1. 昨日のブログで、要件事実論のざっくりとした概要を説明してみました。今日は、租税訴訟、なかでも、IBM事件と要件事実について、触れてみたい(挑戦してみたい?)と思います。
2. 昨日のブログで、要件事実ないし主要事実は、立証責任と密接な関係にあると書きましたが、租税訴訟(課税処分取消訴訟がほとんどです。)において、主要事実の立証責任は、どのように分配されているのでしょうか。
この点、昨日記したように、一般的には、法律要件分類説が通説となっているのですが、租税訴訟においては、もっと、単純です。
すなわち、租税訴訟においては、原則として、国が処分を適法ならしめている根拠事実につき立証責任を負うとされているのです(司法研修所編『租税訴訟の審理について』参照)。
3. さてさて、いよいよ、IBM事件について。
なお、以前のIBM事件に係るブログについては
第一審判決(東地判平成26年5月9日)が、こちら。
控訴審判決(東高判平成27年3月25日)については、「その1」が、こちら。「その2」がこちら。
上告審決定(最決平成28年2月18日)については、結論だけですが、こちら。
以上をお読みいただけばわかりますが、IBM事件では、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132条)に基づく課税処分が問題となった事案です。そして、同条項には、「法人税の負担を不当に減少させる結果となる」という要件があります。この「不当」性の要件は、租税法上、「不確定概念」とよばれ、その意義については、経済的合理性基準説が通説・判例とされていますが、要件事実論的には、「規範的要件」に該当するといってよいでしょう。
そこで、この「不当」性という要件については、立証責任を負う国が、その評価根拠事実を主張・立証する必要があると、一般的には、考えられているのです。
実際、第一審においても、控訴審においても、国は、「評価根拠事実」という言葉を用いて、これを主張しています。そして、控訴審においては、国が、「評価根拠事実」をかえているというのは、以前、ブログに書いた通りです。
4. 今回、IBM事件と要件事実という話題をブログにとりあげたのは、谷口勢津夫教授の「租税回避否認規定に係る要件事実論」(『租税訴訟における要件事実論の展開』青林書院)を読んで、「???」と俄かには理解できなかったからです(笑)。
浅学菲才ゆえ、理解不足、誤解等がてんこ盛りとなる恐れありますが、ブログに書いてみると、少しは理解が進むかもという算段で、あえて、とりあげた次第です(苦笑)。
(1)まず、第一審において、国が、「本件各譲渡」を容認して法人税の負担を減少させることは、法人税法第132条「不当」と評価されるとして、その評価根拠事実と主張したのは、以下の3つでした。
<第一審の国の主張>
規範的要件
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評価根拠事実
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「不当」性
⇒専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定
(経済的合理性基準説)
⇒行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、
異常ないし変則的で租税回避意外に正当な理由ないし事業目的が存在せず、専ら租税回避の目的にでたものと認められる場合や、
独立対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合
をいう。(*)
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①原告をあえて日本IBMの中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと
②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること
③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められること
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白表紙は主要事実説。
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→ 法律上の意見の陳述
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→ 主要事実
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谷口先生は、国が主要事実説か間接事実説か必ずしもわからないとされています。
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*国は、法人税法132条1項の適用要件について主張する際、平和事件第一審判決(東地判平9年4月25日)をひいています。同判決は、所得税法157条についてのものではありますが、その適用要件について、「株主等に租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在したことは必要ではない」としつつ、「行為又は計算が経済的合理性を欠いているとは、通常の経済人の行為として不自然、不合理であることを指し、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみではなく、独立、対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる独立当事者間取引とは異なっている場合をも含む」と判示しています。
(2)控訴審において、国は、「不当」性の評価根拠事実として、第一審で主張した①と③を撤回し、②のみを残しました。
その際、「同族会社の行為又は計算が、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)とは異なり、当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠くものというべきである。」と主張しました。このことから、谷口教授は、国は、間接事実説をとっているとされています。
<控訴審の国の主張>
規範的要件
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評価根拠事実
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「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)
⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
(経済的合理性基準説)
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②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること
⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く
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谷口教授によると、
国は間接事実説をとっている
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→ 主要事実
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→ 間接事実
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国の代理人は、検事や裁判官のエリートが多いので、私と一緒にしてはいけないですが、果たして、国が、「主要事実説でなく、間接事実説でいこう!」とまで思っていたかどうか…。
ただ、少なくとも、立証責任の負担軽減を意図していたように思います。国の主張が認められると、国としては、②を主張立証できれば、納税者(IBM)側で、「特段の事情」を主張立証する必要があると思量されます。
なので、納税者(IBM)は、国の主張について、以下のような補充的反論をしています。
「法人税法132条1項の適用範囲を過度に拡大して,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を付与するに等しく,租税法律主義に違反するというべきである。すなわち『独立当事者間の通常の取引と異なる』ことを主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。」
この納税者の補充的反論について、谷口教授は、納税者は、「経済合理性の欠如」が、不当性用件について昭和53年最判が解釈によって導き出した要件事実であり、かつ、評価根拠事実であるという理解に基づいていて、主要事実説をとっているとされます。
<控訴審における国の主張に対する納税者の補充的反論>
規範的要件
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?
