本年8月某日、国立文楽劇場の一室で行われ、私も、その片隅に同席させていただきました。
 住太夫師匠は、その著書をお読みになられた方はご存じでいらっしゃるでしょうが、記憶力抜群な方。当日も、色々なお話を聞かせていただけました。また、そのお人柄にもふれることができ、ますます惹きつけられました。インタビュー記事は、「Law & Technology」(民事法研究会。本年12月頃発行。)に掲載されるそうです。知財の専門誌に載る文楽・人間国宝のインタビュー記事、是非、ご注目いただければと思います。
 
※今年の4月から、文楽の芸名表記は、「大夫」から "﹅" のついた「太夫」になっています。
 
The Japan Contents Research and Study Team of the Intellectual Property Lawyers Network Japan (”IPLNET”) planned an interview with a Bunraku narrator, Takemoto Sumitayu VII, who has been designated as a Living National Treasure (a preserver of Important Intangible Cultural Property).  I accompanied the interviewer to the National Bunraku Theater, which I think was a marvelous opportunity.  The interview will be in December issue of  “Law & Technology”.
 
インタビューに先立ち、8月初旬には
夏休み文楽特別公演
第二部

(薫樹累物語、伊勢音頭恋寝刃)を観劇した後
国立文楽劇場の舞台裏を見学させていただく機会に恵まれました。
写真の人形は、夏休み文楽特別公演の演目
(新編西遊記GO WEST!など)に
使用されたもの。
On the ohter day, we had chance to visit
 the backstage of National Bunraku Theater.
These Puppets were used
for Summer Special Performance.
  
こちらは、「床」。
舞台に向かって右側にあり、
太夫と三味線が座るところです。
舞台裏から撮りました。
反対側も同じ造りとなっていて
丸い床面がターンテーブルのように廻り、
演奏者が交替します。
"Yuka" (Narrators' Platform)
is where the Narrators and the Shamisen Players perform.
It can revolve for swift exchange of performers.
 
 

2016年7月25日月曜日

津島神社の天王祭 "Tenno Matsuri"


1. 週末に、津島神社の天王祭・宵祭を拝見する機会に恵まれました。

2. 津島神社は、津島牛頭天王社ともいい、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)を祭神とし、社伝によれば、欽明天皇元年(西暦540年)のご鎮座で、地元では、「お天王さま」と尊称されてきたとのこと。戦国時代、津島の北東に勝幡城を得た織田家が氏神としたことで、有名です。
 境内には、豊臣秀吉が寄進したという楼門(重要文化財)や、秀頼が寄進したという南門などが現存しています。
 津島の「津」は「湊」の意ですが、津島は、室町時代から江戸時代にかけて、木曽川を通じて海まで通じる水運により発展し、川湊として栄えました。織田家は、その利権をおさえたことで、勢力を得たといいます。

3. 織田信長もみたという天王祭は、津島神社の夏季大祭。夏には疫病が蔓延するので、牛頭天王(祇園精舎の守護神であり、蘇民将来説話にもでてくる神様。祭神であるスサノオノミコトと同一視されている?)を慰め、疫病退散を願った祭りだったといいます。 天王祭は、500年を超える歴史を有し、国の重要無形民俗文化財(*)に指定されており、「宵祭」「朝祭」「御葭流し神事」(みよしながししんじ)などの行事からなっています。
 宵祭では、二艘の船を固定し屋形を載せた巻藁船に真柱を立て、真柱には12個の提灯を下げ(1年の月をあらわす)、屋形の上には巻藁をおき、そこに300個を超える提灯を下げた竹竿をお椀型(半球形)に飾り付け(1年の日をあらわす)、屋形の前方には、赤い提灯を30個つけ(1カ月の日をあらわす)、天王川(丸池)をお旅所まで、渡るというものです。
 夏の長い日がとっぷりと暮れ、一頻りの花火に続き、沢山の提灯を揺ら揺らと川面に煌かせながら、5艘の巻藁船が、ゆっくりと、津島笛と和太鼓の奏楽とともに、池を渡っていく様は、幽玄そのものです!!!
 日本三大川祭の一つだそうですが、川面をわたってくる風は、上着を羽織るほど涼やかで、静かに進行する祭事はなんとも風情があって、とても、とても、素敵な夏祭りでした。

*文化財保護法では、「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術及びこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」を「民俗文化財」と定義し(同法2条1項3号)、無形の民俗文化財のうち特に重要なものを「重要無形民俗文化財」に指定できるとしています(同法78条1項)。昭和50年の同法改正により指定が始まり、平成28年7月現在、296件が指定されています。

