2014年11月25日火曜日

ハーグ条約に基づく子の返還を命じる決定(大阪家庭裁判所平成26年11月19日決定)について


1. 現在放映されているNHKの朝ドラ「マッサン」は、スコットランド人エリーと日本人マッサンのカップルが主人公ですね。
 毎回、番組の最後に国際結婚したカップルの写真がうつりますが、現在は、国境を越えて人・物が動くグローバル社会ですから、エリーやマッサンの頃とは比較にならないくらい、国際結婚は増えていることでしょう。1970年には年間5000件程度だった日本人と外国人の国際結婚は,1980年代の後半から急増し,2005年には年間4万件を超えたといいます(外務省HPより)。
 また、日本人同士のカップルであっても、様々な理由で、海外で結婚生活をおくることも、珍しいとはいえないと思います。 
 

2. ところで、国際結婚等が増えれば、残念ながら、その結婚生活が破綻するケースも増え、その際、国境を越えた子の連れ去りが問題になることも予想されます。
 先日の日本経済新聞に、ハーグ条約に基づき、スリランカに住む父親が、一時帰国した子供を連れ戻することを拒んだ母親に返還を求めた審判において、平成261119大阪家庭裁判所がスリランカに返還せよとの決定を出したとの記事が出ていました。 
 

3. ハーグ条約The Hague Convention)は、正式には、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約The Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction」といいます。
 日本では、今年(平成26年)の1月にハーグ条約に署名し、同年41発効したばかりです。これに先立ち、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下、「条約実施法」)」も成立しています。
 日本のハーグ条約加盟については、賛否両論ありましたので、新聞等で目にされた方も多いのではないかと思います。
 

4.ハーグ条約の目的は、
l  いずれかの締約国に不法に連れ去られ、又はいずれかの締約国において不法に留置されている子の迅速な返還を確保すること(ハーグ条約1a

及び

l  一の締約国の法令に基づく監護の権利及び接触の権利が他の締約国において効果的に尊重されることを確保すること(ハーグ条約1b
とされています。

 
前者の子の迅速な返還について、返還事由が認められる限り、子の常居所地国に返還すること原則としているところが、ハーグ条約の大きな特徴の1つといえましょう。
 これは、「一旦生じた不法な状態(監護権の侵害)を原状回復させた上で,子がそれまで生活を送っていた国の司法の場で,子の生活環境の関連情報や両親双方の主張を十分に考慮した上で,子の監護についての判断を行うのが望ましいと考えられているから」(外務省のHP)等と説明されています。つまり、子を連れ去られた親(Left Behind Parent, LBP)への返還を直接的に目的としているのではなくひとまず、子の常居所地国へ返還し、子の常居所地国で、親権や監護権について判断しましょうという考え方です。したがいまして、不法に連れ去られ、または留置された子が所在する国の裁判所は、その旨の通知を受けた後は、原則として、親権や監護について判断できません。

 
5. ハーグ条約は、国境を越えた子の連れ去り等に適用されるもので、父母や子の国籍は関係ありません日本人の父母である場合にも、適用され得ます
 ただし、子の常居所地国も、現在子がいる国も、ハーグ条約の締結国であることを要します。

 連れ去り・留置された子の返還手続をざっくりとみてみますと、子の連れ去り等により監護権が侵害されたと主張する親は、条約締結国の中央当局(日本では、条約実施法3条により、外務大臣が中央当局とされています。)に対し、子の返還に関する援助申請を行うことができます(条約8、条約実施法4条、11)。

 日本国内への連れ帰りのケース(インカミング・ケース)で、外務大臣が、外国返還援助決定をした場合には、当事者間の協議のあっせん等の支援を行い得ます(条約実施法9条)。

 あっせん等が奏功しない場合には、裁判所が、子を常居所地国に返還するかどうかにつき判断を下すことになります(条約実施法26条以下)。
 子の返還申立事件の管轄は、東京家庭裁判所大阪家庭裁判所にあります(条約実施法321項)。
 ハーグ条約は、前述のように「迅速な」返還を目的としているため、裁判所は、原則として、申立てから6週間以内で判断することが期待されています(同法151条参照)。
 

