2017年5月4日木曜日

IBM判決と要件事実論 ~その1~


 IBM事件(第一審 東地判平成2659控訴審 東高判平成27325上告審 最決平成28218については、このブログでとりあげたことがありますが、GWを利用して、要件事実論的に、もう一度、振り返ってみたいと思います。
 IBM事件は、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132条)に基づく課税処分が問題となった事案です。
 まずは、要件事実論の基礎から…。



1. 私が司法修習生の頃、「民事裁判」、「刑事裁判」、「民事弁護」、「刑事弁護」、「検察」という5科目があり、その中でも、「民事裁判」は、「要件事実」の勉強が中心だったように思います(とはいえ、きちんとマスターできているのかと聞かれると、不安になりますが…笑)。
 まず、「要件事実」とは、なんでしょうか?
 私が使っていた「白表紙」(しらびょうし=司法修習所の教科書。白い表紙なので、そのように呼ばれています。その中の『増補民事訴訟における要件事実第一巻』)によれば、「主要事実」と同義としています(*)。
 それでは、「主要事実」とは?。
 こちらについては、受験生のころ、民事訴訟法の勉強で、「間接事実」や「補助事実」とともに、呪文のように覚えました(笑)。


 *なお、岡口基一裁判官は、その著書(『要件事実入門』)において、現在、要件事実の教育の主体は、法科大学院(ロースクール)に移行しているとした上で、「要件事実」に該当する具体的事実を「主要事実」とよんで、「要件事実」と「主要事実」を区別して用いています。
 なお、判決三段論法は
 大前提 - 実体法規範(法律要件→法律効果)
 小前提 - あてはめ (主要事実→法律効果)
 結 論 - (主要事実→法律要件→法律効果)
であるところ、要件事実論を採用すると、上記大前提が「法律要件の充足→法律効果の発生」ではなく、「要件事実の充足→法律効果の発生」になるともされています(「要件事実」とは、「裁判規範としての民法典の抽象的、類型的規定の中から」「証明責任分配の原則に基づいて」「摘出される」。孫引きです…すみません。)。

 


主要事実
  権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するために直接必要な事実

間接事実
  主要事実の存否を推認するのに役立つ事実

「補助事実」
  証拠の信用性(証拠価値)や証拠能力に影響を及ぼす事実


 


  










 要件事実は、立証責任と密接な関係にあります。

 


立証責任
  ある事実が真偽不明の場合に、判決において、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生または不発生が認められないこととなる一方当事者の不利益の負担


 


  


   この定義を初めて読んで、すんなりわかる方って、いるんでしょうか(いるとは思いますが、「天才」とよばせてください!)
 どこまで遡って説明すればよいか迷いますが、要は、民事裁判は、絶対的な真実を追求する場ではなく、「当事者主義」という「裁判を利用するか、利用するとして、どういう請求をたて、どんな主張・立証するかは、自分の権限でもあり、責任でもあるよ!」という大原則の下に行われているということをおさえておく必要があるとおもいます。そして、この当事者主義の下、当事者(第一審では原告・被告)は、一生懸命に主張立証するわけですが、そもそも、法律(実体法)の多くは、ある法的な効果を発生させるには、こういう要件が必要であると規定しています(このような発生要件を講学上、「法律要件」といいます。)。
 たとえば、原告が被告に対し、「100万円を貸したので返してくれ。」と請求する場合、(消費貸借契約に基づく)「貸金」発生(法律効果の発生)には、これこれの法律要件が必要だと、民法に書いてあります(条文解釈により法律要件が導かれることもなしとはいえませんが…。ちなみに、貸金については、「返還約束の存在」と「目的物の交付」です。)。なので、裁判において、原告の被告に対する「貸金」が発生しているという主張を認めてもらうためには、原告が「貸金」発生に必要な「法律要件」に該当する事実、すなわち、「主要事実」を主張・立証する必要があるのです(ただし、要件事実は上記のとおり「返還約束の存在」と「目的物の交付」ではありますが、通常、これを含む「○年○月○日、弁済期を△年△月△日として、100万円を貸し付けた」という事実を原告は主張し、その主張に沿う記載がある消費貸借契約書を書証として提出したりします。ただし、この証明は、いずれの当事者がしても差し支えありません)。
 

