1.今年は、二葉館前の「早咲き桜みち」が漸く開花したと思ったら、ほどなく、ソメイヨシノの開花宣言もでて、今日の雨で散ってしまわないかと心配しています。
やっと、首都圏1都3県の緊急事態宣言が3月21日で解除されたのに、東京の今日の感染者は日曜日としては1ヶ月ぶりに300人超だとか…。変異ウイルスの動向も気になります。
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3月27日(土)の 久屋大通公園の桜 |
2.札幌地裁令和3年3月17日判決について
(1) 今月、札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは「違憲」とする判断を示したというニュースに接しました(札幌地裁令和3年3月17日判決)。
そこで、インターネットで公開されている判決文を読んでみました。
(2) 本件は、Xらが、同性の者同士の婚姻を認めていない民法及び戸籍法の規定は、憲法13条、14条1項及び24条に反するにもかかわらず、国が必要な立法措置を講じていないことが、国家賠償法1条1項の適用上違法であると主張し、慰謝料100万円等を求めた事案です。
本判決によると、民法739条1項、同74条1項など、民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定(以下、総称して「本件規定」)は全体として異性婚のみを認めており、同性婚を認める規定を設けていないところ、本件の争点は、
①本件規定は憲法13条、14条1項または24条に違反するものであるか
②本件規定を改廃しないことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるか
というものです。
(3) まず、本判決では、性的指向について、「人が情緒的、感情的、性的な意味で、人に対して魅力を感じることであり、このような恋愛・性愛の対象が異性に対して向くことが異性愛、同性に対して向くことが同性愛である」とし、性的指向が決定される原因は解明されておらず、自己の意思や精神医学的な療法によって性的指向が変わることはないとします。
(4) 争点①のうち、憲法13条、24条違反について
本判決は、婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものであるとし、憲法24条2項(「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」という条文)は、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ね、その裁量権の限界を画したものであり、同条1項(「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という条文)は婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由且つ平等な意思決定にゆだれられるという趣旨を明らかにしたものと解され、配偶者の相続権や夫婦間の子が嫡出子になることなどの重要な効果が与えられている婚姻をするについての自由は、同条項の趣旨に照らし、十分に尊重に値する(最大判平成27.12.16再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決)ということを確認しています。
もっとも、本判決は、憲法24条1項は「両性の合意」、「夫婦」、憲法24条1項は「両性の本質的平等」という文言を用いているから、文理解釈によれば、異性婚について規定していると解することができるとし、したがって、婚姻をするについての自由が同性間にも及ぶのかについて検討する必要があるとします。
そして、同性愛は明治民法下では認められておらず、昭和22年民法改正の際にも同様に解されていたというような事実経過や制定経緯に加え、既述の通り憲法24条1項の「婚姻」とは異性婚をいい、婚姻をするについての自由も異性婚について及ぶものと解するのが相当だから、本件規定が同性婚を認めていないことは、憲法24条1項及び2項に違反すると解することはできないとしています。また、憲法24条2項によって、婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解することはできず、包括的な人権規定である憲法13条によって、同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのも困難であり、同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできないとします。
(5) 争点①のうち、憲法14条1項違反について
本判決は、憲法14条1項の法の下の平等は、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱を禁止する趣旨であること、立法府は、同性間の婚姻及び家族に関する事項を定めるについて広範な立法裁量を有していることを確認します。
その上で、婚姻によって生じる法的効果について、「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為である」とし、本件規定は、異性婚についてのみ定めていて、同性愛者のカップルは、婚姻を欲しても婚姻によって生じる法的効果を享受できないから、異性愛者と同性愛者との間には、区別取扱いがあるとし、この本件区別取扱いが合理的根拠に基づくものであり、立法府の広範な裁量に照らしてその裁量の範囲内にあるかを検討しています。その検討にあたっては、性的指向は、自らの意思に関わらず決定される個人の性質で、性別、人種などと同様であるから、そのような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するか否かの検討は、その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱いであるか否かの観点から慎重にされなければならないとします。