6. 返還事由については、条約実施法2714に定めがあります。
 対象は、16歳未満の子となっています(①号)。つまり、返還手続の途中に16歳に達すると、返還命令は出されません。
 また、LBPの監護権を侵害しているか否かは、常居所地国の法令により判断されます(③号)。

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裁判所は、子の返還の申立てが次の各号に掲げる事由のいずれにも該当すると認めるときは、子の返還を命じなければならない。

子が十六歳に達していないこと

②子が日本国内に所在していること

常居所地国の法令によれば、当該連れ去り又は留置が申立人の有する子についての監護の権利侵害するものであること

④当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に、常居所地国条約締約国であったこと

 
   他方、返還拒否事由条約実施法281項各号があれば、裁判所は、原則として、返還命令をだせません
 たとえば、連れ去りまたは留置開始から1年を経過すると、返還を命じることはできません。
 なお、④号の「重大な危険」については、条約実施法282項各号が、考慮すべき事情をあげています(児童虐待やDVを想定)。


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裁判所は、前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるときは、子の返還を命じてはならない。ただし、第一号から第三号まで又は第五号に掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができる

子の返還の申立てが当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時から一年経過した後にされたものであり、かつ、子が新たな環境に適応していること

②申立人が当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に子に対して現実に監護の権利を行使していなかったこと(当該連れ去り又は留置がなければ申立人が子に対して現実に監護の権利を行使していたと認められる場合を除く。)。

③申立人が当該連れ去りの前若しくは当該留置の開始の前にこれに同意し、又は当該連れ去りの後若しくは当該留置の開始の後にこれを承諾したこと

④常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。

⑤子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること。

⑥常居所地国に子を返還することが日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められないものであること。

 

7. 報道によれば、前述の大阪家庭裁判所のケースは、両親とも、日本人で、以下のような経過をたどった事案だったようです。

 
20132月 両親は、子供と共に、スリランカに渡航。

20146月 一時帰国(8月にスリランカに戻る予定)

20147月 母親が子供を戻す意思がないと伝える。

 
これに対し、大阪家庭裁判所は、子供がスリランカで通学し、9月以降も通学予定だったことなどから、子供の居住地スリランカ認定。一方で、母親側が主張した「返還が子供の心身に及ぼす危険」等については認めなかったといいます。
 

8. 返還を命じる終局決定後の一般的な話ですが、執行手続としては、間接強制(前置とされています)と代替執行が用意されています。代替執行は、子の解放を行う段階(解放実施)と、解放した子を常居所地国へ返還する段階(返還実施)からなります。
 子を連れ去った親(Taking Parent, TP)が任意に子の返還に応じるか、あるいは、返還命令後の返還実施によるかして、子が常居所地国へ返還された後には、ハーグ条約が予定しているように、子の常居所地国の司法に対し、親権や監護権についての判断をあおぐこともあろうかと思います。その際、親権や監護権について、どの国の法律に基づいて判断されるか(準拠法)は、法廷地国たる子の常居所地国の国際私法により決められます。 

 
9. なお、外務大臣は、必要があると認めるときは、子の住所・居所等を特定するため、国、地方公共団体、その他の関係機関(学校設置者、病院、診療所の管理者、水道事業者、電気事業者等)に対し情報提供を求めることができます(条約実施法51項)。また、都道府県警察に対し、情報提供等を求めることができる場合もあります(同条3項)。
 このようにして得られた情報のうち、子と同居している者の氏名については、LBPに開示されますが(同条41号)、住所等については開示されないよう配慮されていますLBPに子の住所等が開示されるのは、子の返還命令申立事件または面会交流申立事件が係属した後、手続の相手方が同意したとき、若しくは子の返還命令または面会交流に関する命令が確定した後において、その強制執行をするために必要があるときに限定されます)。
 また、子の返還申立後は、事件が係属する裁判所は、子が日本国外に連れ出されないよう、出国禁止命令(条約実施法1221項)や、旅券提出命令(同条2項)を発することもできます。
 なかなか、がちがちの制度になってますね…。


⇒ <後記>
     「ハーグ条約の基礎」事務所通信第7号に載せました。
   http://www.hisaya-ave.com/tsushin7-7.html
   PDF版はこちら。
   http://www.hisaya-ave.com/jimushotsushin7/jimushotsushin7.pdf