2.ライブドア事件の感想
(1) ライブドア事件は、当時、マスコミを、大層、賑わせていましたね。
なので、当初の逮捕容疑が「風説の流布」であることくらいは記憶に残っていました。
でも、「弁護士が分析する企業不祥事の原因と対策」(新日本法規、2012年)で、偶々、ライブドア事件を担当することになり、当時の新聞記事だけでなく、刑事事件・民事事件の判決や関連書籍を読んだりして、改めて、こんな事件だったんだとびっくりしました。
(2) 事件の推移
株式会社ライブドア(平成8年有限会社オン・ザ・エッジとして設立。平成16年2月に商号変更。以下、「ライブドア」といいます。)事件の端緒は、ご記憶の方が多いとは思いますが、平成18年1月16日(月)の東京地検特捜部及び証券取引等監視委員会による強制捜査の着手でした。その後、ライブドアの代表取締役らの逮捕へとつながり、マスコミでは、当初の逮捕容疑である偽計と風説の流布のみならず、経常利益等粉飾の事実等についても、それはそれは、大きく報道されました。
東京地検による強制捜査は、俗に「ライブドア・ショック」と言われるような形で、日本の株式市場に大きな影響を与えたのも、ご高承の通り…。
ライブドア自体の株価についても、強制捜査により急落し、平成18年1月24日まで6営業日連続でのストップ安となり、僅か1週間で、75パーセントも暴落しました。
そして、東証は、ライブドア株式及びライブドアマーケティング株式について、同年同月21日に開示注意銘柄に指定、同年同月23日には監理ポストに割り当て、さらに、同年3月13日には、同年4月14日の上場廃止と同年3月14日からの整理ポスト割り当てを決定…という何とも素早い対応となりました。
事件後、ライブドアは、その保有する事業子会社を次々に売却し、平成23年8月5日には解散し、清算手続へ移行という末路をたどりました。なお、平成23年3月期の同社有価証券報告書によれば、個人株主及び機関投資家を原告とする損害賠償請求訴訟の結果によっては、122億5千万円及びこれに付帯する遅延損害金の支払いが発生する可能性があるとされていますが、同期末のライブドアの総資産は、なんと、約300億円となっています。
(3) 堀江氏の刑事事件で認定された事実
強制捜査開始時、ライブドアの代表取締役社長兼最高経営責任者であった堀江氏は、東京地裁にて懲役2年6月の実刑判決を言い渡され(東地判平19.3.16)、東京高裁では、その控訴が棄却され(東高判平成20年7月25日)、最高裁も、平成23年4月25日に上告を棄却、これに対する異議申立ても斥けられたため、第一審東京地裁で言い渡された実刑判決が確定しました。
もっとも…。これは、個人的感想なのですが、堀江氏に係るとても長い刑事事件の判決を読んだ限りでは、う~んていう感じなのです。証人尋問等、実際の証拠に接したわけではないので、極めて限定的な資料にしか触れていないわけですが…。
刑事裁判で認定された犯罪事実は、以下の通り…。
①東証が提供するTDnet(Timely Disclosure networkの略で、適時開示情報伝達システムのこと。)によって、(a)株式交換及び(b)子会社の四半期業績に関し、虚偽の事実を公表し、もって、子会社株式の売買のため及び同株式の相場の変動を図る目的をもって、偽計を用いるとともに、風説を流布した(風説の流布及び偽計使用の罪にあたります。以下、「第1事案」といいます。)
及び
②ライブドアの平成16年9月期において、約3億円の経常損失が発生していたにもかかわらず、(a)売上計上の認められないライブドア株式売却益、及び、(b)架空売上げを売上高に含めるなどして経常利益を約50億円として記載した内容虚偽の連結損益計算書を掲載した有価証券報告書を提出した(虚偽有価証券報告書提出の罪にあたります。以下、「第2事案」といいます。)
(4) まず、第1事案について。
第1事案は、(a)株式会社マネーライフ社(以下「マネーライフ社」といいます。)を株式交換によって買収した際のTDnetでの平成16年10月25日付公表にかかわるものと、(b)ライブドアマーケティングの平成16年12月期第3四半期業績に関するTDnetでの平成16年11月12日付公表にかかわるものがあります。
