2020年6月3日水曜日

利得消滅の抗弁



1. 緊急事態宣言が全国的に解除されたのも束の間、昨日、東京アラートが発動し、コロナ禍の行方はまだまだ余談を許さなさそうです。
 
2. ところで、先日、大阪府摂津市が府民税1502万円を過大に還付してしまい、返還を求めたものの、還付を受けた男性の代理人弁護士が「請求された時点で使い切っており、法律上、返還義務はない」と主張しているという報道を目にしました。
 実は、私も組織内で働いた後、似たような状況?に陥ったことが…。
 退職後、元職場の人事課の方が訪ねてこられ、「申し訳ありません。給与を払いすぎていました。返還してください。」といわれたのです…。
 私の場合、入るときに契約書をとりかわしたわけではないので、給与が少しずつ多く支払われていたことに全く気がつきませんでした。しかし、塵も積もれば…で、賞与を含む在職期間を通じての誤りだったため、総額としては、馬鹿にならない金額になりまして…(汗…府民税とは桁が違いますが…)。私の頭の中では、(人事課の方と話を続けつつも)司法試験時代の不当利得の論点などがぐるぐるとまわりはじめ…。以下、内心の声…。
(はあ?給与を払いすぎた~?もう使っちゃったよう~。これって、返還しなければならないの?確か、有名な不当利得の論点があったはず…。ええと…善意の場合は、生活費として費消しちゃうと返還しなければならないけど、浪費した場合は返還しなくてよかったはず…変な結論なんだよね…。しかし、浪費ったって、どんな場合?どうしよう…。どうしよう…。多額すぎる…涙)
 人事課の方は大変丁寧に謝られた上で、「一度に返還するのは大変でしょうから、分割でいかがでしょうか。ご都合のよろしいときを第一回にしていただいて構いません。」などといいます。
 とりあえず、私は、「考えさせてください。」と返答し、人事課の方にお帰りいただいた後で、早速、注釈民法で調べてみました。私が思い出した論点は、「利得消滅の抗弁」とよばれています。民法703条は、「その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う」と規定しています。そのため、受益者が善意の場合、現存利益の範囲内で利得の返還義務が発生するように読めます。しかし、本来法律上の原因のない利得は全部返還するべきものを減縮しているから不当利得返還請求権の消滅は抗弁事由(利得消滅の抗弁)であるとされます。前述の受験時代に覚えたことも一応書いてありました。金銭を利得した場合、生活費等の必要な使途に消費したとしても、それにより自己の財産の出費を免れているから利益は現存しており、そのような事実を主張すること自体失当であると…。ところが!!!!!「結局のところ、特に金銭の利得について利得消滅の抗弁が認められる場合は実務上ほとんどないように思われる。」との結論…。
(おかしいじゃん。なんで?間違えた方が悪いじゃん。給与としてもらったら使っちゃうよう。勘弁してよう…「間違えた」ですむなら、ケーサツならぬ裁判所はいらないじゃないか!さりとて、返還を拒否するには、法的根拠が心許ない。だいいち、元職場と波風をたてるのは好まない。しかし、腹が立つ。モーレツに腹が立つ!くやしい~!)
 次にコンタクトがあるまで、悶々とした日々を送りましたが、結局、悔しさと恥ずかしさに蓋をして、3回払いにしてもらいました…涙。
 この話を同期にしたところ、爆笑され、「しらばらく思い出して笑える。」と感謝?されました。しかし、私は、しばらく思い出しては、ぶつけるところのない悔しさに苛まれたのでした…。確かに、誤って多く支払われた給与は、法律上の原因なく他人の財産によって得た利益ではあります。ですが、こういう話は、その立場になってみると湧き上がる感情もありまして…。

 なお、最判平成8426日は、「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。」と判示しています。つまり、誤振込があった場合、銀行と受取人との間には、預金契約が有効に成立するのです。その結果、払戻に応じた銀行は、法的責任を問われません。勿論、振込依頼人と受取人との間には、不当利得の問題が生じます。また、振込依頼人から誤振込であるとの申し出があれば、受取人の同意を得て組戻しをするという銀行実務はあるようです。
 更に、大阪高判平成10318日(上告棄却で確定)は、「誤振込による入金の払戻をしても、銀行との間では有効な払戻となり、民事上は、そこには何ら問題は生じない(後は、振込依頼人との間で不当利得返還の問題が残るだけである。)のであるが、刑法上の問題は別である。…誤振込の存在を秘して入金の払戻を行うことは詐欺罪の『欺罔行為』に、また銀行側のこの点の錯誤は同罪の『錯誤』に該当するというべきである」としているので、多額の誤振込みがあれば、それとわかるでしょうから、払戻には注意が必要です。