2017年5月28日日曜日

MiKKによる国境を越えた家族の紛争(含ハーグ条約)に係るメディエーションのセミナー The Training Course on Cross-Border Family Mediation organized by MiKK


512日から14日まで、大阪大学中の島センターで行われたMiKKによる国際家事メディエータートレーニング講座に参加しました。
 MiKKは、国境を越えた子の連れ去り等の事案(いわゆるハーグ条約事案)等を扱うメディエーションを支援するドイツの非営利機関です(調停機関ではありません)。MiKK主催の国境を越えた家族の紛争に係るメディエーションのセミナーに参加するのは、一昨年の9以来であり、また、メディエーションのロールプレイを経験するのは3回目。日本では、メディエーターとしてのトレーニングをしてもらえるセミナー等は少ないので、貴重な機会であり、大変勉強になりました。
 
I took part in a training course on cross-border family mediation organized by MiKK , held in Osaka from November 25 until November 27.  MiKK is a non-profit organization which is active in the fields of mediation in cases of cross-border child abduction, and so on.
As there are not so many opportunities for mediators to be trained in Japan, the seminar was quite a valuable experience to me.

2017年5月8日月曜日

IBM事件と要件事実論 ~その3~


1. 2回にわたって、少しでも理解が深まればと、専ら自らの頭の整理のために、「IBM事件と要件事実論」と題してブログを書いてみましたが、結局、あまり、すっきりとしませんでした(笑)。
 → その1
   その2

 つくづく、理解&実力不足を感じます(涙)。

2. 予定していなかったけど、3回目の今日は、「規範的要件」の評価根拠事実をどのように位置付けるかに係る主要事実説vs間接事実説をもう少し掘り下げてみようと思います。
 そこで、弁論主義の簡単な説明からはじめます。避けて通りたいと思ったけど、やっぱり、避けられないかなと…(汗)。

 ええと…。「弁論主義」は、前々回のブログでご紹介した「当事者主義」の’仲間’(もしくは’子分’(笑))です。つまり、裁判所当事者の間の役割分担についての考え方です(立証責任は、当事者間の分担の話ですが…)。
 ところで、民事訴訟は、



訴えの提起
  ↓
審理(口頭弁論と証拠調べ)
  ↓
判決

という3段階に大きく区分されますが、
訴訟当事者の訴訟行為に注目すると、



申立て(訴訟当事者が裁判所に対し、一定の内容の裁判を求める意思を表現すること)
  ↓
主張(訴訟当事者が、申立てを基礎付けるため、法律効果あるいは具体的な事実の存否について陳述すること)
  ↓
立証(訴訟当事者が、事実上の主張を証明するために行う行為又は活動)

となります。

 この申立てのレベルでの当事者主義を「処分権主義」、主張・立証のレベル(攻撃・防御のレベル)での当事者主義を「弁論主義」といいます。
 民事訴訟では、このレベルを意識することが大切です。
 そして、ざっくりいうと、「処分権主義」は、「裁判を利用するか、利用するとして、どういう請求をたてるかは、当事者の権限であり、責任でもある。」というものです。また、「弁論主義」は、どのような主張をし、そのためにどのような立証をするかは、当事者の権限であり、責任でもある」となります。
 民事訴訟は、私的自治の原則が妥当する私益を巡る紛争を対象としているので、申立レベルや主張・立証レベルは、当事者主義が原則として採用されているのです(勿論、民事訴訟には、公益的側面もあり、特に、手続面では、原則として、職権主義が採用されています)。
 

3. さらに、「弁論主義」の内容は、以下の3つのテーゼで説明されます。



1テーゼ 主張責任の原則
  裁判所は、当事者の主張しない事実を判決の基礎としてはならない。
  当事者が弁論において主張した事実(訴訟資料)だけが判決の基礎となる。

2テーゼ 自白の拘束力
   裁判所は、当事者間に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならない
  自白(当事者が自己に不利益な事実を争わない旨の陳述)された事実について、裁判所が証拠調べして自白に反する事実認定をすることはできない。c.f.民事訴訟法179