特に、前者(a)について…。
ライブドアマーケティングがマネーライフ社を株式交換によって買収する際、TDnetにより、
「株式交換比率(1対1)については、第三者機関が算出した結果を踏まえ両社間で協議の上決定した」
旨、公表した(なお、上記株式交換比率については、後日、ライブドアマーケティング株式の100分割に伴い、100(ライブドアマーケティング)対1(マネーライフ社)に訂正。)のですが、
虚偽であるとされたのは、
ⅰ)株式交換比率を1対1とする部分、
及び、
ⅱ)同株式交換比率は第三者機関が算出した結果を踏まえて決定したという部分
です。
すなわち、
ⅰ)につき虚偽であるとされたのは、ライブドアがマネーライフ社のデューディリジェンスを実施する際、マネーライフ社の企業価値を実際は約1億円程度と評価していたにもかかわらず、同社の企業価値とは無関係な合併手数料等を上乗せする等してこれを4億円とし、その上乗せした価格を前提にして、上記株式交換比率を決めているからであり、
また、
ⅱ)につき虚偽であるとされたのは、第三者機関とされる上記株式交換比率算定に係る報告書を作成した会社は、ライブドアファイナンス従業員により作成、提出された同報告書を、形式面の確認をしたのみで、算定内容の正当性等については一切検討することなく、その代表取締役及び所属公認会計士の各印を押印しているので、同報告書の実質的な作成者はライブドアファイナンス従業員であるといえるから…というのです。
特に、ⅱ)の認定には、第三者機関を経たこと自体は事実であり、そこで実質的な判断が行われなかったとしても、それは第三者機関側の責任ではないか等の批判があります(高山佳奈子「ライブドア事件控訴審判決」判例時報2048・171。弥永真生「風説流布・偽計使用と虚偽有価証券報告書提出―ライブドア刑事事件」(ジュリスト1414・243)。
(5) 第2事案は、ライブドアにおいて、平成15年10月1日から平成16年9月30日までの連結会計年度につき、経常損失が3億円ほど発生していたにもかかわらず、売上計上の認められない(a)ライブドア株式売却益約37億円、及び、(b)株式会社ロイヤル信販及び株式会社キューズ・ネットに対する架空売上げ約15億円を、それぞれ売上高に含めるなどして経常利益を約50億円として記載した内容虚偽の連結損益計算書を掲載した有価証券報告書を、財務省関東財務局長に対し提出したというものです。
これについては、特に、(a)が…。
(a)のライブドア株式売却益が売上計上を認められないとされた理由は、以下のとおりです(この「自己株式売却益還流スキーム」のうち、クラサワコミュニケーションズ株式会社に係るスキームの概要については、別図をご参照ください。なお、別図の(注)で説明しているように、実際には、貸株も利用されています。)
ライブドアの子会社である株式会社ライブドアファイナンスは、平成16年9月期において、ライブドアが行ったクラサワコミュニケーションズ株式会社およびウェッブキャッシング・ドットコム株式会社との株式交換を利用してM&Aチャレンジャー1号投資事業組合が取得したライブドア株式の売却益を、EFC投資事業組合等の複数の投資事業組合(以下、あわせて「本件各組合」といいます。)を経由して受領し、合計約37億円を売上計上し、同年9月期のライブドアの連結決算においても、同額を連結売上として計上しました。しかし、本件各組合はいずれも、ライブドアファイナンスが会計処理を潜脱する目的、いわば脱法目的で組成した組合だから、そのように一定の独立性が認められている組合を悪用してなされた取引においては、当該組合の存在を否定すべきである(!)というのです…。