民法第587

消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
 

  ところで、裁判所の側からすると、口頭弁論が終わるときになっても、「主要事実」の存否がはっきりしないときもあります。でも、はっきりしないからといって、「わかりませんので、判決は書けません。」とはいわないことになっています。この場合、立証責任を負っている者が、不利益を負うことになります。
 たとえば、先ほどの例で、裁判所が「貸金」発生に係る主要事実(請求原因事実)の存否がわからないと判断する場合、その立証責任は原告が負っていますので、原告の損害賠償請求が認められないことになります(請求棄却の判決となります)。
 これに対し、被告が、「100万円を借りた」事実については認めたうえで、「全部返した。」とか、「貸金債権は時効消滅している」と主張する場合、「弁済」や「消滅時効」について立証責任を負っているのは被告なので、裁判所がこれらに係る主要事実(抗弁事実)の存否がわからないと判断する場合、被告の主張は認めてもらえません(ここでは説明を避けますが、請求原因事実を被告が認めると、弁論主義の下、自白が成立し、裁判所はそのまま判決の基礎としなければなりません。なので、被告の主張がこれだけで、しかも、十分な立証ができないとなると、請求認容の判決は避けられません。)。
 これが立証責任の意味するところなのです。ここまで読んで、もう一度、「立証責任」の定義を読むと、その意味するところがわかりやすくなるのではないでしょうか(ならなかったら、すみません。)。


2. 先の例で、いきなり、「請求原因事実」とか「抗弁事実」などという言葉がでてきましたが、これは、立証責任を分配した結果です。証明困難な事実は、立証責任に基づき裁判される可能性が高いので、それがいずれの当事者に分配されるかは、当事者にとって裁判の勝敗を分ける重要な問題であるといえます
 立証責任の分配の対象となる事実は、主要事実とされており(間接事実は対象となりません。)、その分配については、以下のような法律要件分類説が通説となっています(**)。

 


①法律効果の発生を規定する「権利根拠規定」の要件事実
  →その法律効果を主張する各当事者が立証責任を負う。

②権利根拠規定による法律効果の発生につき障害事由を規定する「権利障害規定」の要件事実
  →その法律効果の発生を争う者が立証責任を負う。

③法律効果の消滅を規定する「権利消滅規定」の要件事実
  →その法律効果の消滅を主張する者が立証責任を負う。


 


 ということで、「貸金」発生の主要事実については、①により、原告が立証責任を負い、「弁済」「時効消滅」については、③により、被告が立証責任を負うことになります。
 ちなみに、「抗弁」とは、自分が立証責任を負っている、相手方の主張と両立し得る主張のことをいいます。
 先ほどの例で、原告が主張する「貸金」発生と被告が主張する「弁済」や「時効消滅」は、両立し得る主張ですよね。


**私の大学院時代の指導教授である三井哲夫先生には、「法律要件分類説の修正及び醇化に関する若干の具体的事例に就て(続要件事実の再構成)」(法曹会)など、要件事実に関するご著書があります。もっとも、大学院時代にご指導いただいたのは、以前このブログで書いたように、国際私法です(笑)。

3. 次に、「間接事実」には、どんなものがあるでしょうか?
 たとえば、先の例で…。「被告は、○年○月○日より1週間前、(原告ではなく)Aさんに対し、『200万円の車を買いたいけど、100万円足りない。信用履歴のせいか、ローンもくめない。100万円貸してくれないか。』と頼み、断られた。」という事実や、「被告は、原告が100万円を貸したと主張している○年○月○日の2日後、200万円の車を買った」という事実などが、間接事実にあたり得ます。○年○月○日に原告が被告に100万円を貸したという事実を推認させますよね。