 
 
On the weekend, I went to the "Tenno Matsuri", which is the summer festival of "Tsushima Shrine " (alias "Tsushima Gozu Tennno-sha") in Tsushima, Aichi prefecture.
The festival has over 500 year history, and has been designated as National Important Intangible Folk Cultural Property.
The highlight of the festival is "Yoi Matsuri  (the evening festival)".
In "Yoimatsuri", five "Makiwaribune", the boats decorated with over 300 paper lanterns appearing to be approximately semispherical as a whole, floated down the Tenno River.
The night view over 300 paper lanterns swinging on each boat, was really vanuerable and profound.


津島神社(Tsushima Shrine)。
右手に見えるのが楼門。
茅の輪くぐりもみえます。
話題の"Pockemon Go"についての看板
A billboard about the "Pockemon Go"

提灯にひとつひとつ火をつけて飾り付け。
Setting fire to over 300 paper lanterns one by one

巻藁船がわたるクライマックス。
The highlight of  "Tennno Matsuri",
"Yoimatsuri" 
 
 

 


 

2016年7月19日火曜日

ロンドンで開催された国際家族法会議("Culture, Dispute Resolution and the Modernized Family” by International Centre for Family Law, Policy and Practice)


 国際家族法会議(7月6日から8日まで開催)に出席するため、7月3日から1週間ほど、ロンドンに行ってきました。世界各国の家族法研究者、裁判官、弁護士、ソーシャルワーカーなどが出席しており、国際家族法分野における現代の潮流について、肌で感じることができる貴重な機会だったと思います。
 ロンドンでは、国際家族法会議に出席したほか、
・王立裁判所(Royal Courts of Justice)、
・ロンドン中央家庭裁判所(Central Family Court)、
・ロンドンの法律事務所(International Family Law Group LLP)、
・リユナイト(reunite International Child Abduction Centre)の事務所
(ハーグ案件を含む国際家事事件を対象とする慈善団体)
などを訪問することができました。
 ロンドン訪問については、また、このブログか、事務所通信などの形で、もう少し詳しくお伝えしたいと思っています。

→ <後記>
        事務所通信第7号に載せました。
    http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf

I attended the conference on "Culture, Dispute Resolution and the Modernized Family” held by International Centre for Family Law, Policy and Practice, on July 6 - 8, 2016, in London.
During my stay in London, I could visit Royal Courts of Justice, Central Family Court, International Family Law Group LLP, reunite International Child Abduction Centre, and so on.
I am thinking of doing a more detailed report on my London visit later with this blog or other tools.

2016年7月1日金曜日

ハーグ条約に係るアジア太平洋シンポジウム“Asia Pacific Symposium on the 1980 Hague Convention” & 在名古屋ブラジル総領事館Consulate General of Brazil in Nagoya


1. 昨日行われた、外務省、ハーグ国際私法会議(HCCH)事務局、早稲田大学が共催する「ハーグ条約に係るアジア太平洋シンポジウム」に、午後の部だけですが、出席することができました

新幹線が遅延したため少々遅刻してしまいましたが、特に、ハーグ条約の子の返還案件にかかるADRと家事調停のデモンストレーションは、とても、興味深く、また、勉強になりました。
 
デモンストレーションは、ADRについては、大阪のADR機関の方が、家事調停については、東京家裁の方がやっておられたようです。
 
質疑応答で、家事調停における裁判官の役割や別席調停について、質問や感想が述べられたのは、印象的でした。日本の弁護士にとっては慣れ親しんでいる家事調停のスタイルですが、理解が難しい参加者もいるようです。以前参加したハーグ条約に係る共同調停(あっせん人)研修でも、オーストラリア側参加者から、質問が集中したことを思い出しました。

→ <後記>
        「ハーグ条約の基礎」を事務所通信第7号に載せました。
   http://www.hisaya-ave.com/tsushin7-7.html
   PDF版はこちら。
   http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf
 

I attended the “Asia Pacific Symposium on the 1980 Hague Convention” yesterday.  The symposium was jointly organized by the Ministry of Foreign Affairs of Japan, the Hague Conference on Private International Law and Waseda University.
I was most impressed with a demonstration of mediation and conciliation.  Questions regarding conciliation (e.g. a shuttle mediation, a role of judge who is a member of a conciliation committee), made me consider that a style of conciliation, which is familiar to Japanese lawyers, could be hard to understand for participants from some countries. 
 
