2014年8月2日土曜日

リコーの出向命令取り消しについて


名古屋の夏は本当に暑いなあと思いながら過ごしていましたら
8月に入ってしまいました。
ブログを定期的に更新するのは、やはり、大変です…。

今日は、10日ほど前に日本経済新聞に掲載されていた記事が気になったので、とりあげてみます。
 
それは、

リコーが、希望退職に応じなかった社員に対する出向命令を取消す方針である

との記事です。

これは、リコーが一部敗訴した東京地裁平成251112日判決について、控訴審である東京高裁において、和解が成立したのを受け、訴訟を提起した社員と同時期に出向命令を出した社員の配置も見直すことにした
ということのようです。

朝日新聞デジタルでは、「『追い出し部屋』に警鐘」というショッキングな見出しもでていました。
 
東京地裁平成251112日判決は、
原告X1及びX2(以下、「Xら」)が、被告Y社(リコー)に対しXらが訴外リコーロジスティクス出向して同社において勤務する労働契約上の義務が存しないこと確認や、損害賠償請求等を求めてなされた訴えに対する判決です。
 
出向」については、昨年、ドラマ「半沢直樹」でもとりあげられて話題になりましたが、日本独特な制度と聞きます。

労働法上は、「労働者が自己の雇用先の企業に在籍のまま、他の企業の事業所において相当長期間にわたって当該他企業の業務に従事すること」などと定義されます(菅野和夫『労働法』)。
つまり、出向者は、形式的には、出向元と出向先の双方との間に、労働契約関係をもつことになります。
もっとも、出向元への労務提供関係は停止されますし、たとえば安全配慮義務など部分的権利義務は出向先における労務提供の実態から当然に認められますが、出向者と出向先に包括的な労働契約関係が認められるかは、出向先の「取得する権限の実態に即して決するほかはない。」(前掲菅野)といえます。
たとえば、出向者の賃金の決定について、出向後も、依然として、出向元が行っている場合があります。その支払方法をとっても、出向先がこれを支払い出向元が給与の差額を補償する場合もありますし、出向元がこれを支払い出向先が自社の分担額を出向元に支払う場合もあります。

ところで、平成19年に制定された労働契約法が、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする」(同法14条)と規定するまで、出向について、明文の法律規定はなかったのではないでしょうか。
もっとも、労働判例ではしばしばみられてきましたし、出向元と出向先との間で出向契約を締結する等して、前述のように、出向元が出向者の給与等の一部を負担することが慣行としてあったため、法人税法では、基本通達で手当がなされたりしていましたね(法人税基本通達9-2-45以下)。

企業が出向命令をだす場合、原則として、労働者の個別の同意が必要であると思量されますが(民法625条参照)、「事前の包括的同意でもよい」と解されている(前掲菅野)ところ、
①どのような場合に、法律上の根拠があるとして、出向命令が認められるのでしょうか
また、
②出向命令に法律上の根拠があるとしても、前述の労働契約法
14条にいう権利濫用と判断されるのは、どのような場合なのでしょうか
更に、
③権利濫用と判断される場合、企業は損害賠償義務を負うのでしょうか


上記東京地裁の判決は、①から③について判断を示しており、参考になります。

認定事実によると、事案の概要は、以下の通りです。

複写機等の製造・販売等を業とするY社は、ペーパレス化の進行等を受け、平成20年以降、経費節減等の施策を行ってきましたが、平成23年度の連結売上高が損益分岐点を下回る予想となりました。
そこで、人件費を中心に大規模な経費節減施策を講じることになり、
平成234月時点で在籍する正社員を対象に、Y社単体で6%を目標に、余剰人員として選ぶこととし、Xらを含む1614名(Y社単体から554名)が選ばれました。
X1も、X2も、社団法人発明協会の発明賞その他の受賞歴があり、入社以来、主として技術畑を歩んできた社員でした。
Xらは、上司との数度の面談で、希望退職への応募を勧められましたが、これを拒否したところ、訴外リコーロジスティクスへの出向命令(以下、「本件出向命令」)を受けました。
出向後、X1は、物流センターで、商品の梱包、検品、ラベル貼り等の業務に従事しました。X2は、うつ病と診断され、休職中です。
Xらは、いずれも、本件出向命令に伴う降格または降給はされていません。

上記東京地裁の判決は、まず、①について、「労働者の同意がない場合であっても、これに代わる明確かつ合理的な根拠があれば、使用者には出向命令権がある」とした上、

・Y社就業規則には、業務の都合等により社員の能力や適性に応じた異動(出向を含む。)を命ずる場合がある旨の定めがあったこと

・XらとY社との労働契約において、職種や職務内容に関し特段の限定がないこと

・Xらは、入社に際して、就業規則その他服務に関する諸規則を遵守すること、業務上の異動、転勤及び関係会社間異動の命令に従うこと等を約束する誓約書を差し入れていること

・国内派遣社員規定等において、リコーロジスティクスが出向先として予定された企業であることが具体的に明記されていること

等から、

本件出向命令には法律上の根拠がある」旨、判示しています。

次に、②については、Y社及びその関連会社の経営状況、Xらそれぞれについての余剰人員の人選から本件出向命令に至るまで等の事実を詳細に認定した上で、

Yグループの経営環境は悪化しており、余剰人員を外部人材と置き換えること(事業内製化)で人件費の抑制を図ろうとすることには、一定の合理性があり、事業内製化による固定費削減を目的とする限りは、本件出向命令に業務上の必要性を認めることはできる

としつつ、

業務上支障のない余剰人員の割合を6%とする客観的、合理的な根拠自体が明らかとはいえず、Y社における余剰人員の人選が、基準の合理性、過程の透明性、人選作業の慎重さや緻密さに欠けていたことは否めないこと。

Xらの面談では、その当初から、本件希望退職に基づく退職金の計算結果が具体的に示され、本件希望退職への応募を継続して勧められていること、Xらが断るとさらに面談が重ねられた末に本件出向命令が発令されたこと等から、余剰人員の人選は、事業内製化を一次的な目的とするものではなく、退職勧奨の対象者を選ぶために行われたものとみるのが相当であること。

リコーロジスティクスにおける作業は立ち仕事や単純作業が中心であり、Xら出向者には個人の机もパソコンも支給されず、それまで一貫してデスクワークに従事してきたXらのキャリアや年齢に配慮した異動とはいい難く、Xらにとって、身体的にも精神的にも負担が大きい業務であることが推察されること。

等から、「本件出向命令は、退職勧奨を断ったXらが翻意し、自主退職に踏み切ることを期待して行われたものであって、事業内製化はいわば結果にすぎないとみるのが相当である」として、「本件出向命令は、人事権の濫用として無効というほかない」と判示しました。

もっとも、③については、使用者のした出向命令が人事権の濫用に当たるとしても、そのことから直ちに当該出向命令が不法行為に該当するわけではなく、当該出向命令の内容、発令に至る経緯、労働者が被る不利益の内容及び程度等を勘案して不法行為該当性の有無を判断すべきである。」とした上、「退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるから、説得活動のための手段及び方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行いうると解するのが相当である」とし、本件では、「やや執拗な退職勧奨であったことは否めない」としつつも、「一連の退職勧奨は、説得活動として社会通念上相当と認められる範囲の正当な業務行為であったというべきである。」と判示しています。