2017年5月5日金曜日

IBM事件と要件事実論 ~その2~


1. 昨日のブログで、要件事実論のざっくりとした概要を説明してみました。今日は、租税訴訟、なかでも、IBM事件と要件事実について、触れてみたい(挑戦してみたい?)と思います。

2. 昨日のブログで、要件事実ないし主要事実は、立証責任と密接な関係にあると書きましたが、租税訴訟(課税処分取消訴訟がほとんどです。)において、主要事実の立証責任は、どのように分配されているのでしょうか。
 この点、昨日記したように、一般的には、法律要件分類説が通説となっているのですが、租税訴訟においては、もっと、単純です。
 すなわち、租税訴訟においては、原則として、国が処分を適法ならしめている根拠事実につき立証責任を負うとされているのです(司法研修所編『租税訴訟の審理について』参照)。

3. さてさて、いよいよ、IBM事件について。
 なお、以前のIBM事件に係るブログについては
 第一審判決(東地判平成2659日)が、こちら
 控訴審判決(東高判平成27325日)については、「その1」が、こちら。「その2」がこちら
 上告審決定(最決平成28218日)については、結論だけですが、こちら
 以上をお読みいただけばわかりますが、IBM事件では、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132)に基づく課税処分が問題となった事案です。そして、同条項には、「法人税の負担を不当に減少させる結果となる」という要件があります。この「不当」性の要件は、租税法上、「不確定概念」とよばれ、その意義については、経済的合理性基準説が通説・判例とされていますが、要件事実論的には、「規範的要件」に該当するといってよいでしょう。
 そこで、この「不当」性という要件
については、立証責任を負う国が、その評価根拠事実を主張・立証する必要があると、一般的には、考えられているのです。
 実際、第一審においても、控訴審においても、国は、「評価根拠事実」という言葉を用いて、これを主張しています。そして、控訴審においては、国が、「評価根拠事実」をかえているというのは、以前、ブログに書いた通りです。

4. 今回、IBM事件と要件事実という話題をブログにとりあげたのは、谷口勢津夫教授の「租税回避否認規定に係る要件事実論」(『租税訴訟における要件事実論の展開』青林書院)を読んで、「???」と俄かには理解できなかったからです(笑)。
 浅学菲才ゆえ、理解不足、誤解等がてんこ盛りとなる恐れありますが、ブログに書いてみると、少しは理解が進むかもという算段で、あえて、とりあげた次第です(苦笑)。

(1)まず、第一審において、が、「本件各譲渡」を容認して法人税の負担を減少させることは、法人税法第132条「不当」と評価されるとして、その評価根拠事実と主張したのは、以下の3つでした。

<第一審の国の主張>



規範的要件

評価根拠事実

「不当」性

⇒専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定
経済的合理性基準説

行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、
異常ないし変則的で租税回避意外に正当な理由ないし事業目的が存在せず、専ら租税回避の目的にでたものと認められる場合や、
独立対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合
をいう。(*)

①原告をあえて日本IBMの中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められること

白表紙は主要事実説。

→ 法律上の意見の陳述

→ 主要事実

谷口先生は、国が主要事実説か間接事実説か必ずしもわからないとされています。

  *国は、法人税法1321項の適用要件について主張する際、平和事件第一審判決(東地判平9425日)をひいています。同判決は、所得税法157条についてのものではありますが、その適用要件について、「株主等に租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在したことは必要ではない」としつつ、「行為又は計算が経済的合理性を欠いているとは、通常の経済人の行為として不自然、不合理であることを指し、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみではなく、独立、対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる独立当事者間取引とは異なっている場合をも含む」と判示しています。

(2)控訴審において、は、「不当」性の評価根拠事実として、第一審で主張した①と③を撤回し、②のみを残しました。
 その際、「同族会社の行為又は計算が、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)とは異なり、当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には特段の事情がない限り経済的合理性を欠くものというべきである。」と主張しました。このことから、谷口教授は、国は、間接事実説をとっているとされています。