    
久しぶりの母校。
大学周辺の変貌にはびっくりですが
この景色は変わりません。


シンポジウムは
早稲田大学の大隈小講堂で開催されました。
(初めて入ったかも…)


2. 今日の午後は、国際委員会の企画で、在名古屋ブラジル総領事館を訪問しました。
 以前、このブログで触れたことがありますが、愛知県は、日本の都道府県で、在留ブラジル人の数がトップです。これが、市町村となると、浜松市がトップだとのこと。そこで、在名古屋ブラジル総領事館は、愛知県以西をまとめて管轄としますが、静岡県は、在浜松ブラジル総領事館が管轄としています。
 ブラジルでは、18歳以上の男性に兵役義務があり、また、18歳以上の国民全員に選挙の義務があるとのこと。これらの義務の履行の有無はパスポート・トラブルに発展することもあるそうで、ブラジル総領事館には、兵役課と選挙課があります。多くの日本人にとっては耳新しいことかもしれません。
 なお、ブラジルも認証不要条約に加入したため(日本は1970年に批准・発効)、今年8月14日より、日本の外務省の認証(Apostille)がそのままブラジルで利用できるようになるとのことでした。
 

I, as an international committee member of Aichi Bar Association, visited Consulate General of Brazil in Nagoya, whose jurisdiction is a western region of Japan.
As voting is compulsory for persons over the age of eighteen, and military service is compulsory for males over eighteen in Brazil, there are both voting section and military service section in Consulate General, which may be new to many Japanese.
After August 14th 2016, public documents issued in Japan with the “Apostille” (Certification from Ministry of Foreign Affairs) will be valid in Brazil because Brazil joined the Hague Convention (the Apostille Convention)

2016年6月13日月曜日

花菖蒲の会 'Hana-shobu' garden party

日付が変わってしまいましたので、昨日になりますが、修習のときお世話になった先生のお宅で催された花菖蒲の会に行ってきました。
花菖蒲の栽培・改良は、江戸時代に武士を中心に流行したという極めて高尚な趣味だそうですが、個人のお宅で花菖蒲を鑑賞できるなんて、素敵すぎます!
心づくしのおもてなしにも感激でした♪


I was invited to a 'hana-shobu' garden party yesterday.
Cultivation of 'hana-shobu' (Japanese water iris) was popular among Samurai in Edo period.
The hana-shobu garden was fantastic!

花菖蒲のお庭
a hanashobu garden
田植えがすんだばかりの水田に鳥が遊ぶ。
名古屋近郊にこんな風景が残ってるんですね。

a rice field (a water laden paddy)

  

2016年5月30日月曜日

中日文楽 (“Chunichi Bunraku”)、萩尾望都さんの「春の夢」(“Haru No Yume” by Ms. Hagio Moto)


1.中日文楽

 週末、中日文楽を鑑賞する機会に恵まれました。
 演目は、「寿式三番叟」と「仮名手本忠臣蔵」。
 「寿式三番叟」では、千載、翁、三番叟、それぞれの舞が披露されるのですが、三番叟は、鈴がつかわれたりもして、とても賑やかで、楽しめました(ときには、ユーモラスで、会場から笑いが漏れました。)。
 人形条瑠偉三大傑作の一つとされる「仮名手本忠臣蔵」については、十一段のうち、上演されたのは、五段目「二つ玉の段」と六段目「身売り・早野勘平腹切りの段」。これでもかと、勘平・おかるとその家族を悲劇が襲うストーリー展開で、人形、太夫(床本の字幕あり)、三味線の三業一体となった総合芸術を堪能できました。  
 文楽(人形浄瑠璃)は、大阪で生まれ育った、日本を代表する伝統芸能の一つで、人形を遣う「人形遣い」、物語を語る「太夫」、楽器を演奏する「三味線ひき」の三業からなります。その保護については、文化財保護法により、昭和30年に「人形浄瑠璃文楽」が「重要無形文化財」として「総合認定」されているほか、「人形浄瑠璃文楽太夫」「人形浄瑠璃文楽人形」「人形浄瑠璃文楽三味線」が「各個認定」を受けており、その保持者(いわゆる「人間国宝」)は、現在、それぞれ2名ずつ(計6名)おられます。
 ちなみに、「無形文化財」とは、「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの」をいい(文化財保護法第2条1項2号)、文部科学大臣は、無形文化財のうち重要なものを「重要無形文化財」に指定することができます(同法71条1項)。その指定にあたっては、当該重要無形文化財の保持者又は保持団体を認定しなければならないとされ(同法同条2項)、「各個認定」、「総合認定」、「保持団体認定」の3方式がとられています(文化庁のHP)。
 また、文楽は、2008年に、ユネスコの無形文化遺産(Intangible Cultural Heritage)の代表一覧表に記載されています(2003年にユネスコから「人類の口承及び無形遺産に関する傑作」として宣言されていました)。「無形文化遺産」については、こちらに、少々ですが触れていますので、よかったら、ご覧くださいませ。

