1. 「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」についての寄稿
「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」という題で、税法学会中部地区や租税訴訟学会名古屋支部の研修会でお話ししたことがありますが(前者については、このブログでふれたことがあります。)、その際の資料をまとめたものが、『租税訴訟No.16』に掲載されました(「ふるさと納税制度において地方公共団体から返礼品を受領した場合の課税関係」(租税訴訟No.16 251頁、2023年))。
題材となった本件審査請求の結果は残念でしたが、これに含まれる色々な問題については、上記投稿にてかなり紹介できたのではないかと思います。
ここでは、これまで、研修や上記投稿では触れる機会がなかったことを、一つだけ…。
それは、本件審査請求は、名古屋在住の納税者が名古屋市内の所轄税務署から処分を受け、名古屋国税不服審判所に申立てたものであるにもかかわらず、縁もゆかりもない静岡支所の係属となったことです。
静岡支所の方が業務がすいていたことが理由らしく…。結局、「不利益はないように配慮する」という説得に渋々応じることになりましたが…。
裁判ではあまり聞かないように思うので、備忘のために記しておきます。
2. 総則6項事件と「租税回避」について
(1) 8月に入り、夏、真っ盛り。
毎日、毎日、本当に暑い日が続き、それでなくてもどんどん悪くなってきている頭の回転が、更に、悪くなっている気がします(笑)。
とはいえ、客員をしている大学院が夏休みに入ると、正直、ホッとします。その授業で、今年、事例検討の一つとしてとりあげた“総則6項事件”(最判令4.4.19、以下、「本判決」)について、久しぶりのブログで話題にしてみたいと思います。
(2) この事案は、共同相続人であるXらが、相続財産である本件各不動産について、財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます。)の定める方法により評価して相続税の申告をしたところ、S税務署長から、本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして本件処分を受けたため、その取消しを求めたというものです。
本事案の背景には、いわゆる“タワマン節税”を招来した、特に高層マンション等の不動産における時価と相続税評価額のかい離があります。
相続税法22条は、「相続……により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」るとしているのですが、現実の評価事務は、「納税者間の公平の維持、納税者及び租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」(金子『租税法24版』)から、評価通達によっています。
ところが、本事案では、下表のように、申告に用いられた評価通達による評価額が、時価(後述するように、本判決では、鑑定評価額が時価であると認められています。)の約4分の1となっていたのです。
また、本事案の被相続人は94歳で亡くなる約3年前に多額の借入れをして本件各不動産(下表の甲不動産と乙不動産)を購入したため、借入債務と基礎控除の結果、相続税は0円となりました。しかも、乙不動産については、被相続人死亡後1年以内に第三者に売却しています。
そのため、本判決は、「本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行した」、つまり、「租税負担の軽減」をも意図していたと認定されているのです。
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購入額 |
売却額 |
申告の評価額 (通達評価額) |
処分の評価額 (鑑定評価額) |
甲不動産 |
8.37億円 |
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約2億円 |
7.54億円 |
乙不動産 |
5.5億円 |
5.15億円 |
約1.3億円 |
5.19億円 |
(3) さて、本事案が“総則6項事件”とよばれているのは、評価通達の「第1章 総則」の「6」に、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定されているからです。
金子宏教授は、現実の評価事務は評価通達(基本通達)によって行われていることを「納税者間の公平の維持、納税者及び租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」から肯定的に捉えているようであり、その上で、「基本通達によっては適切な評価をすることができないと認められる特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によって通達の基準より高く、または低く評価することができると解すべきであり…このことを考慮してであろう。基本通達第1章6は、『…略…』と定めている」(金子宏『租税法24版』)としています。また、従来の裁判例も、特別の事情があるときは、やはり、評価通達によらない他の合理的な方法によって評価した価額によることができるなどとしていました。そこで、本事案の第一審も、争点①として、「本件相続開始時における本件各不動産の時価(評価通達の定める評価方法によらない評価が許されるための特別の事情の内容及び本件各不動産におけるその有無)」としていました。
