2020年2月25日火曜日

アウシュビッツ解放75周年


1. 世間では新型コロナなど深刻な話題が続いていますが、今日、二葉館前の早咲きの桜が、もうほころんでいました。確実に春は近付いているんですね。
 個人的には、週末に、大学院で指導するゼミ生の口試が終わり、ほっとしています。
 
今日の二葉館

二葉館(二葉御殿)は、
私が名古屋に来た頃は
白壁三丁目(東二葉町)にありました

2. 先月27日、第二次大戦中のナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を象徴するアウシュビッツ強制収容所が解放されて75年を迎えるという記事を目にしました。
 私は、大学を卒業する春休みに、1人で、東ヨーロッパを旅したことがあります。そのとき、クラクフ(Kraków)から足をのばして、アウシュビッツをたずねました。アウシュビッツをたずねたのは、『夜と霧』を読んだ影響があると思います。『夜と霧』は、これまで感銘をうけたベストテンに入る本です。最初に同書を目にしたのは、同書に掲載されている写真を友人に見せられたときで、小学生だったか、中学生だったか、覚えていないのですが、学校の図書館であったことははっきりと覚えています。通読したのは、高校生か大学生の頃で、最初の出会いからの想像とは異なり、色々と、深く考えさせられる内容でした。強制収容所という極限状態における体験を心理学者である筆者が綴っています。特に、印象に残っている一つは、テヘランにおける死の話です。収容所では、単に生命を維持するということに意識を集中せざるを得ず、日々の過酷な状況に心を動かすことがなくなり、深刻な無感覚は決断を怖れさせるといいます。しかし、筆者は、いくつかの分かれ道で、あるときは、意識的に、あるときは、偶然に、命に至る道を選択することになるのです。なんとかして、命に至る道を選択しようとしたわけではないのに…。たとえば、筆者が医師として病囚収容所へいくことを選んだとき、本当にそうなのか、あるいは「ガスにいく」のか、わからなかった。もう一つは、収容所の囚人代表は収容所の親衛隊員を全部あわせたよりももっと厳しく、他方、収容所の当局者の中には道徳的な意味でサボタージュする者があり、人間の善意はあらゆるグループの人間において発見しうるという指摘です。収容所では、1944年のクリスマスと1945年の新年との間に、大量の死者がでたそうですが、それは、過酷な労働条件、悪天候、伝染疾患等にさらされながら囚人の多数がクリスマスには家に帰れるという素朴な希望に身を委せていた結果だといいます。いつ収容所をでられるかわからず極限状態が続く…その中で、人間の尊厳をたもつことは、非常に難しいのかもしれません。他方、収容所の当局者にあって、道徳的なサボタージュをするのも容易とは思えません。かつて外交官の知り合いが、杉原千畝氏について、当時としては単なる服務違反だという趣旨の発言をしたことが思い出されます。
 久しぶりに東ヨーロッパ旅行のアルバムを繰ったところ、アウシュビッツの写真は一枚もありませんでした。よく覚えていませんが、おなじ人間がこんなことをできるという事実をみせつけられ、そんな余裕がないほど、打ちのめされていたのかもしれません。 




クラクフの中央広場とヴァヴェル城