2014年10月29日水曜日

マタハラ判決(最判平成26年10月23日)によせて…



1. 朝夕の冷え込みが随分厳しくなってきました。
    10月も、もう終わってしまう…、とあせってしまいます。
 


2. 先日、いわゆるマタハラ(*)判決最高裁判所第一小法廷平成26年10月23日判決)について、新聞等で、大きく報道されていました。
 

   マタハラ maternity harassment。働く女性が、妊娠や出産を機に、職場で嫌がらせを受けたり、不利益な取扱いを受けたりすること。
 
 事案の概略は、以下の通りです。
 病院等を運営する消費生活協同組合Yとの間で、理学療法士として理学療法の業務に従事することを内容とする期限の定めのない労働契約を締結していたは、平成16年、リハビリ課の副主任(管理職)となりました。
 第一子を妊娠したXは、平成18年2月、産前産後の休業と育児休業を終えて職場復帰しました。
 平成20年2月、Xは、第2子を妊娠し労働基準法65条3項に基づき軽易な業務への転換請求し、訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望しました。
 Yは、上記請求に係る軽易な業務への転換として、同年3月、Xを異動させましたが、そこでは、Xよりも理学療法士として職歴の長い職員がいました。その後、Yは、手続上の過誤により、上記異動と共に副主任を免ずる旨の辞令を発するのを失念していたとXに説明し、その時点ではXも渋々ながらこれを了解し、その旨の辞令が発せられました本件措置)。本件措置の結果、Xは、非管理職になり、副主任としての管理手当受けられなくなりました
 Xは、平成21年10月、育児休業を終えて職場復帰しましたが、そこには、Xよりも理学療法士としての職歴の6年短い職員が本件措置後まもなく副主任に任ぜられていたことから、Xは再び副主任に任ぜられることなく、これ以後、上記職員の下で勤務することになりました。
 Xは、これを不服として強く抗議し、その後、本件措置が、雇用の分野における男女均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下、「均等法」9条3項に違反し、無効である等と主張して、Yを訴えました。

 
均等法9条3項

事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるもの理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

3.  原審は、本件措置は、Xの同意を得た上で、Yの人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり、Xの妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって、その裁量権の範囲を逸脱して均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから、同項に違反する無効なものであるということはできない、として、Xの請求棄却しました。

 
4.  これに対し、最高裁は、以下のように判示して、原判決破棄し、高裁差し戻しました

均等法9条3項は、同法の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、同項に違反する取扱いは、違法、無効である

     ↓

一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、…
女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換契機として降格させる事業主の措置は、原則として、同項の禁止する取扱いあたる
     ↓

もっとも、

①当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響内容程度、上記措置に係る事業主による説明内容その他の経緯当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格承諾したものと認めるに足りる合理的な理由客観的存在するとき、
  又は

②事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利または不利な影響の内容や程度照らして上記措置につき同項の趣旨及び目的実質的に反しないものと認められる特段の事情存在するとき

は、同項の禁止する取扱い当たらない
   ↓

  本件では

①については、Xは本件措置による影響について事業主から適切な説明を受けておらず、自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは言えない。

②については、Yにおける業務上の必要性の内容や程度、Xにおける業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り特段の事情の存在を認めることはできない。

 
5.  なお、本判決では、櫻井龍子裁判官が、「念のため」として、育児休業から復帰後の配置等が均等法9条3項に違反するかについて、補足意見を述べています。
 この中で、櫻井裁判官は、Xが職場復帰を前提とした育児休業を取ったことは明らかだったのだから、復帰後にどのような配置を行うかあらかじめ定めてXにも明示した上で、他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行うべきであったと考えられるところ、育児休業取得前にXに復帰後の配置等について適切な説明が行われたとは認められず、しかも本件措置後まもなくXより後輩の理学療法士をXが軽易業務への転換前に就任していた副主任に発令、配置し、もっぱらそれ故にXに育児休業から復帰後も副主任の発令が行われなかったというのであるから、前述の②の特段の事情がなかったと認める方向に大きく働く要素であると言わざるを得ない、等と述べています。

 
6.  マタハラ判決に対しては、賛否両論あることは、想像に難くありません。
 ただ、条文を読む限り、条文に素直な法解釈である…ともいえると思います。
 均等法9条3項は、妊娠等を理由として女性労働者に不利益な取扱いをしてはいかん!といっているのです。しかも、同条項は、これに違反する取扱いが違法、無効となる強行法規であるとされています。
 そして、Xは妊娠したので軽易な業務への転換を請求し、この請求に基づく異動に伴いYが管理職を免じるという本件措置をとっており、その結果、Xは管理職の地位と手当を喪失したというのですから(Yは、軽易業務への転換や本件措置により、Xに有利な影響があったことを立証できていません。)、同条項を素直に読めば、本件措置は、原則として、同条項に違反するといえるのでしょう。
 ただ、最高裁は、条文にはない例外を2つあげていて、②については、特段の事情を判断する事実が不足しているので、原審に差し戻すというわけです(最高裁は、法律審なので、事実認定はしませんから…)。
 ①については、Xが渋々ながらも承諾していることをどう評価するかが問題となりますが、最高裁は、Yが適切な説明をしていないから、Xが自由な意思に基づいて承諾していたとは認められん!としています。原審は読んでいないのですが、Xの同意があったこと等も考慮して、Yの裁量権の範囲内だと判断しているようですね。
 日本において女性の社会進出が遅れていることは、色々な指標で示されているところですが、世界に比べてどうこうでなく、現在成立している法律に基づいて素直に法解釈すると概ね最高裁の判決のようになるのに、この判決がセンセーショナルに報道されるのは、世間の認知が、現行法に追いついていないということなのでしょう。
 

7   それにしても、第一小法廷の裁判長でもある櫻井裁判官の補足意見は、随分、踏み込んでいる印象を受けます。
 思わず、櫻井裁判官の経歴を思わずググってみると、労働省において女性局長等をされていたようで、なるほどと得心しました。
 最高裁は、前述のように例外を認めていますが、補足意見まで踏まえると、事業主が越えなければならないハードルは、極めて高いように思われます。
 女性労働者を雇用する事業主は、大企業ばかりではありませんが、その辺りは、業務上の必要性の内容や程度で勘案するというところでしょうか。本判決は、業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価にあたっては、「当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される。」と判示しています。
 コンプライアンスの観点からは、原則として、妊娠、出産等や育児休業の取得等を理由に、女性労働者に対し、不利益な取り扱いをしてはならないことを肝に銘じるとともに、女性労働者が職場復帰を前提として育児休業を取得する場合、(できる限り)復帰後にどのような配置を行うかまであらかじめ定めて当該女性労働者に説明し、且つ、他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行い、仮に、不利益な取り扱いをせざるを得ない場合には、当該女性労働者にその影響等を十分に説明し、自由な意思に基づいて承諾してもらうこと(自由な意思に基づいて承諾したものと認めるに足りる合理的な理由を客観的に用意すること)等に留意しなければない、といえるでしょう。