3テーゼ 職権証拠調べの禁止
   当事者間に争いのある事実を証拠により認定するには、当事者の申し出た証拠方法からしなければならない。
  
  ※第1テーゼ、第2テーゼの対象となる事実は、主要事実です

初めてきくと、先ほどの弁論主義の説明から飛躍を感じるかもしれません。ですが、それほど遠くもないです。要は、裁判所と当事者の役割分担として、主張・立証は、当事者がやってくださいということです(第一&第三)。
 ただ、誤解を恐れずにいうと、弁論主義は、裁判所の事実認定において、足かせ(制約)になっている面もあります。なぜなら、主要事実については、当事者が主張してくれなければ、判決の基礎とすることができませんし(第一)、当事者間で争いがある事実について、「こういう証拠がこんなところにあるのでは?」と思っても、当事者のどちらかが提出してくるのを待たなければならないというのが原則ですし(第三)、さらに、当事者間で争いがない事実については、「本当は当事者の主張と違うのでは?」と思っても、そのまま判決の基礎としなければならないからです(第二)。
 裁判では、当事者の一方が主張した事実について、他方は、認否をさせられます(認めるのか、認めないのか等をいわされます)。そして、原則として、当事者間に争いのある「争点」について、各当事者は、攻撃・防御をつくしていくのです。

 ところで、第一テーゼには、不意打ち防止機能(相手方の防御の機会の保障)があるといわれます。たとえば、前々回の原告が被告に100万円貸したから返してくれという例で、裁判所が、「あれ?原告は100万円貸したと主張し、被告はこれを認めているけど、本当は100万円をもらったんじゃないの?」との心証をいだき、裁判所がいきなりそのような認定をしたら、原告はびっくりです。原告としては、「被告がそのような主張をしていなかったから、反論のしようもなかったし、たいした立証をしなかったのだ。裁判所がその点を気にしていたのなら、もっと、『貸した』ことがわかる証拠を提出できた。裁判所はひどい。不意打ちだ!。」となりますよね。
 なお、裁判所は、不明な点等について、当事者に質問したり、立証を促したりする権能がないわけではありません。これを「釈明権」といいます。
 けれど、原告と被告が100万円の貸金の存在について争っていないのに、裁判所が、「本当は100万円をもらったんじゃないの?被告さん、これこれの証拠はありませんか?あったら、裁判所にだしてください!」などと割って入っていったらどうでしょうか。原告は、裁判所が被告の味方をしているように感じてしまうのではないでしょうか。釈明権を過度に行使すると、“不公平な裁判所”となり、弁論主義に反する可能性があるのです逆に、釈明権を適切に行使しないと、“不親切な裁判所”になります)。

4.  租税訴訟は、通常、行政訴訟ですが、行政訴訟にも弁論主義は妥当するのでしょうか。この点、課税処分取消訴訟を含む租税訴訟においても、通常の民事訴訟と同様に弁論主義が妥当するとされています(『租税訴訟の審理について』。行政事件訴訟法24条により、職権証拠調べが認められていますが、実務では、職権証拠調べがなされることはほとんどないようです。)

5. さてさて。
 ようやく、「規範的要件」の評価根拠事実をどのように位置付けるかに係る主要事実説vs間接事実説についてです。
 白表紙によると、かつては、間接事実説が有力だったようです。
 間接事実説理論的欠点は、もし、「規範的要件」、たとえば、「過失」自体が主要事実だとすると、これを直接立証することが理論上可能でなければなりませんが、具体的事実(「車両の速度を落とさなかったという事実)から切り離された「過失」自体を証拠によって直接立証することはできないことは明らかだと解される点にあります。また、実際上の欠点としては、さきほど説明した弁論主義の第一テーゼに関連して、指摘されています。すなわち、もし、「過失」が主要事実だとすると、原告は、「過失があった」と主張すれば当事者としての役割を果たしたことになってしまい、被告が的確な反論をできず、事案によっては、不意打ちになる恐れがあると解されるのです。白表紙は、「このような実際の弊害を防止するものとして釈明権の行使に期待することになろうが、主張責任によってもたらされる不利益がなくなった当事者に対して、釈明権行使だけで適切な事実主張をさせることは容易ではないであろう。」としています。
 これに対し、近時の有力説とされる主要事実説では、規範的評価を根拠づける評価根拠事実のみが主要事実となるので、これにあたる具体的事実(車両の速度を落とさなかった、前方不注意だったなど)について主張責任がある一方、規範的評価自体(「過失」)については主張責任がないことになります。白表紙は、主要事実説の実際的な難点として、第一テーゼのもと、当事者が主張しない評価根拠事実は、いかに有用であったとしても、裁判所がこれを基礎にできない点をあげています。
 そして、白表紙は、主要事実説、間接事実説、どちらも問題を抱えてはいるが、主要事実説のさきの難点を救うために、以下のような配慮がされることを前提として、主要事実説を妥当としています。すなわち、主要事実説の難点は、通常、立証された事実と主張内容とに食い違いがある場合に問題となるのであり、裁判所は、相手方の防御権を実質的に損なわない限り、立証活動の規制を比較的緩やかにし、当事者の主張しようとする真意を的確に把握して合理的に解釈し(いわゆる善解)、また、主張の欠落に対して釈明権の適切な行使することが期待されます