<控訴審の国の主張>



規範的要件

評価根拠事実

「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
経済的合理性基準説

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く

谷口教授によると、
国は間接事実説をとっている

→ 主要事実

→ 間接事実

国の代理人は、検事や裁判官のエリートが多いので、私と一緒にしてはいけないですが、果たして、国が、「主要事実説でなく、間接事実説でいこう!」とまで思っていたかどうか…。
 ただ、少なくとも、立証責任の負担軽減を意図していたように思います。国の主張が認められると、国としては、②を主張立証できれば、納税者(IBM)側で、「特段の事情」を主張立証する必要があると思量されます。
 なので、納税者(IBM)は、国の主張について、以下のような補充的反論をしています。
「法人税法132条1項の適用範囲を過度に拡大して,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を付与するに等しく,租税法律主義に違反するというべきである。すなわち『独立当事者間の通常の取引と異なる』ことを主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。
 この納税者の補充的反論について、谷口教授は、納税者は、「経済合理性の欠如」が、不当性用件について昭和53年最判が解釈によって導き出した要件事実であり、かつ、評価根拠事実であるという理解に基づいていて、主要事実説をとっているとされます。

<控訴審における国の主張に対する納税者の補充的反論



規範的要件


「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
経済的合理性基準説

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く
と国が主張。

←②を主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。
と納税者は補充的に反論。

谷口教授によると、
納税者は主要事実説をとっている

「経済的合理性の欠如」

→ 要件事実
  &評価根拠事実
→ 主要事実

②の事実は
「経済合理性の欠如」という評価根拠事実を推認させる間接事実
①③等も間接事実

この辺までくると、谷口教授の指摘は、正直、よくわかりません。納税者は、「経済的合理性の欠如」を評価根拠事実だと捉えているのでしょうか?でも、国が②を評価根拠事実と捉えているのに対する補充的な反論ですよね…。

そして、核心たる控訴審判決
谷口教授は、控訴審判決の「不当」性の判断について、
「経済的合理性の欠如」という要件事実としてきた従来の学説・判例
(①②③等を間接事実とする推認による総合判断を許容する?)
から、
②の主張・立証による判断しか許容しない要件事実
へと「変質・変容」させることによって、不当性要件の射程を「大きく拡張」するから、納税者が主張するように、租税法律主義に違反する、としていらっしゃいます。



規範的(要件)

評価根拠事実=要件事実?

「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理,不自然なものと認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきものと解される(最判昭53年4月21日(昭和53年判決)、最判昭59年10月25日参照)。
経済的合理性基準説

・経済的合理性を欠く場合には,
②独立当事者間の通常の取引と異なっている場合
含む

このような取引(独立当事者間の通常の取引?)に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要する

・納税者の第一審からの主張
経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であることを要する
について

→「不当」性の判断で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,納税者が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められること常に要求し当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。

・納税者の補充的反論について
 
経済的合理性を欠く場合には,②を含むという解釈は,昭和53年判決の経済的合理性基準をより具体化するものであって,これをもって,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を与えたもので租税法律主義に反するということができない

谷口教授によると、
控訴審は主要事実説をとっている

 

②独立当事者間の通常の取引と異なっていること

→ 要件事実
  &評価根拠事実
→ 主要事実
   に格上げ

①および③の事実を
要件事実&主要事実
から明示的に除外。

その理由は、どちらも、「同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する」という法人税法132条の趣旨。

  5. う~ん。難しい。
 どうも、主要事実説vs間接事実説という争点そのものと、谷口教授の控訴審、納税者、国がいずれの立場をとっているかの捉え方が、しっくりきません(少なくとも、本件訴訟において、顕在的に争点となっていませんから、当事者および裁判所が、どの程度、この争点を意識していたのでしょう…)。
 また、「不当」性の要件は、昨日ブログで触れた岡口裁判官がおっしゃるところの「多様型の規範的要件」、「複合型の規範的要件」のどちらにあたるのでしょうか…。
 ただ、②が格上げしたのか、「含む」という表現等で曖昧になっているように思いますが、国が立証責任をおっている「不当」性の評価根拠事実から①と③がはじきとばされたようにみえることは、今後の納税者にとって、特に大きな影響を及ぼし得ると考えられます。

2017年5月4日木曜日

IBM判決と要件事実論 ~その1~


 IBM事件(第一審 東地判平成2659控訴審 東高判平成27325上告審 最決平成28218については、このブログでとりあげたことがありますが、GWを利用して、要件事実論的に、もう一度、振り返ってみたいと思います。
 IBM事件は、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132条)に基づく課税処分が問題となった事案です。
 まずは、要件事実論の基礎から…。