I went to the Ningyo Johruri puppet theater (“Chunichi Bunraku”), on the weekend. The Ningyo Johruri puppet, "Bunraku", is a blend of sung narrative, instrumental accompaniment and puppet drama.  I enjoyed two programs, which are “Kotobuki Shikisanbansou” and "Kanadehon Chushingura".
"Bunraku" was designated as the Important Intangible Cultural Property under the Japan's Cultural Properties Protection Law.  Now, two Ningyotsukai (puppeteers), two Tayu (chanters/narrators), and two Shamisen (the three-stringed spike lute) musicians have been designated as Living National Treasure (six in total) .
In 2008, Bunraku was Inscribed on the UNESCO's Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity (originally proclaimed in 2003) as well.


  
中日劇場
Chunich Theater
夜の演目「本朝廿四孝」の八重垣姫
a bunraku puppet, Yaegaki-Hime (Princess)
from Honcho Nijushiko
大阪在住の祖母からもらった扇子。
「祝竹本南都大夫襲名」等と読めますが…。
後記:もしくは、「南部大夫」かもしれません。)
a gifted fan on the ocasion of celebration
for the succession of the stage name,
"Takemoto Nantotayu"
or "Takemoto Nambutayu"
   
2.萩尾望都さん「春の夢」

 萩尾望都さんが、「ポーの一族」の40年ぶりの続編「春の夢」を発表されるというので、週末、買い求めました(ネットでは売り切れていたため、書店で運よく入手)。
 以前にも書いたことがありますが、小学生の頃、我が家は漫画禁止で、その反動か、中学生になってから、随分と買って読みました。
 その中でも、最も、傾倒していたのは、萩尾望都さんの作品です。中学生の頃、初めて購入したのは、「トーマの心臓」。初対面の印象は、あまりよいものではありませんでした。東急プラザに入っていた紀伊国屋書店で初めて手に取りパラパラとページをくったとき(昔は、時間潰しに本屋さんでよく立ち読みしました…。)、何というか気持ちがザラザラと嫌な感じがして、途中で本棚に戻し、サクサク帰宅しようと本屋さんをでて階段をおりはじめたのですが、なぜか引き返して、棚にあった1、2巻を購入。翌日、近所の本屋さんに続きを買い求めに行ったのをよく覚えています。
 多感な時期でしたし、物語の設定と少しかぶるカソリック系のミッションスクール(女子高)に通っていたので、色々と考えさせられるところがあったのです。その後、何度も何度も読み直し、ものすごく影響を受けました。自主的に聖書を学んでいたシスターに対し、「なぜイエズス様は、ユダの裏切りを知っていたのに行かせたのか―”いっておまえのすべきことをせよ”と…」というテーマをしつこく問いかけ、大学生になると、ドイツ語を第一外国語として選択し、遂には、ドイツに物語ゆかりの地を訪ねたりして…(笑)。しかし、大人になって読み返すと、ユーリの苦しみを全くといってよいほど理解していなかったことに気づき、びっくり…。中学生は中学生の読み方があるからいいのだけれど…。
 「ポーの一族」の久しぶりの続編。青春時代の気恥ずかしい思い出が勝手によみがえるときもありますが、また、書いてくださるのが、とても、とても、嬉しいです。

On the weekend, I bought the magazine, printing of “Haru No Yume” by Ms. Hagio Moto, which is the latest work in the " Poe no Ichizoku " series, and the sequel to former work in 40 years.
I used to read many works of Ms. Moto Hagio at the age of a junior high school and was affected very much, especially by "Thomas no Shinzo".
  