4. ところで、「規範的要件」という概念もあります。
 民法でいえば、「過失」(民法709条)などです。
   「過失」というのは評価なので、この法律要件の存在を認めてもらうためには、そのような評価の根拠となる具体的事実(「評価根拠事実」といいます。)を主張・立証する必要があります。例えば、「過失」による自動車事故によって蒙った損害賠償を請求する場合に、当該事故をおこした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という具体的事実を主張・立証して、運転手には「過失」があったと評価し得る旨主張したりします。
 評価根拠事実をどう位置づけるかについては、主要事実説と間接事実説の対立があり、白表紙は、主要事実説をとっています。主要事実説によれば、「過失がある」という主張は、法律上の意見の陳述となり、「過失がある」という主張の根拠となる評価根拠事実が主要事実となります。 
 


民法第709

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
 
なお、前述の岡口裁判官は、例えば、自動車事故を起こした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という事実は、常に「過失」にあたるわけではなく、当該具体的事案において被害者との関係で「過失」にあたるか否か規範的に評価されるとした上で、「過失」については、その要件に該当する事実は多様であることから「多様型の規範的要件」であるとします。これに対し、表見代理の「正当な理由」(民法第110条)などは、複数の事実を総合的に評価して、当該要件に該当するか否かを判断するとして、「複合型の規範的要件」であるとします。そして、前者の「多様型の規範的要件」については、単一の事実(又はせいぜい数個の事実群)が主要事実であるとする一方、後者の「複合型の規範的要件」については、その要件に係る最低限の主張(「正当事由がある」)があればよく、あとは、裁判所が、当事者が主張している事情のみならず、すべての諸事情を総合して判断する特殊な法律要件だとしています。

5. IBM事件の要件事実について、書きたかったのですが、長くなったので、本日は、ここまで。


2017年4月29日土曜日

不在者財産管理人名義の登記はできるのか


1. 昨年、不在者財産管理人として、名古屋法務局に、不在者所有の不動産について、不在者財産管理人名義への表示変更、保存ないし移転登記ができるかを、問い合わせたことがあります。

2. まず、不在者財産管理制度(民法25条以下)について軽く触れておきます。
 不在者、すなわち、住所や居所からいなくなり、容易に帰ってくる見込みのない者…がいて、しかも、その不在者が管理者を置かずその財産を放置していれば、不在者本人、あるいは、その利害関係人が困ることもあるでしょう。
 また、以前このブログでほんの少し触れたことがあるように、相続が発生したものの、相続人中に不在者がおり、且つ、失踪宣告の要件をみたしていない場合には、遺産分割協議ができず、やはり、困ってしまいます。
 このような場合、家庭裁判所に申し立てることにより、不在者財産管理人を選任してもらうことができれば、不在者財産管理人は、家庭裁判所の監督の下、不在者の法定代理人として、不在者所有財産の管理・保存にあたるほか、家庭裁判所の権限外行為許可を得た上で、不在者に代わって、遺産分割や不動産の売却などを行うことができます。

3. ちなみに、民法には、相続人不存在の場合における相続財産管理制度(民法951条以下)というものも用意されています
 相続が開始したものの、相続人がいなかったり、あるいは、相続人の存否が明らかでなかったりする場合、相続財産は、宙ぶらりんの状態になってしまいます。そこで、家庭裁判所は申立てにより相続財産管理人を選任し、相続財産管理人が、家庭裁判所の監督の下、相続財産を管理、清算等したり、最終的には国庫に帰属させたりすることができます。
 なお、民法上は、「相続財産管理人」と規定されており、「相続財産の管理人」は、相続人不存在の場合だけでなく、限定承認などでもでてきます(民法936条1項など)。

4. 不在者財産管理制度と相続財産管理制度は、上記の通り、似た制度のようにみえますが、異なる点の一つが、後者の相続財産管理制度において、「相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする」(民法951条)とされていることです。(相続財産の属する権利主体を擬制するための法技術。最判平11.1.21の最高裁判例解説参照)。
 そこで、相続財産管理人は、就任後、不動産については、「相続財産法人名義」への付記登記を行うことになっています。不動産登記簿上の名義は、「亡○○○相続財産」となります。ちなみに、相続財産管理人の法的地位については、諸説ありますが、相続法人を代表する機関であると解されます(『家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務』日本加除出版㈱)。 