1. 私が司法修習生の頃、「民事裁判」、「刑事裁判」、「民事弁護」、「刑事弁護」、「検察」という5科目があり、その中でも、「民事裁判」は、「要件事実」の勉強が中心だったように思います(とはいえ、きちんとマスターできているのかと聞かれると、不安になりますが…笑)。
 まず、「要件事実」とは、なんでしょうか?
 私が使っていた「白表紙」(しらびょうし=司法修習所の教科書。白い表紙なので、そのように呼ばれています。その中の『増補民事訴訟における要件事実第一巻』)によれば、「主要事実」と同義としています(*)。
 それでは、「主要事実」とは?。
 こちらについては、受験生のころ、民事訴訟法の勉強で、「間接事実」や「補助事実」とともに、呪文のように覚えました(笑)。


 *なお、岡口基一裁判官は、その著書(『要件事実入門』)において、現在、要件事実の教育の主体は、法科大学院(ロースクール)に移行しているとした上で、「要件事実」に該当する具体的事実を「主要事実」とよんで、「要件事実」と「主要事実」を区別して用いています。
 なお、判決三段論法は
 大前提 - 実体法規範(法律要件→法律効果)
 小前提 - あてはめ (主要事実→法律効果)
 結 論 - (主要事実→法律要件→法律効果)
であるところ、要件事実論を採用すると、上記大前提が「法律要件の充足→法律効果の発生」ではなく、「要件事実の充足→法律効果の発生」になるともされています(「要件事実」とは、「裁判規範としての民法典の抽象的、類型的規定の中から」「証明責任分配の原則に基づいて」「摘出される」。孫引きです…すみません。)。

 


主要事実
  権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するために直接必要な事実

間接事実
  主要事実の存否を推認するのに役立つ事実

「補助事実」
  証拠の信用性(証拠価値)や証拠能力に影響を及ぼす事実


 


  










 要件事実は、立証責任と密接な関係にあります。

 


立証責任
  ある事実が真偽不明の場合に、判決において、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生または不発生が認められないこととなる一方当事者の不利益の負担


 


  


   この定義を初めて読んで、すんなりわかる方って、いるんでしょうか(いるとは思いますが、「天才」とよばせてください!)
 どこまで遡って説明すればよいか迷いますが、要は、民事裁判は、絶対的な真実を追求する場ではなく、「当事者主義」という「裁判を利用するか、利用するとして、どういう請求をたて、どんな主張・立証するかは、自分の権限でもあり、責任でもあるよ!」という大原則の下に行われているということをおさえておく必要があるとおもいます。そして、この当事者主義の下、当事者(第一審では原告・被告)は、一生懸命に主張立証するわけですが、そもそも、法律(実体法)の多くは、ある法的な効果を発生させるには、こういう要件が必要であると規定しています(このような発生要件を講学上、「法律要件」といいます。)。
 たとえば、原告が被告に対し、「100万円を貸したので返してくれ。」と請求する場合、(消費貸借契約に基づく)「貸金」発生(法律効果の発生)には、これこれの法律要件が必要だと、民法に書いてあります(条文解釈により法律要件が導かれることもなしとはいえませんが…。ちなみに、貸金については、「返還約束の存在」と「目的物の交付」です。)。なので、裁判において、原告の被告に対する「貸金」が発生しているという主張を認めてもらうためには、原告が「貸金」発生に必要な「法律要件」に該当する事実、すなわち、「主要事実」を主張・立証する必要があるのです(ただし、要件事実は上記のとおり「返還約束の存在」と「目的物の交付」ではありますが、通常、これを含む「○年○月○日、弁済期を△年△月△日として、100万円を貸し付けた」という事実を原告は主張し、その主張に沿う記載がある消費貸借契約書を書証として提出したりします。ただし、この証明は、いずれの当事者がしても差し支えありません)。
 

民法第587

消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
 

  ところで、裁判所の側からすると、口頭弁論が終わるときになっても、「主要事実」の存否がはっきりしないときもあります。でも、はっきりしないからといって、「わかりませんので、判決は書けません。」とはいわないことになっています。この場合、立証責任を負っている者が、不利益を負うことになります。
 たとえば、先ほどの例で、裁判所が「貸金」発生に係る主要事実(請求原因事実)の存否がわからないと判断する場合、その立証責任は原告が負っていますので、原告の損害賠償請求が認められないことになります(請求棄却の判決となります)。
 これに対し、被告が、「100万円を借りた」事実については認めたうえで、「全部返した。」とか、「貸金債権は時効消滅している」と主張する場合、「弁済」や「消滅時効」について立証責任を負っているのは被告なので、裁判所がこれらに係る主要事実(抗弁事実)の存否がわからないと判断する場合、被告の主張は認めてもらえません(ここでは説明を避けますが、請求原因事実を被告が認めると、弁論主義の下、自白が成立し、裁判所はそのまま判決の基礎としなければなりません。なので、被告の主張がこれだけで、しかも、十分な立証ができないとなると、請求認容の判決は避けられません。)。
 これが立証責任の意味するところなのです。ここまで読んで、もう一度、「立証責任」の定義を読むと、その意味するところがわかりやすくなるのではないでしょうか(ならなかったら、すみません。)。