「春の夢」
"Haru no Yume" from "Flowers"

    
「コブレンツでこの車両切り替えたらしいな。」
KOBLENZ.
そのほか、ユーリの実家Wiesbadenや
エーリクの実家Köln
ユーリの神学校Bonn! Bonn! Bonn!
そして、オスカーが夏休みにエーリクをたずねた
ボーデン湖畔Bodensee…

レーム駅はみつからなくて…。
「下ればハイデルベルグ
上ればカールスルーエ」をヒントに
ライン河畔を捜しました(苦笑)
Der Rhein


   


2016年5月23日月曜日

名古屋大学で行われた“2016 Fintech Law Asia” & 名古屋城の清州櫓、那古野城跡、本丸御殿等を訪ねて(The Northwest Corner Turret, the Hommaru Palace, etc. of the Nagoya Castle)


1. 名古屋経済大学の法学研究科(大学院)で、今年4月から前期のみ、1コマ、「租税法基礎研究」を担当することになったのですが、その準備に精神的ゆとりを失いつつある今日この頃…(汗)。
 ブログの更新までなかなかままなりません(言い訳です…)。

2. 先月末になってしまいますが、名古屋大学でおこなわれた「2016 Fintech Law Asia」でケンブリッジ大学のロバート・ワードロップ氏の基調講演”The Asia-Pacific Alternative Finance Benchmarking Report-Harnessing Potential”やパネルディスカッション”The Crisis or Rise of Blockchain?”を聴く機会に恵まれました。
 そもそも、Alternative Financeとは何か?伝統的な銀行や資本市場からの資金調達にかわるもの…一般的にIT(情報技術)が不可欠であり、仮想通貨digital currencyやクラウドファンディングCrowd Fundingがこれにあたるのでしょう…。
 ワードロップ氏の調査では、アジア太平洋地域では、中国がダントツに多いようですね。
 日本では、現状、未だ活況を呈しているとは言い難く、法規制も未整備でしたが、金融庁は、今年3月、「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案」を国会に提出ました。同法案には、仮想通貨と法定通貨の交換業者への登録制度導入等、仮想通貨に係る法制度の整備が含まれています。

I participated in the conference “2016 Fintech Law Asia”, which was held at Nagoya University at the end of April.  Mr. Robert Wardrop, Executive Director of Cambridge Centre for Alternative Finance made a keynote speech on “The Asia-Pacific Alternative Finance Benchmarking Report-Harnessing Potential”.  Alternative Finance is the financial instruments and channels emerging outside of the traditional banking or capital market system.
Alternative Finance in Japan is growing rather slowly.
This March, an amendment bill to the Banking Act of Japan was submitted to the Cabinet.  Under the amendment bill, a registration system for digital currency exchangers is to be introduced.

 

3.名古屋城の西北隅櫓(清洲櫓)、那古屋城跡、本丸御殿等を訪ねて

(1)  ゴールデンウイークには、特別公開されていた名古屋城の西北隅櫓をみにいってきました。
 西北隅櫓は、名古屋城の天守閣や御殿が完成した数年後の元和5年(1619年)頃に建てられた、外観3重、内部3階の櫓(矢倉)です。清須城の遺構が利用されたと考えられることから、「清洲櫓」ともよばれています。確かに、柱などに、古材を転用したと思われる痕跡がありました。
 西北隅櫓がある辺りは、御深井丸(おふけまる)といいます。自転車でお城周辺を走るとよくわかりますが、名古屋城の辺りは名古屋台地(以前ブログで触れました。)の北端となっていて、名古屋城から北に向かって下っています。なので、西北隅櫓がある辺りは、天守閣のある辺りよりも低地となっており、「ふけ」、すなわち、湿地だったようです。

    
西北隅櫓"清洲櫓”(重要文化財)
The Northwest Corner Turret
"Kiyosu Turret"

(Important Cultural Property)

    
櫓は平時には武器などの倉庫として使われ、
有事には攻撃のための陣地となります。
手前の柱には、転用の跡がみられます。
These kind of turrets were used
as a storage area for weapons
and sereved as an encampment
in an emergency.

石落とし
A stone-drop window (Ishiotoshi)
     
