2015年5月26日火曜日

思い出の事件簿 ~失踪宣告の取消~


1. もう、何年も前の話になりますが、「失踪宣告の取消」の審判を申し立てたことがあります
 

2. Aさんは、日雇港湾労働者として、何十年か働いていました。
 事業主は、港湾労働法に則った手続をもってAさんを雇用しており、退職金共済制度も利用していたようです。
 Aさんが退職金の支給を求めて手続をしようとしたところ、実は、Aさんは失踪宣告を受け、死亡扱いになっていることが発覚しました。
 退職金は、百万円単位になっていましたので、Aさんとしても、失踪宣告の取消を求めるつもりになられ、事業主様のご紹介で、法律事務所にいらっしゃいました。
 

3. せっかくですので、失踪宣告について、少し、触れますと…。

(1) 失踪宣告とは,生死不明の者に対して,法律上死亡したものみなす効果を生じさせる制度です。

(2) 失踪宣告には、従来の住所を去り容易に戻る見込みのない不在者の生死が7年間明らかでない「普通失踪」(民法301項)と、戦地、船舶の沈没、震災など、死亡の原因となる危難遭遇しその危難が去った後生死が1年間明らかでない「危難失踪」(同法同条2項)があります。
 Aさんの場合は、もちろん、「普通失踪」です。

(3) 手続としては、利害関係人(配偶者、推定相続人、財産管理人など失踪宣告を求めるについての法律上の利害関係を有する者)が、家庭裁判所に、失踪宣告の審判申し立てます。家庭裁判所では、申し立てがあると、通常、申立人や不在者の親族などに対し、家庭裁判所調査官による調査を行う等した後、公示催告をした上で、失踪宣告をする旨の審判をします。
 失踪宣告を受けた者は、普通失踪の場合は生死不明になってから7年間が満了したときに危難失踪の場合は危難が去ったときに、それぞれ、死亡したものとみなされます(民法31条)。
 失踪宣告を受けると、戸籍にも、その旨記載され、除籍となります(戸籍法23条)。なお、失踪宣告の審判を申し立てたものは、審判書謄本等とともに、失踪宣告の届出書をださなければなりません(同法94条、63条1項)。

(4) 失踪宣告がなされたにもかかわらず、失踪者が生存すること、又は、異なる時に死亡したこと証明があったときは、本人又は利害関係人申立てにより、家庭裁判所は、失踪宣告を取消す旨の審判をしなければなりません(民法321
 Aさんは、失踪宣告を受け、法律上死亡したとみなされていたのですが、実際のところ、Aさんは生存していらっしゃるのですから、失踪宣告の取消の審判を申し立てることになったというわけです。
 

4.ところで、遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります原則として参加すべき相続人を除外した遺産分割は、無効です。)。そこで、遺産分割協議をきっかけに、相続人中に(上記失踪宣告の要件をみたす)行方不明者がいると、失踪宣告の申立てがなされることが多いように思います。Aさんのケースもそうだったことが、後ほど、わかりました。
 ちなみに、失踪宣告の要件をみたしていない場合には、通常、家庭裁判所に、不在者財産管理人の選任申立をおこなうことになります(民法25条以下)
 

5. 失踪宣告の取消を申し立てるには、失踪者が生存すること証明が必要です。すなわち、失踪宣告を受けた者が、Aさんであること、証明する必要があります。
 そこで、私は、Aさんを事務所におよびし、Aさんの生い立ちや失踪の経緯等について、おうかがいしました。
 Aさんに生家の見取り図を描いてもらうと、とても広く、Aさんによれば、裕福だったとのこと。小さい頃の思い出は、ぽつぽつと話してくださるのですが、失踪の経緯については、「ある日、××通りを自転車で走っていたら、急に何もかも嫌になって、出奔した…。」とおっしゃるのみ…。
 Aさんには、姉妹が何人かおられ、皆、ご健在でいらっしゃることが分かったので、家庭裁判所と相談し、家庭裁判所の一室で一堂に会していただき、Aさんをご確認いただくことになりました。
 当日、Aさんとその部屋に入ると、とても上品な身なりのご婦人方がずらり…。一瞬、心配が頭をもたげましたが、ご婦人方は、Aさんをみるなり、かわるがわる抱きつき、涙、涙のご対面となりました。
 Aさんの目にも、涙がうかんでいたように思います。
 簡単に確認だけすませ、感涙に咽ぶ皆さんを残し、家庭裁判所の職員と私は、退室したのでした。