6. IBM事件でいうと、「不当」性の要件にせよ、最高裁が用いる基準、経済的合理性を欠いているか否かにせよ、具体的事実から切り離して直接立証することは困難なのではないかと思われます。なので、これを根拠づける評価根拠事実について、国に主張立証責任があるところまでは、異論はないのではないでしょうか。
 その評価根拠事実が、主要事実なのか、間接事実なのか…。この辺りは、白表紙もいうように、主要事実説をとるとしても、その難点に配慮し、柔軟な対応が望まれることもあるのではないかと思われます。、

 そして、最も重要な問題は、評価根拠事実として、どのような具体的事実を主張・立証すれば、「不当」性の要件が認められるか、なのではないでしょうか
 この点、控訴審判決は、「経済的合理性を欠く場合には,独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり,このような取引に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要するものというべきである」と判示します。なので、評価根拠事実に、②は含まれているようです。すなわち、国は、②について、主張立証責任を負うのでしょう。
 他方、「『不当』か否かを判断する上で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,被控訴人が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない」とも判示しています。これを素直に読むと、①や③は、国が主張立証責任を負う評価根拠事実ではないように思えます。でも、経済合理性の判断で考慮しないわけではないといっているので、納税者側で、①や③について主張立証してみるしかないように思います。

7. 更なる問題としては、②「独立当事者間の通常の取引と異なっている」という評価根拠事実も、また、「通常」というような評価を含んでいることです。
 しかも、ざっくりとした比較でいけませんが
 ’法人税の負担を不当に減少させる’< ’独立当事者間の通常取引と異なっている’
と感じる方は、少なくないのではないでしょうか。
 法人税法132条は、税務署に極めて大きな権限を与えているところ、控訴審判決によれば、同族会社の取引が独立当事者間の通常の取引と異なっているだけで、「不当」性の要件をみたしているとして判断される可能性があり(正当な目的があっても、どの程度考慮されるかわかりません)、恐ろしいように思います。
 谷口教授は、控訴審判決について、「不当性要件の射程を『大きく拡張するもの』であり、納税者が主張するように、租税法律主義に違反する」と記しておられます。

 なお、金子宏先生の『租税法(第22版)』(弘文堂)では、
「不当」性
→経済的合理性を欠いている場合
→①異常ないし変則的で、②租税回避以外にそのような行為・計算を行ったことにつき、正当で合理的な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のこと
としておられます。
ただ、ここで、
→独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引とは異なっている取引には、それにあたると解すべき場合が多いであろう
 というのがでてきます。
 ここは、第17版以降に記載の変更があったところで、私のもっている第14版では、「経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で総合に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(…)と異なっている場合をも含む」と記載されています。この点、太田弁護士が金子先生にこの変更の趣旨を確認したとおっしゃっておられるのが、大変興味深いです(税務弘報
64112頁以下)。
 また、金子先生は、①と②の2点を、’主要な論点’としてあげておられます(ここも、第21版以降、3点→2点への変更がありました。)。
 ’主要な論点’というのは、要件事実的にいうと、評価根拠事実(現在の有力説では、主要事実でもあります。)を意味するのではないかと思われます。
 ①と②を要求すると、不等号としては、’>’になるような気がしないでもないですが(笑)、この立証が、独立当事者間の通常の取引と異なるとの立証ととりかえ可能であるのなら、控訴審判決と大差なくなってしまうようにも思われます。