5. 冒頭の登記に係る問い合わせは、家庭裁判所の示唆を受けて、不在者財産管理人として、行いました。
 事前に、書物や判例・裁判例をあたってみましたが、不在者財産管理人名義の登記についてふれたものは見当たりませんでした。
 それでも、家庭裁判所から示唆があったのは、それなりの理由があったからです。
 そこで、名古屋法務局にその旨問い合わせ、検討を依頼したところ、名古屋法務局の回答は、

・不在者財産管理人名義の登記の先例は、聞いたことがない。

・理論的にも、相続財産管理制度の場合には、民法951条があるが、不在者財産管理制度にはない。したがって、不在者財産管理制度の場合には、相続財産管理制度の場合のように、表示を変更する登記はできないと解釈している。

ということで、不在者財産管理人名義の登記による対応はあきらめ、別の対応を考えることになりました。

 

The Family Court may, at the request of any interested person, appoint an administrator for an "absentee" (anyone who has left one’s domicile or residence) for the administration of his/her property.
The Nagoya Legal Affairs Bureau delivered its opinion that in case an absentee has registered real property, the administrator cannot register his/her name even as supplemental registration.

2017年3月23日木曜日

ヘレンド展 The Herend Porcelain Exhibition


1.2月から3月にかけてバタバタとして、ブログ更新もままならず…。
なんとか、ひと月に1回くらいは、更新したいと思っています。

2. ということで、少々前の話で恐縮ですが、愛知県陶磁美術館のヘレンド展にいった話を…(3月26日まで開催)。
 ヘレンドは、ハンガリーで1826年に開窯し、ハプスブルク家など王侯貴族が顧客に名を連ねました。
  今回の展覧会では、初期から現代までのヘレンドの歴史がみられます。

 個人的に、ヘレンドには思い入れがあります。
 大学生の折、自由化前の東欧(ソ連→ポーランド→チェコ&スロバキア(当時一つの国でしたが、どちらも訪れました)→ハンガリー→東ドイツ)をぶらぶらと一人で旅したことがあります。ハンガリーでは、ひょうなことから民泊。その主に、ルーマニア行を反対され、一旦、空路、西欧にでることに…(その後、東ドイツに戻りました)。ルーマニアやユーゴスラビアに行かなかったのは、少し悔やまれますが、ブダペストの空港で出会ったのが、ヘレンドのデミタスカップ(ヴィクトリア)。大学生ですから、お小遣いも限られ、ものすごく悩みました。結局、2客を購入。飛行機の中でながめていたら、ハンガリー人のステュワーデスさん(
CA)に、「いい買い物をしましたよ。」と声をかけられました。
 この東欧旅行では、色々なことがありました。また、機会があれば、思い出話を披露したいなと思います。


I went to the Herend Porcelain exhibition at the Aichi Prefectural Ceramic Museum.
I fell in love with the Herend Porcelain when I visited Hungary before the collapse of the Soviet Union.

愛知県陶磁美術館の中庭

ヘレンド展で唯一撮影OKだった
エリザベート皇妃の陶板。

ハンガリーの文化を愛したといいます。
ほかに、フランツ・ヨーゼフ帝が
ハンガリー国王として戴冠した際に献上された
ティーセットも展示されていました。

ヘレンドの出世作ヴィクトリア。
かの英女王が名の由来です。
日本に帰ってから、少しずつ買い足しました。
ハンガリーのブダペストで民泊したお宅。
当時、外国人を泊めるには、
警察(?)に届出が必要だったのに
きちんと手続をして
泊めてくれました。
ご親切は忘れられません。



2017年2月13日月曜日

節税養子に関する最判平成29年1月31日The Supreme Court’s decision dated January 31, 2017 regarding ‘Tax-avoidance adoption”、長篠城址・田原城跡 The sites of "Nagashino Castle" and “Tahara Castle”