そして、婚姻によって生じる法的効果を享受することは法的利益であり、その法的利益は、同性愛者であっても、異性愛者であっても、等しく享受し得るものであるから、本件区別取扱いは、そのような利益について区別取扱いをするものとみることができるとします。また、同性愛が精神疾患であることを前提として同性婚を否定した科学的、医学的根拠は失われたとします。そして、本件規定は、夫婦が子を産み育てながら共同生活をおくるという関係に対して法的保護を与えることが重要な目的とされているとした上で、本件規定の目的は正当であるが、そのことは、同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果の一切を享受し得ないものとする理由になるとは解されないとします。
このような検討を踏まえ、本判決は、本件規定の目的は正当であるとしつつ、本件規定が同性愛者に対して婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えており、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ないとして、本件規定は憲法14条1項に違反すると判示しました。
(4) 争点②について
こちらについては、既述の通り本件規定は憲法14条1項に違反するとしつつも、同性愛を精神疾患とする知見は昭和55年頃に米国で否定され、平成4年頃には世界保健機関によっても否定されたものであり、諸外国において同性婚制度の導入の広がりがみられたのはオランダが2000年(平成12年)に導入して以降であり、わが国における地方公共団体による登録パートナーシップ制度の広がりがみられたのは更に遅く、東京都渋谷区が平成27年10月に導入して以降であること等を指摘した上で、これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利内容を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできないとして、本件規定を改廃していないことは国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示しています。
その結果、Xらの請求はいずれも棄却され、Xらの敗訴となっています。
(3) 以上、判決文を少々長めに要約してみました。
SNSなどをみていると、本判決には、賛否両論があるようです。
憲法論からすると、私が受験生だった頃は、二重の基準論とそれに対する批判までフォローする感じだったのですが、正直にいうと、受験時代の浅い知識からは、その根拠をみると、人権カタログにおける人権の序列や司法の判断能力の限界を正面から認めているようであり、その辺りが根本的に腑に落ちなかったように思います。
二重の基準論は、憲法14条1項において区別の合理性を判断する基準にもとりいれられていると考えられます。もっとも、最高裁は、区別の合理性の一般的な審査基準については特に判示することなく、具体的事件ごとに区別の合理性を審査するという態度をとっているとされます(憲法訴訟としても、租税訴訟としても、著名な最大判昭和60年3月27日(大島訴訟、サラリーマン税金訴訟)の最高裁判例解説参照)。大島訴訟では、「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ない」などとして、「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができ」ないとしています。大島訴訟で用いられた判断基準は、これにあてはめて違憲になることがあるのかなと思うほど緩やかな基準です。しかも、戸波江二教授は、「判例は、租税事件については、それが租税事件であることを理由にすべて大島訴訟判決を先例とし、人権の種類や規制の態様の如何にかかわらず、一律にゆるやかな立法裁量論で処理しようとしているように見える」とされており(法学教室154-39)、これでは、租税訴訟で憲法問題の勝負になってしまったら敗訴覚悟という感じになっちゃいますね。
本判決は、婚姻及び家族に関する事項について立法府の広範な立法裁量を前提としつつ、性別、人種などと同様に、性的指向という自らの意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いであることに着目して、「その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱であるか否か」で判断するという基準を用いています。ここだけみると厳格な基準に近く、当てはめ部分では立法目的を正当か否かで判断しているようですが、折衷的な基準になっているのでしょうか。
家族に関する事項が、国の伝統、国民感情、社会状況、時代などによって影響を受けるというのは、実感するところです。
私は、平成28年(2016年)7月に、ロンドンで開催された国際家族法会議に参加したことがあるのですが、その際、家族法というのは、国々によって、それぞれの文化的、歴史的背景があり、テーマによっては、緊張が走るような論争になり得るとの感想も持ちました。また、同性婚については、近年、日本よりも欧米で積極的にこれを認めてきたという動きがあるのに対し、事実上の婚姻については、むしろ、日本で、戦前から「内縁」としてこれを保護しようとしてきた比較的長い歴史があるのだなとの感想を持った記憶があります(もっとも、本判決も指摘するとおり、日本では、現在のおいてもまだ法律婚を尊重する意識が浸透しており、法的にも、内縁では相続ができず子の嫡出性が認められないなど、厳然たる差が残っています。)。
※ロンドン訪問をとりあげた弊事務所通信
なので、外国で認められているから日本でも…と短絡的にはいえないことだと思いますが、札幌地裁の判決は、賛否両論はあるものの、とても丁寧な説示であり、その上級審の判断や他の同様の争点を有する訴訟の行方が注目されます。