2017年5月5日金曜日

IBM事件と要件事実論 ~その2~


1. 昨日のブログで、要件事実論のざっくりとした概要を説明してみました。今日は、租税訴訟、なかでも、IBM事件と要件事実について、触れてみたい(挑戦してみたい?)と思います。

2. 昨日のブログで、要件事実ないし主要事実は、立証責任と密接な関係にあると書きましたが、租税訴訟(課税処分取消訴訟がほとんどです。)において、主要事実の立証責任は、どのように分配されているのでしょうか。
 この点、昨日記したように、一般的には、法律要件分類説が通説となっているのですが、租税訴訟においては、もっと、単純です。
 すなわち、租税訴訟においては、原則として、国が処分を適法ならしめている根拠事実につき立証責任を負うとされているのです(司法研修所編『租税訴訟の審理について』参照)。

3. さてさて、いよいよ、IBM事件について。
 なお、以前のIBM事件に係るブログについては
 第一審判決(東地判平成2659日)が、こちら
 控訴審判決(東高判平成27325日)については、「その1」が、こちら。「その2」がこちら
 上告審決定(最決平成28218日)については、結論だけですが、こちら
 以上をお読みいただけばわかりますが、IBM事件では、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132)に基づく課税処分が問題となった事案です。そして、同条項には、「法人税の負担を不当に減少させる結果となる」という要件があります。この「不当」性の要件は、租税法上、「不確定概念」とよばれ、その意義については、経済的合理性基準説が通説・判例とされていますが、要件事実論的には、「規範的要件」に該当するといってよいでしょう。
 そこで、この「不当」性という要件
については、立証責任を負う国が、その評価根拠事実を主張・立証する必要があると、一般的には、考えられているのです。
 実際、第一審においても、控訴審においても、国は、「評価根拠事実」という言葉を用いて、これを主張しています。そして、控訴審においては、国が、「評価根拠事実」をかえているというのは、以前、ブログに書いた通りです。

4. 今回、IBM事件と要件事実という話題をブログにとりあげたのは、谷口勢津夫教授の「租税回避否認規定に係る要件事実論」(『租税訴訟における要件事実論の展開』青林書院)を読んで、「???」と俄かには理解できなかったからです(笑)。
 浅学菲才ゆえ、理解不足、誤解等がてんこ盛りとなる恐れありますが、ブログに書いてみると、少しは理解が進むかもという算段で、あえて、とりあげた次第です(苦笑)。

(1)まず、第一審において、が、「本件各譲渡」を容認して法人税の負担を減少させることは、法人税法第132条「不当」と評価されるとして、その評価根拠事実と主張したのは、以下の3つでした。

<第一審の国の主張>



規範的要件

評価根拠事実

「不当」性

⇒専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定
経済的合理性基準説

行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、
異常ないし変則的で租税回避意外に正当な理由ないし事業目的が存在せず、専ら租税回避の目的にでたものと認められる場合や、
独立対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合
をいう。(*)

①原告をあえて日本IBMの中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められること

白表紙は主要事実説。

→ 法律上の意見の陳述

→ 主要事実

谷口先生は、国が主要事実説か間接事実説か必ずしもわからないとされています。

  *国は、法人税法1321項の適用要件について主張する際、平和事件第一審判決(東地判平9425日)をひいています。同判決は、所得税法157条についてのものではありますが、その適用要件について、「株主等に租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在したことは必要ではない」としつつ、「行為又は計算が経済的合理性を欠いているとは、通常の経済人の行為として不自然、不合理であることを指し、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみではなく、独立、対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる独立当事者間取引とは異なっている場合をも含む」と判示しています。

(2)控訴審において、は、「不当」性の評価根拠事実として、第一審で主張した①と③を撤回し、②のみを残しました。
 その際、「同族会社の行為又は計算が、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)とは異なり、当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には特段の事情がない限り経済的合理性を欠くものというべきである。」と主張しました。このことから、谷口教授は、国は、間接事実説をとっているとされています。