1.「節税養子」に関する最判平成29131
The Supreme Court’s decision dated January 31, 2017 regarding ‘Tax-avoidance adoption”

(1) 養子制度について、日本では、欧米と比較して、子の福祉のために使われることは少なく、多様な目的に使われているといわれます(内田『民法Ⅳ』)。そのうちの一つが“節税養子”(“相続税養子”)でしょう。
 特に、いわゆる“孫養子”は、直系卑属を養子とするため家裁の許可不要であり(民法798条但書)、また、昭和63年度税制改正(*)等もありましたが、なお、相続税の節税効果が期待され、富裕層の間では孫養子が利用されることも、そう珍しいことではないように思います

*昭和60年前後から、相続税の節税目的で、近親者を養子とする例が頻発したため、昭和63年度に次のような改正がありました。

①実子相続人がいる場合には、被相続人の養子のうち一人のみを法定相続人の数に含める(相続税法1521号・3項)

②実子相続人がいない場合には、被相続人の養子のうち二人までのみを法定相続人の数に含める(同条項2号)

③①および②のいずれの場合でも、「相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合においては」、税務署長は、養子の数を法定相続人の数に含めないで計算できる(相続税法63

**相続人が被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった直系卑属を含む)および配偶者以外の者である場合、相続税額は20%加算されます(相続税法181項)が、平成15年度改正により、養子となった孫もこれに含まれます(同条2項)。
 
***なお、相続税の基礎控除額等に係る平成25年度改正については、以前、事務所通信でとりあげたことがありますので、こちら(↓)をご覧ください。
http://www.hisaya-ave.com/tsushin3p7.html

  http://www.hisaya-ave.com/tsushin3p8.html 

(2) 民法は、「人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき」は、養子縁組を無効としている(民法8021)ところ、節税対策孫養子について、「縁組をする意思を欠く」ことから養子縁組は「無効である」と主張してその確認を求めた訴訟の最高裁の判決(最判平成29131日)がでました。
判決文はこちら(↓)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/480/086480_hanrei.pdf 

(3)  最高裁の判決によると、原審である東京高裁が認定した事実は、次のとおり。
 亡くなったおじいさんAは、自宅を訪れた税理士等から、長男Bとその妻Cとの間に平成23年に出生した孫であるYを養子とすると、基礎控除額が増えることなどによる節税効果がある旨の説明をうけて、平成24年に養子縁組届を提出しました(届には、養子となるYは未成年のためその親権者である両親BC、養親となるA、および、Aの弟夫婦が証人として、署名押印)。この養子縁組について、Aの長女X1、次女X2が無効を主張しました。
 原審である東京高裁は、「専ら相続税の節税のためになされたもの」としたうえで、「縁組をする意思がないとき」にあたるとし、X1X2の無効確認請求を認容しました。
 これに対し、最高裁は、「相続税の節税の動機縁組をする意思とは、併存し得るものである。」とし、「専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法
8021号にいう『当事者間に縁組をする意思がないとき』にあたるとすることはできない。」と判示しました。
 その上で、本件養子縁組について、「縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく、『当事者間に縁組をする意思がないとき』にあたるとすることはできない」との結論をくだしています(X1X2の無効確認請求を認容した原審(東京高裁)の判決を破棄)。
 既に述べたように、節税対策の孫養子は、そう珍しい話ではないと思われるので、最高裁の結論に、胸をなでおろした方も多いのでは…。
 ただし、「専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合」でも、「直ちに」縁組をする意思がないといえないとしているだけで、「縁組をする意思がないことをうかがわせる事情」があれば結論が違ってくる可能性は残しています。また、前述のように、相続税法63条は、「第15条第2項各号に掲げる場合において当該各号に定める養子の数を同項の相続人の数に算入することが、相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合においては、税務署長は、相続税についての更正又は決定に際し、税務署長の認めるところにより、当該養子の数を当該相続人の数に算入しないで相続税の課税価格(…)及び相続税額を計算することができる」と規定しているのには、留意が必要です。
 
In Japan, it is not rare for a person of wealth to adopt one’s grandchild in order to reduce inheritance tax, because under the Inheritance Tax Act, the basic deduction from the taxable assets increases as the number of legal heirs. The Supreme Court on January 31, 2017 decided that the motivation for Tax Avoidance could be compatible with the intention of the adoption, and will not automatically annul the adoption.