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「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)
⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
(経済的合理性基準説)
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②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること
⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く
と国が主張。
←②を主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。
と納税者は補充的に反論。
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谷口教授によると、
納税者は主要事実説をとっている
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「経済的合理性の欠如」
→ 要件事実
&評価根拠事実
→ 主要事実
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②の事実は
「経済合理性の欠如」という評価根拠事実を推認させる間接事実
①③等も間接事実
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この辺までくると、谷口教授の指摘は、正直、よくわかりません。納税者は、「経済的合理性の欠如」を評価根拠事実だと捉えているのでしょうか?でも、国が②を評価根拠事実と捉えているのに対する補充的な反論ですよね…。
そして、核心たる控訴審判決。
谷口教授は、控訴審判決の「不当」性の判断について、
「経済的合理性の欠如」という要件事実としてきた従来の学説・判例
(①②③等を間接事実とする推認による総合判断を許容する?)
から、
②の主張・立証による判断しか許容しない要件事実
へと「変質・変容」させることによって、不当性要件の射程を「大きく拡張」するから、納税者が主張するように、租税法律主義に違反する、としていらっしゃいます。
規範的(要件)
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評価根拠事実=要件事実?
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「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)
⇒専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理,不自然なものと認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきものと解される(最判昭53年4月21日(昭和53年判決)、最判昭59年10月25日参照)。
(経済的合理性基準説)
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・経済的合理性を欠く場合には,
②独立当事者間の通常の取引と異なっている場合
を含む
・このような取引(独立当事者間の通常の取引?)に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要する
・納税者の第一審からの主張
経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であることを要する
について
→「不当」性の判断で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,納税者が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。
・納税者の補充的反論について
→
経済的合理性を欠く場合には,②を含むという解釈は,昭和53年判決の経済的合理性基準をより具体化するものであって,これをもって,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を与えたもので租税法律主義に反するということができない
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谷口教授によると、
控訴審は主要事実説をとっている
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②独立当事者間の通常の取引と異なっていること
→ 要件事実
&評価根拠事実
→ 主要事実
に格上げ
①および③の事実を
要件事実&主要事実
から明示的に除外。
その理由は、どちらも、「同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する」という法人税法132条の趣旨。
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5. う~ん。難しい。
どうも、主要事実説vs間接事実説という争点そのものと、谷口教授の控訴審、納税者、国がいずれの立場をとっているかの捉え方が、しっくりきません(少なくとも、本件訴訟において、顕在的に争点となっていませんから、当事者および裁判所が、どの程度、この争点を意識していたのでしょう…)。
また、「不当」性の要件は、昨日ブログで触れた岡口裁判官がおっしゃるところの「多様型の規範的要件」、「複合型の規範的要件」のどちらにあたるのでしょうか…。
ただ、②が格上げしたのか、「含む」という表現等で曖昧になっているように思いますが、国が立証責任をおっている「不当」性の評価根拠事実から①と③がはじきとばされたようにみえることは、今後の納税者にとって、特に大きな影響を及ぼし得ると考えられます。