<控訴審の国の主張>



規範的要件

評価根拠事実

「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
経済的合理性基準説

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く

谷口教授によると、
国は間接事実説をとっている

→ 主要事実

→ 間接事実

国の代理人は、検事や裁判官のエリートが多いので、私と一緒にしてはいけないですが、果たして、国が、「主要事実説でなく、間接事実説でいこう!」とまで思っていたかどうか…。
 ただ、少なくとも、立証責任の負担軽減を意図していたように思います。国の主張が認められると、国としては、②を主張立証できれば、納税者(IBM)側で、「特段の事情」を主張立証する必要があると思量されます。
 なので、納税者(IBM)は、国の主張について、以下のような補充的反論をしています。
「法人税法132条1項の適用範囲を過度に拡大して,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を付与するに等しく,租税法律主義に違反するというべきである。すなわち『独立当事者間の通常の取引と異なる』ことを主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。
 この納税者の補充的反論について、谷口教授は、納税者は、「経済合理性の欠如」が、不当性用件について昭和53年最判が解釈によって導き出した要件事実であり、かつ、評価根拠事実であるという理解に基づいていて、主要事実説をとっているとされます。

<控訴審における国の主張に対する納税者の補充的反論



規範的要件


「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである
経済的合理性基準説

②本件一連の行為を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること

⇒当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済的合理性を欠く
と国が主張。

←②を主張立証しさえすれば,具体的な意味で『経済的合理性を欠く』ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,『純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの』という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。
と納税者は補充的に反論。

谷口教授によると、
納税者は主要事実説をとっている

「経済的合理性の欠如」

→ 要件事実
  &評価根拠事実
→ 主要事実

②の事実は
「経済合理性の欠如」という評価根拠事実を推認させる間接事実
①③等も間接事実

この辺までくると、谷口教授の指摘は、正直、よくわかりません。納税者は、「経済的合理性の欠如」を評価根拠事実だと捉えているのでしょうか?でも、国が②を評価根拠事実と捉えているのに対する補充的な反論ですよね…。

そして、核心たる控訴審判決
谷口教授は、控訴審判決の「不当」性の判断について、
「経済的合理性の欠如」という要件事実としてきた従来の学説・判例
(①②③等を間接事実とする推認による総合判断を許容する?)
から、
②の主張・立証による判断しか許容しない要件事実
へと「変質・変容」させることによって、不当性要件の射程を「大きく拡張」するから、納税者が主張するように、租税法律主義に違反する、としていらっしゃいます。



規範的(要件)

評価根拠事実=要件事実?

「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否か(「不当」性)

⇒専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理,不自然なものと認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきものと解される(最判昭53年4月21日(昭和53年判決)、最判昭59年10月25日参照)。
経済的合理性基準説

・経済的合理性を欠く場合には,
②独立当事者間の通常の取引と異なっている場合
含む

このような取引(独立当事者間の通常の取引?)に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要する

・納税者の第一審からの主張
経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であることを要する
について

→「不当」性の判断で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,納税者が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められること常に要求し当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。

・納税者の補充的反論について
 
経済的合理性を欠く場合には,②を含むという解釈は,昭和53年判決の経済的合理性基準をより具体化するものであって,これをもって,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を与えたもので租税法律主義に反するということができない

谷口教授によると、
控訴審は主要事実説をとっている

 

②独立当事者間の通常の取引と異なっていること

→ 要件事実
  &評価根拠事実
→ 主要事実
   に格上げ

①および③の事実を
要件事実&主要事実
から明示的に除外。

その理由は、どちらも、「同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する」という法人税法132条の趣旨。

  5. う~ん。難しい。
 どうも、主要事実説vs間接事実説という争点そのものと、谷口教授の控訴審、納税者、国がいずれの立場をとっているかの捉え方が、しっくりきません(少なくとも、本件訴訟において、顕在的に争点となっていませんから、当事者および裁判所が、どの程度、この争点を意識していたのでしょう…)。
 また、「不当」性の要件は、昨日ブログで触れた岡口裁判官がおっしゃるところの「多様型の規範的要件」、「複合型の規範的要件」のどちらにあたるのでしょうか…。
 ただ、②が格上げしたのか、「含む」という表現等で曖昧になっているように思いますが、国が立証責任をおっている「不当」性の評価根拠事実から①と③がはじきとばされたようにみえることは、今後の納税者にとって、特に大きな影響を及ぼし得ると考えられます。