2.長篠城址、田原城跡
   The sites of "Nagashino Castle" and “Tahara Castle”

(1) 先日、桶狭間の戦いに関連する史跡巡りについて、このブログでふれました。本日は、ちょっと前に訪れた長篠の合戦で有名な長篠城址等の散策について、ご紹介を…。

(2) 長篠城址は、新城市にあり、本丸の土塁や堀が残っているほか、史跡保存館があります。
 天正
3年(1575)におきた長篠の合戦は、武田の騎馬隊に対し、鉄砲隊を擁する信長軍が馬防柵を用いたことで夙に有名であり、歴史の教科書にもその場面を描いた合戦図がのっていたように思います。
 このように長篠の戦いというと野戦が真っ先に思い浮かびますが、史跡保存館をたずねると、長篠城を武田勝頼軍が包囲したことによる攻防戦からはじまった等の経緯が史跡と共に紹介されています。
 長篠の合戦に先立つ1573年、京都を目指した武田信玄は病気のため甲州へ引き返す帰途に死去、その死は当初伏せられていましたが、すぐに信玄死すとのうわさが広まり、同年、徳川家康が長篠城を占領しました。ちなみに、長篠城は、元々、1508年に今川義元の将、菅沼元成が築いたそうで、1571年より武田氏に属していたようです。
 武田信玄は「3年間は戦をやめて国力充実につとめよ。」と言い残しましたが、武田勝頼はこのいいつけを守らず、1575年、15千の兵をもって長篠城を包囲。長篠城主となっていた徳川家康の家臣、奥平貞昌は、500の兵と共に籠城し、織田信長・徳川家康の連合軍が到着するまでの約10日間、長篠城を守りきったそうです。
 信長・家康の連合軍は到着すると設楽原に陣を築いたため、武田軍は長篠城の囲みをといて設楽原に進出、壮絶な戦いとなります。武田軍はこの野戦(設楽原決戦)で大敗、重臣を含め約1万もの死傷者をだし、敗走。
 長篠の合戦時、織田信長は42歳、羽柴秀吉は39歳、徳川家康は34歳、武田勝頼は30歳だったといいます。
 織田信長は、長篠の戦いの後、さらに天下人への道を歩んでいきます。

 他方、武田氏の勢力は弱まり、15823月に滅亡。昨年の大河ドラマ「真田丸」では武田氏の凋落や勝頼の悲哀がよく描かれていて、涙を誘いました。
 ところが、奇しくも同年6月、織田信長も本能寺の変にて天下取りの志半ば、この世を去ります。
 このような歴史の舞台となった長篠城は、1576年、廃城となりました。
 かつて、歴史の授業では、桶狭間と長篠の順番・内容を記憶するのに苦労した覚えがありますが、こうやって、実際に訪ねてみると、実感をもって記憶できます(笑)。
   
長篠城址
a stone stela

   
長篠城の本丸跡
a site of Honmaru


長篠城の内堀跡
a moat


(3) 長篠城址を訪れた後、渥美半島まで足をのばし、いちご狩りを楽しみました。また、田原城跡にもまいりました。
 田原城は、渥美半島のほぼ中央に位置し、1480年頃、戸田宗光により築城されました(当時、三河の国の一色氏の勢力下)。
 『愛知の城』(山田柾之著)によれば、戸田氏の最盛期は、宗光の嫡男・憲光の頃。1506今川氏親とともに吉田城を攻略して次男を配し、二連木城には嫡男を配し、大崎・大津・北裏城によって本城を守り、知多半島南半も従来通り領有し、東三河の雄となっていたとのこと。ところが、1547年、松平広忠が今川氏への人質として嫡男竹千代(後の徳川家康)を送ろうとした際、戸田宗光・堯光親子は、竹千代を途中で奪い、尾張の織田信秀に渡してしまいました。このため、今川氏に攻められた田原城は落ち、戸田氏は没落の非運を辿ります。
 その後、田原城の城主は何度か変わり、明治維新の際には三宅氏の居城だったところ、廃藩置県により、本丸殿舎や二の丸櫓といった建築物は解体されてしまいました。