西北隅櫓から天守閣をのぞむ
The Donjon looking from
the window of the Northwest Corner Turret

以前、キャッスルホテルより撮影した西北隅櫓
The Northwest Corner Turret
I photographed from the Westin Nagoya Castle the ohter day.
(2) 名古屋城は、3回目ですが、裁判所の近くにありますので、城外からは、よ~く、よ~く、みています。1回目は小学生の頃、2回目は愛知万博の頃で、金鯱が地上に降りていて手で触れました(笑)。
 今回改めて思いましたが、皇居はともかく、名古屋城って、他のお城に比べて、やっぱり、大きいです。
 天守閣の石垣も立派!!仕方ないのだろうけど、排水管等は目立ちますね…。
 天守閣(5層、5階+地下1階)は、戦前、国宝に指定されていましたが、残念なことに、戦時中に被災し、1959年に鉄筋コンクリート造で再建されました。再建された天守については、耐震上の問題等により、河村市長が木造で建て直すとの案を公表しています。楽しみです!(個人的には、こういう文化財にも税金を利用してくれると嬉しいです。)
 現在、原則として旧来の材料・工法により再建中の本丸御殿(こちらもかつて国宝に指定されていましたが、戦時中に焼失しました。)の一部(表書院と玄関)が公開されていますが、長い年月を経て、伊賀上野城のように味わいがでてくるのかなあと思うと、楽しみです。

   
天守閣
The Tenshu (the Donjon)
       
小学生の頃訪れた際の名古屋城天守閣
The Donjon photographed
when I visited at the age of a primary schoolchild 
本丸御殿の玄関
The entrance of the Hommmaru Palace

本丸御殿の表書院。藩主と来客や家臣との公的な謁見に用いられた。
The omoteshoin, the main hall was used for official audiences.
   
左から右へ、天守閣、西南隅櫓(重文)、表二之門(重文)
The Donjon, The Southwest Conrner Turret, Front Second Gate
(from the left to the right)

(3) 名古屋城内の二の丸庭園には、「那古野城跡」があります。
 つまり、近世名古屋城は、戦国期の那古野城(一名「柳之丸」)が基になっているのです。
 那古野城は、戦国時代、名古屋台地西北端に築かれた今川氏の城でした。そして、織田信長の父、織田信秀が、那古野城主であった今川氏豊(義元の弟)より、泊りがけで連歌会によばれた際、夜に騒ぎを起こして城外に潜ませた兵を乱入させ、氏豊より簒奪したとされます。『名城と合戦の日本史』(小和田哲夫著)では、この簒奪について、以前の通説であった1532年(天文元年)よりも遅い1538年(天文7年)に生じたとする新井喜久夫氏の説を紹介し、支持されています。
 ということで、1534年(天文3年生)生まれの織田信長は、勝幡城(以前ブログでふれました)で誕生した後、1538年(天文7年)信秀の那古野城簒奪により那古野城に移り、1542年(天文11年)信秀が古渡城(こちらも以前ブログで触れました)を築いて移り住んでからは、幼い信長が那古野城主になって、幼年時代、少年時代を過ごしたということになるようです。

  
那古野城跡
The site of Nagoya Castle Ruins
 

(4) 信長公の居城を総括すると、勝幡城⇒那古野城⇒清須城⇒小牧山城⇒岐阜城⇒安土城となります。最近、お城の話題が続いて恐縮ですが、清州城、小牧山城、岐阜城についても、また、後日触れてみたいなと思います。 

I visited the Nagoya Castle during the Golden Week Holidays to see the Northwest Corner Turret (Seihoku Sumiyagura) which was open to the public only during the Holidays.  The Turret is a three-story building with a roof at each level, and it is said that many materials taken from the Kiyosu Castle were used in building the Turret in around 1619, because Ieyasu Tokugawa ordered, in 1610, the construction of the Nagoya Castle and the abandon of the Kiyosu Castle.

In the age of the provincial wars ahead of Edo era, the Imagawa clan built a castle near the site of the later Ninomaru Palace, which was demolished after the Meiji Restoration.  The recent researchers strongly suggest that Oda Nobuhide seized it from Imagawa Ujitoyo in 1538, and moved in from the Shobata Castle with his eldest son, Nobunaga Oda, the legendary warload of Owari (the western part of Aichi)..

The Hommaru Palace was designated as national treasure in 1930, but burned down during WWII.  The palace is under restoration based on respect for the remaining historical evidence, and only an Omote Shoin (a Main Hall) is now open to the public.

The Tenshu (the Donjon) with six-stories and five external levels, which was also designated as national treasure in 1930,  burned down during WWII, and so, the present Donjon was rebuilt in reinforced concrete in 1959.  On the occasion of Aichi Expo 2005, the golden "Shachi" (an imaginary animal which is said to be able to summon water and have come to be used as charms for preventing fire) was taken down from the roof of the Nagoya Castle and displayed within the grounds of the Castle (I could touch it at that time!).  Nagoya Mayor Takashi Kawamura announced a plan of reconstruction of the Donjon in wood, just as in the original structure, which I really appreciate.