2. 先の例で、いきなり、「請求原因事実」とか「抗弁事実」などという言葉がでてきましたが、これは、立証責任を分配した結果です。証明困難な事実は、立証責任に基づき裁判される可能性が高いので、それがいずれの当事者に分配されるかは、当事者にとって裁判の勝敗を分ける重要な問題であるといえます
 立証責任の分配の対象となる事実は、主要事実とされており(間接事実は対象となりません。)、その分配については、以下のような法律要件分類説が通説となっています(**)。

 


①法律効果の発生を規定する「権利根拠規定」の要件事実
  →その法律効果を主張する各当事者が立証責任を負う。

②権利根拠規定による法律効果の発生につき障害事由を規定する「権利障害規定」の要件事実
  →その法律効果の発生を争う者が立証責任を負う。

③法律効果の消滅を規定する「権利消滅規定」の要件事実
  →その法律効果の消滅を主張する者が立証責任を負う。


 


 ということで、「貸金」発生の主要事実については、①により、原告が立証責任を負い、「弁済」「時効消滅」については、③により、被告が立証責任を負うことになります。
 ちなみに、「抗弁」とは、自分が立証責任を負っている、相手方の主張と両立し得る主張のことをいいます。
 先ほどの例で、原告が主張する「貸金」発生と被告が主張する「弁済」や「時効消滅」は、両立し得る主張ですよね。


**私の大学院時代の指導教授である三井哲夫先生には、「法律要件分類説の修正及び醇化に関する若干の具体的事例に就て(続要件事実の再構成)」(法曹会)など、要件事実に関するご著書があります。もっとも、大学院時代にご指導いただいたのは、以前このブログで書いたように、国際私法です(笑)。

3. 次に、「間接事実」には、どんなものがあるでしょうか?
 たとえば、先の例で…。「被告は、○年○月○日より1週間前、(原告ではなく)Aさんに対し、『200万円の車を買いたいけど、100万円足りない。信用履歴のせいか、ローンもくめない。100万円貸してくれないか。』と頼み、断られた。」という事実や、「被告は、原告が100万円を貸したと主張している○年○月○日の2日後、200万円の車を買った」という事実などが、間接事実にあたり得ます。○年○月○日に原告が被告に100万円を貸したという事実を推認させますよね。

4. ところで、「規範的要件」という概念もあります。
 民法でいえば、「過失」(民法709条)などです。
   「過失」というのは評価なので、この法律要件の存在を認めてもらうためには、そのような評価の根拠となる具体的事実(「評価根拠事実」といいます。)を主張・立証する必要があります。例えば、「過失」による自動車事故によって蒙った損害賠償を請求する場合に、当該事故をおこした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という具体的事実を主張・立証して、運転手には「過失」があったと評価し得る旨主張したりします。
 評価根拠事実をどう位置づけるかについては、主要事実説と間接事実説の対立があり、白表紙は、主要事実説をとっています。主要事実説によれば、「過失がある」という主張は、法律上の意見の陳述となり、「過失がある」という主張の根拠となる評価根拠事実が主要事実となります。 
 


民法第709

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
 
なお、前述の岡口裁判官は、例えば、自動車事故を起こした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という事実は、常に「過失」にあたるわけではなく、当該具体的事案において被害者との関係で「過失」にあたるか否か規範的に評価されるとした上で、「過失」については、その要件に該当する事実は多様であることから「多様型の規範的要件」であるとします。これに対し、表見代理の「正当な理由」(民法第110条)などは、複数の事実を総合的に評価して、当該要件に該当するか否かを判断するとして、「複合型の規範的要件」であるとします。そして、前者の「多様型の規範的要件」については、単一の事実(又はせいぜい数個の事実群)が主要事実であるとする一方、後者の「複合型の規範的要件」については、その要件に係る最低限の主張(「正当事由がある」)があればよく、あとは、裁判所が、当事者が主張している事情のみならず、すべての諸事情を総合して判断する特殊な法律要件だとしています。

5. IBM事件の要件事実について、書きたかったのですが、長くなったので、本日は、ここまで。