 田原城は、周辺の海が入込み、堀の一部は自然堀だったそうで、巴文に似ていたことから、別名を「巴江城」(はこうじょう)ともいいます。
 土塁や堀などが残っており(石垣は新しい?)、また、敷地内には、田原市博物館もあります。
 
  
田原市博物館
Tahara Municipal Museum


田原城の復元された
二の丸櫓(右)と桜門(左)
Reconstructed
"Ninomaru-yagura (turret)" (right)
and  "Sakura- mon (gate)" (middle)

  
田原城の桜門
"Sakura-mon (gate)"
of Tahara Castle

 
田原城の曲輪等の名称を示した図
a map of Tahara Castle

I visited the sites of Nagashino Castle and Tahara Castle.
A site of Nagashino Castle is located in Shinshiro city, Aichi Prefecture, and well known as a site of the Battle of Nagashino between the allied forces of Nobunaga Oda and Ieyasu Tokugawa against Katsuyori Takeda in 1575.
A site of Tahara Castle is located in the middle of the Atsumi Peninsula.  It was constructed by Munemitsu Toda around 1480, and remained residence of the Miyake clan until the Meiji Restoration.

2017年2月10日金曜日

「忘れられる権利」と最決平成29年1月31日、The right to be forgotten and the Supreme Court Decision dated January 31, 2017


本日は、いわゆる「忘れられる権利」に関し、先月31日にだされた最高裁の決定について、触れてみたいと思います。
 

1. 「忘れられる権利」につきましては、以前、事務所通信でとりあげたことがあります(↓)。
パソコンやスマホの普及により誰もが容易に情報を発信し、その情報が忽ち拡散することもある昨今、インターネット上の掲示板やサイトへの書込みにより、プライバシー侵害や名誉毀損といった被害に巻き込まれるケースも増えつつあります。インターネット上の書き込みは、匿名性が高いことに特徴がありますが、書き込みがなされた掲示板やサイトの管理者が分かれば、その削除を求めることができる場合もあります。もっとも、すべての書き込みについてその掲示板やサイトごとに削除を依頼するのでは、手間も費用もかかりますし、イタチごっこに陥る可能性があります。一般論ですが、一旦、インターネット上に拡散した情報を完全に消し去るのは不可能であるともいわれます。つまり、いつまでたっても、書き込みが残ってしまう恐れがあるのです。そこで、近時、注目を集めているのが、検索事業者(グーグルやヤフーなど)に対する検索結果削除請求です。検索結果は、掲示板やサイトへの「入り口」となっていることから、この「入り口」を削除してもらえれば、一般利用者が当該掲示板やサイトに辿り着くことは困難になると考えられるからです。
 中日新聞によれば、全国の裁判所に検索結果の削除を求めた仮処分などの申立ては、20169月までの一年間で、59件あったといいます。
 このような検索事業者に対する検索結果の削除を求める権利を、「忘れられる権利」とよんだりします。最近、耳にすることも増えましたが、日本では明文の規定はありません
 なお、上記事務所通信にもあるように、「忘れられる権利」の出自はヨーロッパにあります。また、同通信で触れた「EU一般データ保護規則」(REGULATION (EU) 2016/679 on the protection of natural persons with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data, and repealing Directive 95/46/EC (General Data Protection Regulation))は、執筆時は、”提案”でしたが、2016可決されたようです(2018に施行予定)。ちなみに、「忘れられる権利」(Right to erasure (‘right to be forgotten’))は、同規則の第17条(Article 17)に規定されています。
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv:OJ.L_.2016.119.01.0001.01.ENG&toc=OJ:L:2016:119:TOC