しかし、そもそも、評価通達そのものについて、通達は法源ではないからこれにより時価を認定することは租税法律主義に反するのではないかという批判もあるところ、上記のように特別な事情があれば、更に、実務上は、評価通達の総則6項を適用することにより、評価通達によらないで時価を認定できるというのは、総則6項を、いわゆる租税行為の否認規定として機能させているのではないかという批判がありました。
この点、山元拓最高裁調査官(ジュリ1581・92~)は、「『特別の事情』の位置付け(相続税法22条の『時価』該当性の問題か、平等な取扱いの問題か等)は必ずしも明らかではな」いとしています。そのため、本事案の最高裁では弁論が開かれたのですが、それに先立ち、「更正処分の基礎とされる課税価格に算入された財産の価額が当該財産の客観的な交換価値としての時価を上回らない場合であっても、当該価額が財産評価基本通達の定める方法により評価した価額を上回るときは、当該更正処分は違法となるか(具体的には、①相続税法22条に違反するか、②平等原則に違反するか)」(※)について求釈明があったのです。
※22条の「時価」>更正処分の基礎とされた鑑定価額>申告された評価通達による評価額 の場合
→①相続税法22条に反するか?
②平等原則に違反するか?
(4) 本判決は、まず、①について、以下のように判示しました。
「相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。
そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。
本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。」
また、②について、以下のように判示しました。
「他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。…略…課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。
もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、Xらの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及びXらは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者とXらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」
※22条の「時価」>更正処分の基礎とされた鑑定価額>申告された評価通達による評価額 の場合
→①相続税法22条に反するか? No
②平等原則に違反するか? Yes ただし合理的理由があればNo
(5) このように、本判決は、①において、相続税法22条の「時価」を上回らない限り、同条に違反しないとしていますが、評価通達は国民を直接拘束しないとしつつ、現実には評価通達によって時価認定されていることについてはそれ以上言及していないため、租税法律主義に違反するのではないかという批判に十分にこたえるものとはなっていないように思えます。にもかかわらず、②において、現実には評価通達によって時価認定されていることを前提に、特定の納税者についてのみ評価通達を上回る時価認定をすることは、合理的な理由がない(実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がない)限り、「租税法上の一般原則としての平等原則」に反するから違法だとしています。
この点、山元拓最高裁調査官(ジュリ1581・92~)は、「原則として通達評価額によるべき根拠が上記の平等原則にあり、その例外も同原則から導かれるべきことを踏まえ、……位置付けや内実が明確でない『特別の事情』という用語を避けて、事柄の性質に応じた表現としたものであろう。」と書いておられます。
しかし、既に述べたように、租税法律主義に反するのではないかとも疑われる評価通達による時価認定の適法性について正面から論ずることなく(時価評価は事実認定だから、評価通達によっても租税法律主義に反しないという論理が隠れているのかもしれませんが…)、「評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実である」として課税庁の評価通達による現実の評価実務を追認した上で、「通達評価額によるべき根拠」として「租税法上の一般原則」などというものをもってきたことが、まず、極めて憂慮すべきであると思われます。さらに、「合理的理由」すなわち「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」というきわめて規範的な「事情」があれば、「租税法上の一般原則」である「平等原則」の例外が認められる結果となってしまっている…そして、その事情の中に、租税回避を理由とするものがあれば、それは、結局、(たとえ、時価評価が事実認定であるとしても)租税回避行為の否認にあたるのではないか…と感じるのは杞憂というものなのでしょうか。金子宏教授は、「法律の根拠がない限り租税回避行為の否認は認められないと解するのが、理論上も実務上も妥当であろう」(金子『租税法第24版』)とおっしゃっておられますが…。
ちなみに、山元拓最高裁調査官(ジュリ1581・92~)は、「ここで問題となっているのは、時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではない…」としているのです。
(6) 長くなってしまったので、続きは、明日に…。