ところで、虚偽有価証券報告書罪において、虚偽記載か否かは、当時の会計基準に照らして判断されるべきとされています(長銀事件最高裁判決(最判平20.7.18判時2019・10)参照)。そこで、ここでは、本来、少々難しい会計の話が出てくるはずです。すなわち、投資事業組合を連結対象とするか否か。そして、ライブドア事件当時、投資事業組合を連結対象とするかについて、明確なルールは存在しなかったといいます(平成18年9月8日に公表された企業会計基準委員会実務対応報告第20号「投資事業組合に対する支配力基準及び影響力基準の適用に関する実務上の取扱い」が、これを明確化したといいます。)(前掲高山・171、弥永・244)。
もっとも…。裁判所は、投資事業組合を連結対象とするか否かの会計基準について、正面から検討していません。各組合を脱法目的であるとしてその存在を否定し、ライブドアファイナンスがライブドア株式を売却したものとみなしているのです。
そして、連結子会社による親会社株式の処分差益の計上方法については、会計基準上、損益勘定ではなく資本勘定(連結貸借対照表の資本の部の「その他資本剰余金」)となることが、明らかです(企業会計基準第1号「自己株式及び法定準備金の取り崩し等に関する会計基準」)。なので、ライブドアファイナンスがライブドア株式を売却したものとみなされるのであれば、ライブドア株式売却益約37億円は、これをライブドアの連結損益計算上、売上げとして計上することは許されないことになります。
私が一番びっくりしてしたのは、この各組合の存在を否定したところでしょうか…。そうか、刑事事件は、極めて規範的な判断をするんだった…と思いました。
罪刑法定主義と租税法律主義。似た印象を受けますが、租税法の分野では、「納税者の表示とは異なる真実の事実関係や法律効果に基づいて課税することが認められるのは、当該法律関係に係る意思表示が民法上の通謀虚偽表示であると認定されるといった極めて例外的な場合に過ぎない」とされています(中里実「租税法における事実認定と租税回避否認」『租税法の基本問題』(有斐閣)・131。なお、東京高判平22.5.27にも、概ね同旨の判示があります。)
本件では、各組合に係る組合契約は私法上有効に存在していると思われる(私法上、不存在とはいえないし、通謀虚偽表示も成立しないと思われます。)のに、何故に、刑法上、会計処理を潜脱する目的(この認定にも議論の余地があるとも思われる)で設立された組合は存在しないとみなされるのでしょうか…。「正常な経済活動の一環として有価証券投資を行う場合であっても複数の組合を用いる仕組みが採用されることは稀ではない」(大杉「ライブドア事件判決の検討(下)」商事法務1811・15)ことを勘案すれば、より深い検討を要するのではないだろうか…と思ってしまうのです(前掲高山・171に同旨の記載あります。)。
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別図 ライブドア事件 クラサワコミュニケーションズ㈱に係る 自己株式売却益還流スキーム |
(6) 冒頭の「弁護士が分析する企業不祥事の原因と対策」(新日本法規、2012年)では、コンプライアンス上のポイントとして、「会計基準、会計処理の重要性を認識し、公認会計士等の専門家のアドバイスを尊重する。」旨、指摘しました…。
また、「有価証券報告書虚偽記載等の不実開示には、刑事罰、課徴金(行政措置)、証券取引所による制裁、民事責任(証券訴訟等)、社会的制裁等のリスクが存する。特に、巨額の損害賠償を負う恐れのある証券訴訟には、要注意である。」とも…。
3. 最近…
ライブドア事件は国策捜査だ…というような指摘がありますね。脱稿後、堀江氏や宮内氏といった事件当事者の本も読んだりしましたが、事件の背後については、私ごときでは、わかりません。でも、検察に見込み違いがあったことは、想像に難くないようにも思われます。もし、見込み違いがあったとすると…。う~ん…。強制捜査等の影響はあまりに甚大だったのではないかと思うのですが…。
ただ、今年になって、堀江氏の自伝(『我が闘争』)を読んだら、ずっと感じていた義憤のようなものが雲散霧消しそうになりました…。そこが、堀江氏の凄さかな…(苦笑)。最近、テレビにもよくでてらっしゃるので、楽しく拝見しています。