2. そんな中、平成29131日、最高裁は、検索事業者に対し、プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウエブサイトのURLやいわゆるスニペット等を、検索結果から削除するよう請求できる場合について、初めて、基準を示しました。
 判決文はこちら(↓)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf
 

3. 上記事務所通信でも触れましたが、この種の事案では、片や、プライバシー、片や、表現の自由と、極めて重要な人権同士がぶつかりあう場面といえます(なお、「検索結果の提供」が表現行為にあたるのか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本判決は、「検索事業者自身による表現行為という側面を有する。」旨、判示しています。)。
 こういった重要な人権同旨がぶつかり合う場合において、裁判所がよく用いる手法が、比較衡量です。

 本判決も、比較衡量を用いています。
すなわち、


当該事実を公表されない法的利益



当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情
 

比較衡量して

前者(「当該事実を公表されない法的利益」)が「優越すること」が「明らかな場合

に削除請求が認められる

としています。
そして、この比較衡量を判断する際に考慮すべきものとして、以下をあげています。


・当該事実性質及び内容

・当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度

・その者の社会的地位影響力

・上記記事等の目的意義

・上記記事等が掲載された時の社会的状況その後の変化

・上記記事等において当該事実に記載する必要性

など
 

このような基準を示した上で、最高裁は、本件については、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」は「明らか」であるといえない、として、検索結果の削除を仮に命じる決定及びその認可決定を取り消した原審(東京高裁)の判断を是認できると判示しています(つまり、削除を命じないということです。)。
 

4. ちなみに、さいたま地裁平成27年6月25日決定上記事務所通信の5頁(3)で紹介。平成27→7との誤植あり。)は、検索結果により更生を妨げられない利益が受忍限度を超えて侵害されているから、人格権に基づき検索エンジンの管理者である債務者に対し検索結果の削除を求めることができ、検索結果が今後表示し続けられることにより回復困難な著しい損害を被るおそれがあるとして、検索結果を仮に削除することを命じていました
 この仮処分に対する保全異議についての判断がさいたま地裁平成271222日決定であり、同決定は、
一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』を有するというべきである」として、「忘れられる権利」という言葉を用いた上で、「検索エンジンの公益性を考慮しても、更生を妨げられない利益が社会生活において受忍すべき限度を超えて侵害されていると認められるのである」等とし、仮処分決定認可しました。
ところが、その保全抗告である東京高裁平成28年7月12日決定(原審)は、「『忘れられる権利』は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。…(略)…そうすると,その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。」等とした上で、原決定および仮処分決定取り消しました
 そして、既に述べた通り、その許可抗告である最高裁平成29年1月31日決定は、上記のような基準を示した上で、東高高裁(原審)の判断を是認できるとしたわけです。
 

5. 本件では、最高裁は、「忘れられる権利」には触れていませんし、結論として、検索結果からの削除は認められませんでしたが、基準を示して、検索事業者に対し削除請求できる場合があることを認めています。ただし、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」が「明らか」であることが必要なので、ハードルは高めであるといえるでしょうか。
 例えば、逮捕事実の場合、逮捕直後、当該事実は「公共の利害に関する事項」に該当しますが、時の流れとともに、前歴・前科となり、「プライバシーに属する事実」ともなりますから、次第に、「プライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」や「更生を妨げられない利益」が増していきます。具体的に、どのような事実でどのくらいの時が経過すれば検索結果からの削除が認められるのか等、裁判例の集積が待たれます。


The Supreme Court in its decision dated January 31, 2017 showed a ruling (a balancing test) to order deletion of a website link and a snippet containing a person’s privacy from internet search result, however, it rejected an appeal according to the ruling.  The Saitama District Court’s decision dated December 22, 2015 drew public attention because it allowed the deletion mentioning “the right to be forgotten”, while it was overturned by the Tokyo High Court on July 28, 2016.